番外編
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モブ(女の子)が失恋する話
タイトル未定の裏側です
好きな人には好きな人がいた。
隣のクラスの烏丸くん。格好良くてクールでそしてボーダー隊員。烏丸くんに憧れる子は山ほどいる。私もその一人だ。といっても遠くから見ているだけの臆病者なのだけど、それでもいいと思っていた。そう、思っていたのだ。
「この間嵐山さんとナマエさんが山ほどタケノコ持ってたけどあれ何だったんだ?」
「学校の帰り道に荷物沢山持ったおばあさんのお手伝いして、そのお礼でいただいたんだって」
「ああ……玉狛にも持ってきてたなタケノコ。レイジさんに筍ご飯作ってもらいに。旨かった」
お昼休み。隣のクラスの友達とご飯を食べるという口実を作って、烏丸くんを見るのが1日の楽しみだ。友達の席は奥寺くんと近くで、烏丸くんと時枝くんはいつも奥寺くんの席の周りでご飯を食べている。よって、いつも烏丸くんたちの会話が聞こえてしまう。筍ご飯の話している烏丸くんはいつもより幼くて何だか可愛い。格好いいだけじゃないなんて……! と唇をぎゅっとしていると真向かいに座っている友達がにやりとするのが分かった。もう、ほっといて。
「玉狛でも食べたのか……ラウンジでタケノコ炊いて鬼怒田さんに怒られてたぞ」
「……それはどっちだ?」
「ナマエさんに決まってるだろ」
「だよな」
ふっとこぼれたように笑う烏丸くん。微笑も格好いい。そう格好いいのだ。でも、あの笑い方をする烏丸くんをみる度に心臓が嫌な音を立てる。いつもはドキドキして忙しないのに、あの笑みのときは、泣きそうになる。
「食い意地張ってるからなナマエさんは」
───ナマエさん
烏丸くんたちの会話でよく聞く名前のひとつだ。同じボーダー隊員の人だと会話の流れから分かった。さん付けしているから年上の隊員さんだろうな、先輩とも仲良しなんだと最初は烏丸くんの事を知るだけで嬉しかった。でも途中で、奥寺くんや時枝くんとは違った感情をそのナマエさんに持っていることを知ってしまった。その日から私は“ナマエさん”が嫌いになった。
「ナマエさんって好き嫌いないのか? いっつも何か食べてる気がする」
「酸っぱい食べ物が苦手って言っていた。まああの人は基本的に何でも食べる」
「甘いもの好きだよねナマエさん」
「おお……なんか女子だな」
「何を今更」
三人ともどちらかというと騒ぐタイプではないからか、いつも静かに会話をするのだけどナマエさんの話題のときは少し違う。それはナマエさんの話題の大抵がハチャメチャな話ばかりで、三人が静かに話すには少し無理があるからだ。静かに盛り上がる。こんな感じで三人はナマエさんの話をする。
「ずっと女子だろ。言動が過激なだけで」
「そこが一番の問題なんだけどな」
「まあ、ナマエさんが静かだと少し調子出ないよね。ずっと前にナマエさんが足の爪ぱっきり割っちゃってテンション下がって大人しかったとき、出水先輩が何か落ち着かないって基地内ウロウロしてたし」
「なんだそれ初めて聞いたな。つーか相変わらず仲良しだなあの二人」
奥寺くんの言葉にちょっとムッとしたように口を結ぶ烏丸くん。無表情がデフォルトの烏丸くんの表情のバリエーションを増やしているのはナマエさんだ。ナマエさんの話をしていると、烏丸くんの表情はコロコロ変わる。喜んでいるときの顔、楽しそうな顔、少し嫉妬しているときの顔、そして──好きで仕方ないって顔。本人がいなくても、名前を呼ぶだけで烏丸くんは幸せそうに笑う。これで例のナマエさんがいたらどうなるのだろう、と考えて頭がズンと重くなった。
***
「…………うぁ、」
格好いい、なにあれ。
烏丸くんのバイトしている喫茶店。学校帰りに友達と寄ってみるとそこには白いワイシャツに腰には黒のエプロンをつけた烏丸くんがいた。格好いい。見慣れている学ランじゃないだけでいつもより輝いてみえる。にやつく顔を押さえていると一緒に来てくれた友達のため息が上から降ってきた。
