好きを煮詰めた他人のぼくら
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小学一年生の途中から大阪に引っ越した。お父さんの仕事の都合で。せめて入学式に合わせるように引っ越したらよかったのに大阪にやってきたのは夏。一シーズン終わってからの転校は不安がいっぱいだった。
「名字さんどこから来たん?」
「その髪飾りかわええなーおかんのプレゼント?」
「標準語? で話すんやろ? なんか話してみてや!」
「好きなユーチューバーだれー? 私はねー」
それなのにやってきた大阪は私の不安を吹き飛ばす猛烈な勢いで突っ込んできた。多人数に囲まれてあわあわしながら返せたのは「三門市から……」だけだった。もうそれだけで「どんなとこなん?」「初めてきいたわ」「大阪とどこが違うん?」「大阪もええとこやで!」「あんな、このまえなー」「あんた前もその話しとったで」とレスポンスが凄すぎた。距離感すごい大阪。圧倒されながら過ごした1日。子供のくせに一気に老け込んだ気分だった。いい子ばかりだった。でも文化が違いすぎる。大阪こわい。1日ですでに三門市が恋しくて半泣きで家に帰っていた。
「名前ちゃん?」
「おきくん……」
「なんや泣いとるなぁなんかあったん?」
引っ越したマンションの隣のお家の隠岐くん。挨拶のときに年が近いからとお話したのだ。ゆったりと話してくれる一個年上の大らかな雰囲気の男の子。今日も朝一緒に学校に連れて行ってくれた。「広い道通ろうな? 車多くて危ないからなぁ」と優しく手を引いてくれた。大阪の子優しい……! と感動して一気に懐いた。これならクラスも大丈夫! と思ってしまうくらいだった。全くもって気のせいだった。隠岐くんが特別なだけだった。
「おきくん……あのね、クラスの子がすごいの」
「すごい? どうすごいん?」
「いっぱいおしゃべりするの。わたし全然しゃべれなかった」
「大阪人は口が達者ていうからなぁ。びっくりしたやろ」
よしよしと頭を撫でてもらって余計に泣けてきた。安心感からだった。隠岐くんは平気。優しい。大好き。我ながら現金な子供だった。
「心配やなぁ。よし明日から一緒に教室まで行ったるよ。帰りも一緒帰ろうや」
「ほんとに?」
「ほんまに。それでゆっくり友だち作りぃ」
ゆっくり。その言葉に安堵が生まれた。自分のペースでいいと分かったからだ。それに本当に教室まで着いてきてくれた隠岐くんが「ゆっくり屋さんやから合わせたってくれや」と言ってくれたおかげで10対1のようなレスポンス合戦はなくなった。本当にみんないい子だったのだ。「名前ちゃんのんびり屋さんやねぇ」がみんなの口癖になってしまったが。みんながせっかちなだけである。友だちが出来て隠岐くんと一緒に帰ることはなくなったが、朝は変わらず一緒に行ってくれた。そのおかげか朝寝坊など無縁の子供だった。それくらい隠岐くんに会うのが楽しみだったのだ。
「孝二、朝ずっとその子と一緒やな」
「お隣さんやねん」
その日は偶々隠岐くんの友だちと一緒に登校していた。といっても朝のドッチボールコート取らんといかんから! 上級生にとられてまう! と三分くらいで走って行ってしまったが。ボーッとその後ろ姿を見ていると繋いだ手を優しく引っ張られて「しゃんとせな危ないで?」と顔をのぞき込まれた。
「こうじ」
「ん? なんや?」
「……わたしも名前で呼びたい」
もじもじしながら言うと微笑ましそうな顔で「かまへんよ」と言ってくれた。孝二と言ってはみたが、なんとなく違うなと思い、うんうん悩む。その間も隠岐くんは私の手を引っ張って登校してくれている。それに甘えて呼び方を考える。孝二くん。孝くん。孝ちゃん。孝ちゃん!
