本編
名前変換
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辻にとって山原ナマエという先輩は普通にいい人、という印象だった。もちろん女性は苦手だしナマエ自身もまごうことなく女性だ。鉢合わせると固まってしまうし口はもごもごするだけでろくな会話も出来ないし顔が熱くなって頭はクラクラする。その上「目を離したら終わり」「アクセルしか付いていない」「レベルの高い阿呆」「破天荒の擬人化」とボーダー内で流れる評判はあまり良くないが、辻は彼女にいい印象しか持ったことがなかった。
「あ、……の、その……」
「ふふ、かーわいい」
ねえ一緒にご飯いこ? と上目遣いに誘ってくる見知らぬ女性。その奥で「うわぁ……あれナンパだぁ……」と口元を引きつらせてこちらを見ているナマエ。そしてどんどん近付いてくる女に壊れたロボットのような反応しかできない辻。
学校帰りボーダーに向かう道中で辻はナンパにあっていた。頭では「これから用があるので無理です」と言葉がすぐに浮かんでいるのだが、口が全く動いてくれない。足も動かない。心なしか熱が出てきた。いや、心なしかではない。今朝方から少し身体が怠かったのだ。まさかこんなことで体調を拗らすなんて思ってもみなかったが。絶望だ……と辻が心の内で嘆いた瞬間、ラフな恰好をしたナマエがコンビニ袋をひっさげて現れた。辻にはその姿が神のように見えた。犬飼辺りがいたら「コンビニ袋持ってる神様ってなに」などと突っ込んでいただろうが残念なことに彼はここにはいない。そもそも彼がいたら辻はここまで追いつめられていない。
「た、やっやま……」
「田山? それがあなたの名前?」
違います。心の中でそう返して辻は「肉食系だなぁ……」と感心したような引いたような声を出すナマエへと視線をやった。助けてください山原先輩、と。
可哀想なくらい必死な辻の視線を受けたナマエは辻と辻に迫っている女を見比べて一瞬戸惑うような顔をしたが、諦めたように息をついてこちらへ歩いて来た。
「えーと、お姉さん。それうちの弟なんですよ」
「……姉が何の用なの」
先ほどの辻を誘うような甘い声はどこへ行ったのか、と再び口元を引きつらせたナマエ。一方辻は一周まわって吐きそうになっていた。顔色はもちろん悪い。
「今日うちのおばあちゃんの誕生日なんですよ。辻……えーっと、つじ、つじ……辻乃助がいないとパーティー始まらなくて」
名前なんだっけ、と一瞬視線をうろつかせた後に出たのは辻乃助という昨今ではなかなか耳にしない名前だった。新乃助ですと心のなかで返す辻。それに気づくわけもなく「孫激愛じじいなもんで辻乃助がいなきゃ駄目なんですよはっはー」と棒読みなナマエ。ついでに祖母から祖父になっている。辻は頼る相手を間違えたらしい。
しかしナマエの言葉はあまり耳に入っていなかったのか「本当に? 辻乃助くん」と適当な言い訳を信じかけている辻をナンパした女。ぐいっと顔を近づけて聞いてくるものだから「あ、あっ……」とカ○ナシ状態の辻。そんな辻に対ししっかりせんか、とコンビニ袋で背中を叩くナマエ。
辻の言葉に完全に納得はしてなさそうな女だったが「ね、辻乃助」と同意を求めるナマエに対して力いっぱい頷く辻を見て諦めたらしい。また今度ね田山辻乃助くん、と辻にしてみたら不穏な言葉を残して去っていった。
「いつか誘拐されるぞおまえ……」
「………すみません……」
呆れたようなナマエの言葉に体力を根こそぎ持って行かれた辻は静かにそう返した。田山辻乃助という仮名が出来たことに突っ込む気力もなかった。
***
「出水は任務で米屋は補習。三輪は番号知らない、奈良坂透は電話しても出ない、女の子は……死体蹴りになるな」
どうしようかなぁ、と呟いたナマエに対し「すみません……」と二度目になる謝罪を返す辻は公園のベンチに横になっていた。理由はナンパショック+体調不良。ある意味当然の結果だった。
ナマエに無理やり押しけられたガリガリ君(冬こそアイスらしい)を額に乗せてひっそり息を吐く。この上なく迷惑をかけている。そう思いながら携帯を渋い顔で見つめるナマエに視線をやり、すぐに戻した。ここで気を失ったら迷惑どころではない。「師匠を女としてよく見れるな……」と同級生からはドン引きされるがどこからどう見ても女性じゃないかというのが辻の言い分だ。確かに言動は派手で突拍子はないが体つきや仕草は女性だ。逆にいつもじゃれあっているくせによく意識しないでいられるなとさえ思う。他のボーダー隊員も総じてそんな反応なのだから辻の味方はいないに等しかった。