「いい加減話しかければいいのに」
「むりっ! 絶対に無理!」
だって烏丸くん私の存在しらないだろうし、と少し気持ちが落ち込みながらちらっと視線を烏丸くんに向ける。ばちり。そんな音を立てて視線がかち合った。そしてこちらに歩いてくる烏丸くん。え、えっ。
「ご注文はお決まりですか」
「パンケーキセットで。制服似合ってんね烏丸」
「ああ、ありがとう。でもいつもはキッチンだから少し落ち着かない」
友達と烏丸くんの会話を目を瞬かせながら見つめる。すごい、クラスメートだからだろうけどすごい。
「そっちは、まだ決まってないか?」
「あっ、……あ、わ私もおんなじので……」
「かしこまりました。……相変わらず仲良いんだな」
「えっ」
「? いつも昼一緒に食べているだろう」
そう言い残して烏丸はお店の裏に入っていった。……ダメだ顔がにやつく。
「よかったね、話せて」
「……………うん」
あれが会話のうちに入ったかは微妙だったけど烏丸くんに存在を知っててもらえたのは本当に嬉しい。綻ぶ顔を必死に抑えてパンケーキを待っていたが、持ってきてくれたのは烏丸くんじゃない別のバイトさんだった。……うん別にいいもん。
友達と談笑しながらパンケーキを食べていると、カランコロンと店の鈴が鳴ってお客さんが入って来た。あ、あの人は出水先輩だ。烏丸くんの先輩でたまにお昼休みに教室に来る、明るくて賑やかな先輩。もう一人の女の人は見たことがなかった。出水先輩と違って私服だから高校生じゃないのかもしれない。……もしかして出水先輩の彼女? 友達もそう思ったのか「出水先輩彼女いたんだ!」とそわそわしている。出水先輩もなかなかの有名人だからスクープを発見したような気分だ。
「あれいなくね?」
「キッチンって言ってたからいないでしょ。あ、二人です」
店員さんにそう告げて出水先輩と女の人は私たちの座っているテーブルの一つ間を開けた二人席に座った。
「うーん、何にしようかな」
「夜間任務なんだろ? がっつり食べとけば?」
「あ、パンケーキ美味しそう。パンケーキにする」
「人の話聞いてんのか」
「何でパンケーキって言うんだろうね。ホットケーキとは一体何だったんだ」
「おい話きけ」
テンポの良い会話に少し笑ってしまいそうになった。出水先輩って普段彼女にはあんな感じなんだ……と少し意外だったけど仲良しでほっこりした。友達は「なんか出水先輩の彼女にしては……普通ね」と何だか残念そう。そうかなぁお似合いだと思うけど。
ちらりと出水先輩の彼女さんに視線を向ける。黒髪に白のシャツにジーンズ、派手派手しくない飾らないお化粧で見た目は清潔感があった。確かに顔立ちは友達が言うとおり普通だ。でも二人の様子を見ているとそんな事どうでもよさそうで全然気にならない。いいなぁ……あんな風に付き合える人がいて、とうらやましげな視線を送っているとその奥から烏丸くんが出てくるのが見えた。あっ、と顔が綻ぶのが分かりつつそのまま視線を向けていると、烏丸くんは店内に視線を配り、そしてある場所で止まった。その瞬間、私の胸が嫌な音を立てた。
「ナマエさん」
烏丸くんはあの女の人の元に真っ直ぐ足を進めた。
「あ、おつかれ烏丸。お腹空いたから来てみた。パンケーキください」
「一気に要件言わないでください」
「おい京介、おれには何かないのか」
「……お疲れ様です」
「何で嫌そうな顔してんだよ!」
わいわい話す三人に気が遠くなっていくのが分かった。───ナマエさん。烏丸くんが名前を呼ぶ前から分かってしまった。だってあの表情で笑っていたから。ううん、いつもの表情だけじゃない。熱を孕んだ目で真っ直ぐにナマエさんを見ていた。ああ、本人を前にすると烏丸くんはこうも変わってしまうのか、と他人事のように考えてしまった。
「おっ師匠、このジャンボカフェ挑戦してみよーぜ」
「それカップル限定ですよ」
「言わなきゃ分かんねーだろ」
「俺が知ってるんで駄目です」
「烏丸お腹空いた」
「はいはい、分かりましたから。出水先輩も同じのでいいですよね」
「せめて了承の返事聞いてから戻れよ」