「孝ちゃんってよぶ!」
「おーええで。孝ちゃんは名前ちゃんだけやなぁ」
「呼び方名前がいい」
「うん? 呼び捨てでええの?」
「うん。考ちゃんは特別」
そう言うと孝ちゃんは少し黙って照れくさそうに「ありがとぉな」と言った。
孝ちゃんはずっと優しかった。「名前はゆったりしとるからなぁ」と一個違いなだけなのに私に対して急かしたり怒ったりしたことが一度もなかった。なんならずっと甘やかされていた。勉強も教えてくれたし、遊びにも混ぜてくれた。男の子と女の子が遊ぶのは何かと言われがちだけど孝ちゃんの大らかさと私の孝ちゃんへのべったり感からか、からかわれたことはなかった。おまえらいっつも一緒やなぁ。こんな感じだった。
学年が上がってもずっと一緒に登校してくれていてそれは孝ちゃんが小学校卒業まで続いた。もちろん大泣きした。
「通学路途中まで一緒やろ? 変わらんて」
「でも゛学校に孝ちゃんい゛ないぃ!」
「一年だけやから。待っとくからはよおいで」
その言葉は守られなかった。私が守れなかったのだ。また引っ越しが決まった。三門市。元いた町に戻ることになったのだ。
「孝ちゃんといるぅ!」
「はいはいあんたはもー孝二くんにべったりで。スマホ買ってあげるからそれで我慢しなさい」
「孝二にもスマホ買ったるからそれで連絡しぃや名前ちゃん」
「スマホでも孝ちゃんが目の前にいないぃ!」
「名前コアラみたいやなぁ」
「コアラになるから孝ちゃん家の子になるの!」
「それはかわええなぁ」
「孝二くんも少しは反対しなさい」
大号泣の大号泣。一生の別れのようだった。私はそのつもりだった。
「孝ちゃん……」
「名前、高校生になったらバイトしてすぐに会いに行ったるから。ちょっとの間辛抱してや」
「ほんと?」
「おれが名前に嘘ついたことある?」
「ない……」
「うん約束。……おれもほんまは寂しいんやで?」
孝ちゃんが珍しく眉を下げてそういうものだから私の涙腺はもっと崩壊して出発まで孝ちゃんにくっついていた。孝ちゃんは「一生分泣いとるなぁ」と笑っていた。
三門市に戻ってからスマホを買ってもらって。私の一番の登録者名は孝ちゃんだった。あんた親を押しのけてまで……とお父さんとお母さんには飽きられた。
「孝ちゃん! スマホ買ってもらった! 孝ちゃんの名前を一番最初に登録したの!」
『おれもそうすればよかったなぁ。初めてはおとんにやってもうたわ』
「おじちゃんに負けた!」
『他の初めては名前にやるから勘弁してや』
「はじめて?」
『おー。全部あげたるよ』
その電話の次の日。三門市にゲートが開いた。
****
「諏訪さん私もっとがんばりますから!」
「おー、任せた」
諏訪隊のスナイパーになって早数年。全力でただをこねて隊を組んでもらったのだ。ふん! と気合いを入れる。目指せB級上位組! いや、目標はもっと高くA級だ!
狙撃場行ってきます! と言おうとして何やら賑わっていることに気づく。なんだろう。
「なんでしょうあれ」
「あー外部組、スカウトしてきた面々が来たんだろ」
「スカウト組かぁどこからでしたっけ?」
「関西のほうだって聞いたけどな」
「関西……」
その言葉に少ししゅんとなる。そこはおもいでの場所だ。今も大切な。
単純思考の私の悪いところが出てしまって狙撃場に行く気がすっかりなくなってしまった。「おまえ何で元気なくしてんだよ」と諏訪さんにツッコまれていたそのときだった。
「名前」
優しい声がした。私を呼ぶ優しくて大好きな声。恐る恐る振り返るとそこにいたのは思ったとおりの人物で。
「少し遅れたわ。高校生になってすぐ行く言うたのになぁ」
「…………」
「ん? 喜んでくれへんの?」
「……ちゃん、」
「うん?」
「孝ちゃん!!」
真っ直ぐに走っていく。そんなに離れてなかったのに、足が止まらなかった。そしてその勢いのまま突っ込んだため急には止まれなかった。見事ぶつかった。けど一歩後ろに足をやっただけで孝ちゃんは私をそのまま受け止めてくれた。
「やると思ったわぁ」
「孝ちゃん! 孝ちゃん! ……孝ちゃんだ!!」
「はいはいおれですよ」
「なんでここにいるの!?」
「スカウトされてんボーダーに」
「聞いてない!」
「内緒にしとったからな。うちの家族も名前の家族も」
「い、意地悪されてる」
「びっくりさせたかってん。ごめんな?」
孝ちゃんに謝られて私が許さないわけがない。「いいよ!」と元気よく返すと朗らかな笑顔が返ってくる。……孝ちゃんだ。孝ちゃんの笑顔にじわじわと実感がわいてきた。同時に涙腺も刺激されてきた。あ、だめだこれ。泣く。
「孝ちゃんだぁ……っ」
「待たせてごめんなぁ。でもこれからはずっと一緒やで」
「ほんと?」
「おれが名前に嘘ついたことある?」
数年前と同じ言葉。もちろん返す言葉は決まっている。
「ない!」
私の返事に孝ちゃんは「やろ?」と得意げに笑った。