『……あの馬鹿が』
ふと頭に浮かんだのは吐き捨てるように呟く二宮の姿だった。あれはいつ頃だっただろうか。まだ二宮が学生服を着ていたときだったような……いや、二宮は割と誰に対してもいつでもそんな言葉を吐く。成人した今でも。そう思いつつも辻の脳裏に浮かんだ二宮の顔は今よりずっと幼かった。
「犬飼は着拒してるから私から電話かけるの何かイヤだし」
ナマエの言葉で意識を戻された辻。そして「着信拒否されているんですか犬飼先輩……」と呆れの言葉を呟く。気に入ったものはとことん構い倒す習性の犬飼。それで嫌われては本末転倒だと思うのだがそれすらも楽しんでいる節がある。愉快犯というやつだろうか。
「あいつそろそろ日本から出て行かないかなぁ。そんな予定聞いてない?」
「い、いえ……」
「春の引っ越しパックでどっか行けよ本当に」
若干苛ついているナマエに冷や汗をかく。多分それを本人に伝えても「じゃあ先輩の家の近所に引っ越そうかなぁ」とかニヤニヤしながら言うだけだ。……ああ、絶対そうに違いない。そんな事を思っていると、ぐいっと目の前に突き出された携帯電話。液晶が近すぎて何が表示されているのかよく分からなかった。
「ん、電話しろ」
少し距離をとって携帯を受け取る。画面には『愛人47人』の文字。誰だ。
恐る恐るかけてみると二、三回流れたコール音のあとに「もしもし?」と独特なイントネーションが返ってきた。
「……隠岐か……」
『え、これナマエさんの携帯やろ? 何で辻ちゃん?』
当然の疑問に辻が何て答えようか迷っているとナマエに携帯をひょいととられる。「暇? 暇なの? ……生駒と用があるの? だったら暇だね。……ちょっ生駒うるさい。あーもー、じゃあ二人で来てね。キリンみたいな遊具がある公園。早く来ないと辻が死ぬよ。よろしく」不穏な言葉を残してナマエは電話を切った。恐らく電話の向こうでは大変なことになっているに違いない。そしてナマエが言ったキリンとはアルパカのことだ。全く違う。二人はここに来ることは出来るのだろうか。
「あれはアルパカですよ……」
「シルエット似てるしどっちも草食べるから大丈夫じゃない? うん、きっと大丈夫」
大丈夫じゃないです……と力なく返した辻。その数十分後、「ほらここやったやろ。どっちも草食うからな」とどや顔の生駒と「ほんまに当たってたわ」と驚いた顔の隠岐が無事到着した。なぜだ。
(ナマエさん、何でおれの登録名が『愛人47人』なんです? )
(あれ? 47都道府県全部に愛人がいるんじゃなかったっけ)
(いませんて)
(いないってよ生駒)
(いやおるやろ)
(いるってよ隠岐)
(辻ちゃん、この二人どうにかしてくれへん)
(無理だ)
「あ、……の、その……」
「ふふ、かーわいい」
ねえ一緒にご飯いこ? と上目遣いに誘ってくる見知らぬ女性。その奥で「うわぁ……あれナンパだぁ……」と口元を引きつらせてこちらを見ているナマエ。そしてどんどん近付いてくる女に壊れたロボットのような反応しかできない辻。
学校帰りボーダーに向かう道中で辻はナンパにあっていた。頭では「これから用があるので無理です」と言葉がすぐに浮かんでいるのだが、口が全く動いてくれない。足も動かない。心なしか熱が出てきた。いや、心なしかではない。今朝方から少し身体が怠かったのだ。まさかこんなことで体調を拗らすなんて思ってもみなかったが。絶望だ……と辻が心の内で嘆いた瞬間、ラフな恰好をしたナマエがコンビニ袋をひっさげて現れた。辻にはその姿が神のように見えた。犬飼辺りがいたら「コンビニ袋持ってる神様ってなに」などと突っ込んでいただろうが残念なことに彼はここにはいない。そもそも彼がいたら辻はここまで追いつめられていない。
「た、やっやま……」
「田山? それがあなたの名前?」
違います。心の中でそう返して辻は「肉食系だなぁ……」と感心したような引いたような声を出すナマエへと視線をやった。助けてください山原先輩、と。
可哀想なくらい必死な辻の視線を受けたナマエは辻と辻に迫っている女を見比べて一瞬戸惑うような顔をしたが、諦めたように息をついてこちらへ歩いて来た。