奥に入っていった烏丸くんの後ろ姿に口を尖らせる出水先輩。それを見て笑うナマエさん。仲がいいからこそ出せる空気に胸が苦しくなる。さっき初めて話せた私には出せない空気。ああも簡単にあの空気を作ってしまうナマエさんに嫌な感情が沸いてしまいそうだった。
「お待たせしました」
パンケーキを二つ、出水先輩とナマエさんの下へ運んできた烏丸くん。
「あ? 何で師匠のはフルーツ乗っかってんだ」
「サービスです」
「やったね。ありがとう烏丸!」
「ずりぃ師匠だけ!」
騒ぐ出水先輩を置いて「いただきます!」と両手を合わせてパンケーキを食べるナマエさん。そして幸せそうに顔をほころばせた。
「おいしい……ホットケーキとは何だったんだ……」
「ナマエさん、そのラズベリー少し酸っぱいですよ」
「食べ物を残すやつは死ねって教訓があってね」
「罪重すぎんだろ」
思考回路がいちいち物騒なんだよ、と若干引き気味の言葉を聞きながらふとあることを思い出した。
『烏丸くんの好きなタイプってどんな女の子なの~?』
ある日の昼休み、少し派手めの女の子たちに囲まれた烏丸くん。おしゃべりいいな……ずるいと勝手にいつもなら思うのだけど、その時はグッジョブの一言だった。……そうだ、そのとき烏丸くんは、
「ごちそうさまでした!」
「旨かったけど甘え……」
「出水くんの失恋話はほろ苦だったからね。耐えられないよねこの甘さ」
「その顔物凄くムカつく。くん付けはもっとムカつく」
そして今更ながら出水先輩とナマエさんが恋人同士ではないと理解した。……付き合ってくれてたら良かったのに。
「じゃ、そろそろお暇するか。仮眠とりたいし」
「おー。京介またな」
「はい。ナマエさん、次はいつ頃玉狛に顔出せますか」
「ええ……、ひもじくなったら?」
「アバウトすぎんだろ」
そんな言葉を最後に出水先輩とナマエさんは店から出て行った。そして店内に残された烏丸くんは……
「………っ、」
またあの顔で笑っていた。
『烏丸くんの好きなタイプってどんな女の子なの~?』
『……元気で……美味しそうにご飯を食べる人、かな』
分かっていたけど失恋確定だ。
タイトル未定の裏側です
好きな人には好きな人がいた。
隣のクラスの烏丸くん。格好良くてクールでそしてボーダー隊員。烏丸くんに憧れる子は山ほどいる。私もその一人だ。といっても遠くから見ているだけの臆病者なのだけど、それでもいいと思っていた。そう、思っていたのだ。
「この間嵐山さんとナマエさんが山ほどタケノコ持ってたけどあれ何だったんだ?」
「学校の帰り道に荷物沢山持ったおばあさんのお手伝いして、そのお礼でいただいたんだって」
「ああ……玉狛にも持ってきてたなタケノコ。レイジさんに筍ご飯作ってもらいに。旨かった」
お昼休み。隣のクラスの友達とご飯を食べるという口実を作って、烏丸くんを見るのが1日の楽しみだ。友達の席は奥寺くんと近くで、烏丸くんと時枝くんはいつも奥寺くんの席の周りでご飯を食べている。よって、いつも烏丸くんたちの会話が聞こえてしまう。筍ご飯の話している烏丸くんはいつもより幼くて何だか可愛い。格好いいだけじゃないなんて……! と唇をぎゅっとしていると真向かいに座っている友達がにやりとするのが分かった。もう、ほっといて。
「玉狛でも食べたのか……ラウンジでタケノコ炊いて鬼怒田さんに怒られてたぞ」
「……それはどっちだ?」
「ナマエさんに決まってるだろ」
「だよな」
ふっとこぼれたように笑う烏丸くん。微笑も格好いい。そう格好いいのだ。でも、あの笑い方をする烏丸くんをみる度に心臓が嫌な音を立てる。いつもはドキドキして忙しないのに、あの笑みのときは、泣きそうになる。
「食い意地張ってるからなナマエさんは」
───ナマエさん
烏丸くんたちの会話でよく聞く名前のひとつだ。同じボーダー隊員の人だと会話の流れから分かった。さん付けしているから年上の隊員さんだろうな、先輩とも仲良しなんだと最初は烏丸くんの事を知るだけで嬉しかった。でも途中で、奥寺くんや時枝くんとは違った感情をそのナマエさんに持っていることを知ってしまった。その日から私は“ナマエさん”が嫌いになった。
