好きを煮詰めた他人のぼくら
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『名前ちゃんと食べなさい』の一文とともに母親に送られたいいとこのパウンドケーキ。確か大阪に出店しただの何だの電話で言っていた気がする。よほど気に入ったらしい。おすそ分けというやつだろうが隠岐にというより名前への贈り物に違いない。嫌いではないが率先して甘いものを食べない隠岐より名前の反応の方がメインだろう。これは反応込みで返信しなくてはいけないなと思いつつメッセージアプリを開く。
《名前、パウンドケーキ食べへん?》
《食べるー!!》
すぐに返ってきて顔が綻ぶ。どんな顔をしているか想像がつく。絶対ににこにこわくわくしている。
《おかんにもらってん。明日の防衛任務被っとるから終わったらラウンジで食べようや》
《楽しみ! ありがとう孝ちゃん!》
ねこがありがとうと言っているスタンプが押される。同じ種類のねこのスタンプでまた明日と送り返した。
****
「孝ちゃん!」
「名前お疲れさん」
「お疲れさま孝ちゃん」
軽くぎゅっと抱きついてきたのを受け止めて抱きしめ返す。予想通りのにこにこわくわく顔。可愛くて癒される。任務終わりに会うのは必須やな。そんなことを考えつつ手をつないで空いてる席に向かう。「おまえらくっ付くのうっとうしいから人と離れた席に座れ」これは名前の隊の隊長の言葉。毎回律儀に守ってるわけではないが、今日はわりかし空いていたので言葉にならってみた。端っこのテーブルにつく。
「隣座る? 真正面?」
「んー今日は隣の気分!」
「了解」
手をつないだまま隣に座る。ぴたりと横もも同士をくっつけて隠岐の身体に細い腕が回ってくる。今は甘えたい気分らしい。ぐりぐりと頭を押し付けてきたので手で撫で返すと、ふふっと幸せそうな声が漏れてこちらも心が穏やかになる。幸せな気持ちになる。目尻が下がっているのを自覚しながら最後に頭にキスを落としてからポンポン、と頭を優しくたたいた。
「そろそろ食べよか」
「あ、そうだった。メインはパウンドケーキだった」
「続きは食べ終わってからな?」
そう言うと本題を忘れて甘えていたのが恥ずかしくなったのか少しもじもじしながら頷いた。何やっても可愛いのは最強やな。本気で思いながら持っていた紙袋から箱を取り出す。四角の箱のパッケージを破って、中を開ける。ペーパークッションに包まれた小袋で包装されたカットされているパウンドケーキの数々。これ二人分やないやろおかん。遠くに住む母に心で伝えて、あとで名前の家族におすそ分けしようと心に決めた。
「わあっいろんな味があるね!」
「キャラメルにバターにチョコにオレンジに抹茶に山盛りやなぁ」
「フルーツいっぱい入ってて見た目可愛い~」
名前が楽しそうで何よりである。
隠岐は手前のバターをとって包装を破いてさっさとパクリと一口食べた。こうしないと名前が遠慮して食べないからである。遠慮しいなとこも可愛くて好きなので隠岐が率先してやればいい。
「ん、うまいわ。おかんが気に入るだけあるなぁ。名前も好きなの食べてええよ?」
「じゃあチョコをいただきます!」
「はい、どうぞ」
小さい口でパクリと食べて、固まった。でも目がキラキラしている。美味しいと言っている。
「美味しい~! フルーツ入っててあっさりしてるからいっぱい食べれるお味! チョコと合う~」
「おかんが聞いたら喜ぶわ。詳しく感想送ったってや。共感してほしくて送っとるんやから」
「いっぱい書けるよ! この美味しさなら」
「いっぱい食べてや」
その言葉通り機嫌よくパクパク食べて二個目に突入。名前はキャラメルを選んだ。
「うーん、甘すぎなくてちょうどいい絶妙な味で美味しい~。すき~」
「名前のなんでもプラスの言葉で話すところ好きやなぁ」
「そうかなぁ? 美味しいもの食べてるからじゃない?」
「普段からそうやから自然と言葉が出るんやで」
「なんだか照れちゃう」
その言葉の通り頬をほんのり染める名前。かわええなぁ。何度思ったか分からないことを思う。多分一生そう思いながら一緒に過ごしていくのだろう。自然とそう思った。
「孝ちゃん孝ちゃん」
「どないしたん?」
「知らないかもしれないんですけど」
「うん? 教えてくれへん?」
「あのねあのね」
