好きを煮詰めた他人のぼくら
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「孝ちゃん……」
「ありゃー」
「ううう、左目がぁああ」
「ムスカみたいになっとるで」
朝。家に迎えに来てくれた孝ちゃんは苦笑しながら右手を差し出す。いつもは念のため利き手を空けときたいと言って孝ちゃんは左手を出して手を繋ぐんだけど、今日は特別だ。でもこんな特別はいらない。むむむ、となりつつ左手を差し出して繋げる。
「やっちゃった」
「やってもうたなぁ」
「ものもらいだから目薬しましょうって」
「目薬すんでよかったとおもい」
「たしかに」
真っ黒な左側の視界。眼帯で左目が覆われている。なんか目がゴロゴロしてぱちぱちしてたら「それ目が炎症起こしてるんじゃないの?」とお母さんに言われて眼科に言ったらものもらいと言われてしまった。
「どのくらいで治るん?」
「一週間で治るって」
「一週間でも名前が片目かぁ。階段とか気ぃつけてな?」
「任せて」
「不安やわ」
昼、教室行くわと孝ちゃんは言った。やった。孝ちゃんとお昼ご飯デートだ。ものもらいで下がっていたテンションが一気に上がって通学路をふたりで歩く。
「わっ」
「あぶなっ」
段差につっかかってしまった。孝ちゃんが手を繋いでくれていたから転けなかったけど。
「孝ちゃんありがとう」
「ありがとうはええんやけどやっぱ危ないなぁ」
「気張って歩くね!」
「気張りすぎたら疲れるで。おれがおるときはゆったりしとき」
「孝ちゃんいないときは?」
「頑張って気ぃ張って」
「了解!」
その後も「そこ段差になっとる」「自転車来とるからこっち寄り」「おんぶした方が早い気ぃしてきたわ」とまるで介護のようだった。申し訳ありません。そんなこんなで教室に着いた。
「孝ちゃんありがとう」
「それは大丈夫なんやけどほんまに気ぃつけてな? 階段とか階段とか」
「今日の移動教室の回数は……二回です!」
「淀山さんにくっついとくんやで」
孝ちゃんは最後まで心配した顔で教室から去っていった。これで怪我なんかしたら孝ちゃんが大変なことになる。絶対に気をつけないと。ふん! と気合いを入れる。
「名字? 隠岐先輩心配そうだったけどどうした?」
「烏丸くんおはよう! ものもらいがねーわっごめん」
振り返る距離感を間違って烏丸くんの腕に突っ込んでしまった。
「ごめんね。腕痛くなかった?」
「痛くはないが……大丈夫か?」
「私は痛くなかったよ」
「いやそっちじゃなくて、」
「名前? それどうしたの?」
「よっちゃん! おはよ! ものもらい!」
「なにこの至近距離」
「距離感間違えた!」
友達のよっちゃんの顔が真ん前にあった。
「これ私が移動教室で手繋がなきゃいけないやつ?」
「やらないと名字ならすっ転ぶだろうな。あと男相手にあの距離感になったら隠岐先輩がその相手に笑顔で話しかけそうだ」
「理不尽を強いられる人間が生まれるのね」
「いたっ」
「名前お願いだから治るまで私にくっ付いておいて」
「えっいいの? ありがとうよっちゃん!」
「うおっ!? なんだ名字!? 突っ込んでくるなよ」
「間違えた。おはよう奥寺くん」
「間違えた……? おはようっつーか目どうした」
「前途多難だわ」
****
隣の子が消しゴム落として拾おうとしたら手が重なってちょっと気まずくなったり、教室の扉の持ち手とろうとして手をスカスカすかしたり、ノートとるの遅かったり、先生にプリント提出しようと教室内を少し歩いただけで机で足ぶつけたりと色々大変だった。階段は「ふりじゃないからね、ふりじゃないからね!」とよっちゃんと烏丸くんと奥寺くんととっきーに見守られながら登り下がりした。お世話になりました。
そしてお昼。孝ちゃんがやってきた。
「めっちゃお世話になっとるなぁ」
「本当にお世話になりました」
「過去形になってるけどまだ移動教室あるからな」
「しかもあと数日これなんだろ?」
「名字、怪我だけは気をつけてね」
「うん。気をつけるねとっきー」
よっちゃんはさっさとご飯食べて委員会の集まりに行った。トイレ行っておかないで大丈夫? と私に先に聞いて。小さい子どもみたいな扱いされてる。
「トリオン体になったら普段の姿になるよな? それの差で元に戻ったとき余計に遠近感狂いそうだな」
「奥寺くんなんで怖いこと言うの……」
「いや、防衛任務あるから仕方ねーだろ」
「ずっとトリオン体でいたい……」
「いてほしいけど怒られるやろうなぁ」
理由。ものもらい。絶対鬼怒田さん怒る。トリガーをなんだと思っとる!? って言われそう。こっそりやろうとしても使用履歴でバレるからなぁ。
「そしてミニトマトが敵に見える……」
片目お箸でミニトマトは難易度が高い。お箸がすかすかする。明日からはお母さんに頼んでフォークにしてもらおう。
「名前、ほらあーんして」
「あーん」
孝ちゃんが私のお弁当箱からミニトマトをお箸でとってそのまま食べさせてもらった。本体を食べてヘタをプチってとってお弁当箱に入れる。本当に小さい子どもみたいだ。少し嬉しいと思ったのは内緒です。
「手で食べられるだろってツッコんでいいやつか?」
「ツッコんでも無駄なやつだよ奥寺」
「名字はその発想がないだけで隠岐先輩はやりたいからやっている」
「バカップル……」
とっきー達がこそこそ何か話してる。孝ちゃんは位置的に聞こえてるみたいでにこにこしてる。面白い話かな?
「ものもらい、早く治す方法、検索!」
「なんて書いてあるん?」
「メイクは控えましょうって!」
「学校じゃせえへんから意味ないなぁ」
「意味ないね!」
あと清潔にしましょうって書いてあった。うーん裏ワザ的なのはなかった。でも早めに病院行ったのはよかったみたい。そしてそんな事を思っていたらトイレに行きたくなってきた。さっきよっちゃんに聞いてもらったときは平気だったのに。
どうしようか、とひとりで行けるかな? と少し悩んでいたら孝ちゃんがすぐに気づいて「どうかしたん? 名前」と聞いてきた。
トイレ一緒に行ってくださいと彼氏に言うのは恥ずかしい。恥ずかしいけどひとりで立ったら「なんで? どこ行くん?」って聞かれるに決まっている。……うう、恥ずかしい。
「孝ちゃん、耳かして」
「はいはい?」
顔をこっちに向けた孝ちゃんに私も顔を寄せる。そしたらふわりと口が孝ちゃんの頬に当たった。思わずぴきりと固まる。孝ちゃんは目尻を下げて口を開いた。
「名前? ちゅーはさすがに二人のときだけにしようや」
「ちが、ちがいますっ! 距離感! 距離感が掴めなかったの! 違うのー! みんなっ!」
「見なかったことにするから落ち着けー」
「名字、全部分かってるから」
「隠岐先輩は楽しそうっすね」
「かわええやろ」
「耳まで真っ赤で顔隠してる名字に優しくしてあげてください」
「せやなぁ。名前ー? 可愛い顔みしてや?」
「それ逆効果ですよ」
結局トイレは委員会から帰ってきたよっちゃんと一緒に行ってもらった。もうものもらい嫌い。