「ナマエさんって好き嫌いないのか? いっつも何か食べてる気がする」
「酸っぱい食べ物が苦手って言っていた。まああの人は基本的に何でも食べる」
「甘いもの好きだよねナマエさん」
「おお……なんか女子だな」
「何を今更」
三人ともどちらかというと騒ぐタイプではないからか、いつも静かに会話をするのだけどナマエさんの話題のときは少し違う。それはナマエさんの話題の大抵がハチャメチャな話ばかりで、三人が静かに話すには少し無理があるからだ。静かに盛り上がる。こんな感じで三人はナマエさんの話をする。
「ずっと女子だろ。言動が過激なだけで」
「そこが一番の問題なんだけどな」
「まあ、ナマエさんが静かだと少し調子出ないよね。ずっと前にナマエさんが足の爪ぱっきり割っちゃってテンション下がって大人しかったとき、出水先輩が何か落ち着かないって基地内ウロウロしてたし」
「なんだそれ初めて聞いたな。つーか相変わらず仲良しだなあの二人」
奥寺くんの言葉にちょっとムッとしたように口を結ぶ烏丸くん。無表情がデフォルトの烏丸くんの表情のバリエーションを増やしているのはナマエさんだ。ナマエさんの話をしていると、烏丸くんの表情はコロコロ変わる。喜んでいるときの顔、楽しそうな顔、少し嫉妬しているときの顔、そして──好きで仕方ないって顔。本人がいなくても、名前を呼ぶだけで烏丸くんは幸せそうに笑う。これで例のナマエさんがいたらどうなるのだろう、と考えて頭がズンと重くなった。
***
「…………うぁ、」
格好いい、なにあれ。
烏丸くんのバイトしている喫茶店。学校帰りに友達と寄ってみるとそこには白いワイシャツに腰には黒のエプロンをつけた烏丸くんがいた。格好いい。見慣れている学ランじゃないだけでいつもより輝いてみえる。にやつく顔を押さえていると一緒に来てくれた友達のため息が上から降ってきた。
「いい加減話しかければいいのに」
「むりっ! 絶対に無理!」
だって烏丸くん私の存在しらないだろうし、と少し気持ちが落ち込みながらちらっと視線を烏丸くんに向ける。ばちり。そんな音を立てて視線がかち合った。そしてこちらに歩いてくる烏丸くん。え、えっ。
「ご注文はお決まりですか」
「パンケーキセットで。制服似合ってんね烏丸」
「ああ、ありがとう。でもいつもはキッチンだから少し落ち着かない」
友達と烏丸くんの会話を目を瞬かせながら見つめる。すごい、クラスメートだからだろうけどすごい。
「そっちは、まだ決まってないか?」
「あっ、……あ、わ私もおんなじので……」
「かしこまりました。……相変わらず仲良いんだな」
「えっ」
「? いつも昼一緒に食べているだろう」
そう言い残して烏丸はお店の裏に入っていった。……ダメだ顔がにやつく。
「よかったね、話せて」
「……………うん」
あれが会話のうちに入ったかは微妙だったけど烏丸くんに存在を知っててもらえたのは本当に嬉しい。綻ぶ顔を必死に抑えてパンケーキを待っていたが、持ってきてくれたのは烏丸くんじゃない別のバイトさんだった。……うん別にいいもん。
友達と談笑しながらパンケーキを食べていると、カランコロンと店の鈴が鳴ってお客さんが入って来た。あ、あの人は出水先輩だ。烏丸くんの先輩でたまにお昼休みに教室に来る、明るくて賑やかな先輩。もう一人の女の人は見たことがなかった。出水先輩と違って私服だから高校生じゃないのかもしれない。……もしかして出水先輩の彼女? 友達もそう思ったのか「出水先輩彼女いたんだ!」とそわそわしている。出水先輩もなかなかの有名人だからスクープを発見したような気分だ。
「あれいなくね?」
「キッチンって言ってたからいないでしょ。あ、二人です」
店員さんにそう告げて出水先輩と女の人は私たちの座っているテーブルの一つ間を開けた二人席に座った。
「うーん、何にしようかな」
「夜間任務なんだろ? がっつり食べとけば?」
「あ、パンケーキ美味しそう。パンケーキにする」
「人の話聞いてんのか」