口元を手で囲って内緒話の格好の名前に耳を寄せたらんふふ、と笑うので息がこそばかった。なんだかご機嫌だ。
「もーなんなん」
わざと眉を寄せると「怒らないでー」と笑いながら抱きついてくる。その状態で耳元に名前の唇が来る。少し耳に当たってドキリとした。
「あのね孝ちゃんのこと大好きなんだよ? 知ってた?」
「……名前なんかテンション可笑しない?」
「おかしくないよ? いつも好きだもん」
「好かれとるのは知っとるけど……」
「ちゅーしよ? 孝ちゃん」
突然うるうるの目でおねだりしてきたのでこれは可笑しいと断言した隠岐は原因を探す。なんでや。なんでこうなった? パウンドケーキ食っとっただけやん。そこまで考えてハッとした。すぐさまパウンドケーキのパッケージの裏を見る。アルコール分うんパーセント……。
「名前酔ってしまったん?」
「なんで? まだお酒飲めないよ?」
「飲めへんけどこのお菓子アルコール入っとんねん」
「お菓子で酔わないよ? ちゅーしよ?」
絶対酔ってる。脈絡がなさすぎる。名前お酒弱いんやな……と思いつつおでこにキスを落とすとむーっとした顔をされた。
「ちゅーじゃないこれ」
「ちゅーやろ」
「口にして」
「口は二人っきりのときだけ」
「孝ちゃんなんで意地悪するの?」
「意地悪やないんやけどなぁ」
どうしようかなと考えながら顔中にキスを落としていく。酔ったらキス魔か。かわええな。最高やん。あまり困ってないかもしれないと思った隠岐だった。なぜなら口にしてもらえない不満と、顔にキスしてもらえてる嬉しさで口がむにむになってる名前は可愛い。そう思いつつ体調面の心配も出てくる。
「名前、気持ち悪くなってへん?」
「ちゅー気持ちいいよ?」
「ちゅーじゃなくて体調」
「とても元気です」
「うーん怪しいわ。念のため医務室行こか」
「孝ちゃんも行く?」
「当たり前やろ」
「ならいくー」
めちゃくちゃふわふわしとるな。名前はにこにこ顔で隠岐の片手を握っている。片手でテーブルの上を片付けることになったがまあ仕方ない。相手は可愛い酔っ払いだ。
片付け終わって二人で手を繋いで基地内を歩く。幸い足取りはしっかりしている。するとばたりと名前の隊の諏訪と堤と鉢合わせした。
「あれ? 今帰りか?」
「いやちょっとハプニングがありまして……」
「堤さん! 握手してくださいっ」
「構わないがどうしたんだ名前?」
「孝ちゃんと堤さんと手を繋いでたらいいことあるんです。真ん中の私はジャックポットです!」
「こいつ何か変じゃねーか?」
諏訪が怪訝そうな顔をしたので事情を説明すると諏訪は呆れたように堤は面白そうな顔をした。
「パウンドケーキで酔うって相当弱いな」
「弱すぎんだろ。日佐人と一緒に20なったら酒連れてってやろうと思ってたんだがな」
「やったー! ありがとうございます諏訪さん!」
「だからお前は駄目だって話してんだよ」
「孝ちゃん、諏訪さんが意地悪だよ?」
「これも意地悪やないなぁ」
心配されているだけである。
「孝ちゃんが諏訪さんの味方になった……煙草マンになっちゃう……」
「おまえの俺の印象が分かっちまったわ」
「孝ちゃんちゅーしよ?」
「絶対すんなよ隠岐」
「さすがに先輩の前じゃしませんよ」
「後輩の前でも同級の前でもすんな」
「あはは」
「笑って誤魔化してるな」
「絶対すんなよ」
事故みたいなものだったが一度してるとは言えない。
「孝ちゃーん」
「なに?」
「呼んだだけー」
「かわええなぁ」
「おまえ酔っ払いの扱い適性ありそうだな」
「名前以外は分かりませんよ」
「徹底しやがって」
こうでも言っておかないと二十歳になったときに呼ばれそうだ。名前以外の酔っ払いの相手はしたことないのでそのあたりはよく分からないが、名前ほど寛大にはならないとは思う。可愛いは正義なので。
「じゃあ医務室行ってきますわ」
「おう」
「名前またな」
「ばいばいです諏訪さん堤さん」
二人と別れて角を曲がる。曲がった瞬間、ぐいっと繋いだ手を引っ張られた。そして口に伝わる熱。長い睫毛。少しして離れた。にっこりな名前はご機嫌な様子。
「先輩いないからちゅーしちゃった」
「…………小悪魔やなぁ」
これは名前が二十歳になったらちゃんと話し合わなければならない。そう肝に銘じて軽くちゅっと返した。やられっぱなしはなしなので。