「何でパンケーキって言うんだろうね。ホットケーキとは一体何だったんだ」
「おい話きけ」
テンポの良い会話に少し笑ってしまいそうになった。出水先輩って普段彼女にはあんな感じなんだ……と少し意外だったけど仲良しでほっこりした。友達は「なんか出水先輩の彼女にしては……普通ね」と何だか残念そう。そうかなぁお似合いだと思うけど。
ちらりと出水先輩の彼女さんに視線を向ける。黒髪に白のシャツにジーンズ、派手派手しくない飾らないお化粧で見た目は清潔感があった。確かに顔立ちは友達が言うとおり普通だ。でも二人の様子を見ているとそんな事どうでもよさそうで全然気にならない。いいなぁ……あんな風に付き合える人がいて、とうらやましげな視線を送っているとその奥から烏丸くんが出てくるのが見えた。あっ、と顔が綻ぶのが分かりつつそのまま視線を向けていると、烏丸くんは店内に視線を配り、そしてある場所で止まった。その瞬間、私の胸が嫌な音を立てた。
「ナマエさん」
烏丸くんはあの女の人の元に真っ直ぐ足を進めた。
「あ、おつかれ烏丸。お腹空いたから来てみた。パンケーキください」
「一気に要件言わないでください」
「おい京介、おれには何かないのか」
「……お疲れ様です」
「何で嫌そうな顔してんだよ!」
わいわい話す三人に気が遠くなっていくのが分かった。───ナマエさん。烏丸くんが名前を呼ぶ前から分かってしまった。だってあの表情で笑っていたから。ううん、いつもの表情だけじゃない。熱を孕んだ目で真っ直ぐにナマエさんを見ていた。ああ、本人を前にすると烏丸くんはこうも変わってしまうのか、と他人事のように考えてしまった。
「おっ師匠、このジャンボカフェ挑戦してみよーぜ」
「それカップル限定ですよ」
「言わなきゃ分かんねーだろ」
「俺が知ってるんで駄目です」
「烏丸お腹空いた」
「はいはい、分かりましたから。出水先輩も同じのでいいですよね」
「せめて了承の返事聞いてから戻れよ」
奥に入っていった烏丸くんの後ろ姿に口を尖らせる出水先輩。それを見て笑うナマエさん。仲がいいからこそ出せる空気に胸が苦しくなる。さっき初めて話せた私には出せない空気。ああも簡単にあの空気を作ってしまうナマエさんに嫌な感情が沸いてしまいそうだった。
「お待たせしました」
パンケーキを二つ、出水先輩とナマエさんの下へ運んできた烏丸くん。
「あ? 何で師匠のはフルーツ乗っかってんだ」
「サービスです」
「やったね。ありがとう烏丸!」
「ずりぃ師匠だけ!」
騒ぐ出水先輩を置いて「いただきます!」と両手を合わせてパンケーキを食べるナマエさん。そして幸せそうに顔をほころばせた。
「おいしい……ホットケーキとは何だったんだ……」
「ナマエさん、そのラズベリー少し酸っぱいですよ」
「食べ物を残すやつは死ねって教訓があってね」
「罪重すぎんだろ」
思考回路がいちいち物騒なんだよ、と若干引き気味の言葉を聞きながらふとあることを思い出した。
『烏丸くんの好きなタイプってどんな女の子なの~?』
ある日の昼休み、少し派手めの女の子たちに囲まれた烏丸くん。おしゃべりいいな……ずるいと勝手にいつもなら思うのだけど、その時はグッジョブの一言だった。……そうだ、そのとき烏丸くんは、
「ごちそうさまでした!」
「旨かったけど甘え……」
「出水くんの失恋話はほろ苦だったからね。耐えられないよねこの甘さ」
「その顔物凄くムカつく。くん付けはもっとムカつく」
そして今更ながら出水先輩とナマエさんが恋人同士ではないと理解した。……付き合ってくれてたら良かったのに。
「じゃ、そろそろお暇するか。仮眠とりたいし」
「おー。京介またな」
「はい。ナマエさん、次はいつ頃玉狛に顔出せますか」
「ええ……、ひもじくなったら?」
「アバウトすぎんだろ」
そんな言葉を最後に出水先輩とナマエさんは店から出て行った。そして店内に残された烏丸くんは……
「………っ、」
またあの顔で笑っていた。
『烏丸くんの好きなタイプってどんな女の子なの~?』
『……元気で……美味しそうにご飯を食べる人、かな』
分かっていたけど失恋確定だ。