「えーと、お姉さん。それうちの弟なんですよ」
「……姉が何の用なの」
先ほどの辻を誘うような甘い声はどこへ行ったのか、と再び口元を引きつらせたナマエ。一方辻は一周まわって吐きそうになっていた。顔色はもちろん悪い。
「今日うちのおばあちゃんの誕生日なんですよ。辻……えーっと、つじ、つじ……辻乃助がいないとパーティー始まらなくて」
名前なんだっけ、と一瞬視線をうろつかせた後に出たのは辻乃助という昨今ではなかなか耳にしない名前だった。新乃助ですと心のなかで返す辻。それに気づくわけもなく「孫激愛じじいなもんで辻乃助がいなきゃ駄目なんですよはっはー」と棒読みなナマエ。ついでに祖母から祖父になっている。辻は頼る相手を間違えたらしい。
しかしナマエの言葉はあまり耳に入っていなかったのか「本当に? 辻乃助くん」と適当な言い訳を信じかけている辻をナンパした女。ぐいっと顔を近づけて聞いてくるものだから「あ、あっ……」とカ○ナシ状態の辻。そんな辻に対ししっかりせんか、とコンビニ袋で背中を叩くナマエ。
辻の言葉に完全に納得はしてなさそうな女だったが「ね、辻乃助」と同意を求めるナマエに対して力いっぱい頷く辻を見て諦めたらしい。また今度ね田山辻乃助くん、と辻にしてみたら不穏な言葉を残して去っていった。
「いつか誘拐されるぞおまえ……」
「………すみません……」
呆れたようなナマエの言葉に体力を根こそぎ持って行かれた辻は静かにそう返した。田山辻乃助という仮名が出来たことに突っ込む気力もなかった。
***
「出水は任務で米屋は補習。三輪は番号知らない、奈良坂透は電話しても出ない、女の子は……死体蹴りになるな」
どうしようかなぁ、と呟いたナマエに対し「すみません……」と二度目になる謝罪を返す辻は公園のベンチに横になっていた。理由はナンパショック+体調不良。ある意味当然の結果だった。
ナマエに無理やり押しけられたガリガリ君(冬こそアイスらしい)を額に乗せてひっそり息を吐く。この上なく迷惑をかけている。そう思いながら携帯を渋い顔で見つめるナマエに視線をやり、すぐに戻した。ここで気を失ったら迷惑どころではない。「師匠を女としてよく見れるな……」と同級生からはドン引きされるがどこからどう見ても女性じゃないかというのが辻の言い分だ。確かに言動は派手で突拍子はないが体つきや仕草は女性だ。逆にいつもじゃれあっているくせによく意識しないでいられるなとさえ思う。他のボーダー隊員も総じてそんな反応なのだから辻の味方はいないに等しかった。
『……あの馬鹿が』
ふと頭に浮かんだのは吐き捨てるように呟く二宮の姿だった。あれはいつ頃だっただろうか。まだ二宮が学生服を着ていたときだったような……いや、二宮は割と誰に対してもいつでもそんな言葉を吐く。成人した今でも。そう思いつつも辻の脳裏に浮かんだ二宮の顔は今よりずっと幼かった。
「犬飼は着拒してるから私から電話かけるの何かイヤだし」
ナマエの言葉で意識を戻された辻。そして「着信拒否されているんですか犬飼先輩……」と呆れの言葉を呟く。気に入ったものはとことん構い倒す習性の犬飼。それで嫌われては本末転倒だと思うのだがそれすらも楽しんでいる節がある。愉快犯というやつだろうか。
「あいつそろそろ日本から出て行かないかなぁ。そんな予定聞いてない?」
「い、いえ……」
「春の引っ越しパックでどっか行けよ本当に」
若干苛ついているナマエに冷や汗をかく。多分それを本人に伝えても「じゃあ先輩の家の近所に引っ越そうかなぁ」とかニヤニヤしながら言うだけだ。……ああ、絶対そうに違いない。そんな事を思っていると、ぐいっと目の前に突き出された携帯電話。液晶が近すぎて何が表示されているのかよく分からなかった。
「ん、電話しろ」
少し距離をとって携帯を受け取る。画面には『愛人47人』の文字。誰だ。
恐る恐るかけてみると二、三回流れたコール音のあとに「もしもし?」と独特なイントネーションが返ってきた。
「……隠岐か……」
『え、これナマエさんの携帯やろ? 何で辻ちゃん?』
当然の疑問に辻が何て答えようか迷っているとナマエに携帯をひょいととられる。「暇? 暇なの? ……生駒と用があるの? だったら暇だね。……ちょっ生駒うるさい。あーもー、じゃあ二人で来てね。キリンみたいな遊具がある公園。早く来ないと辻が死ぬよ。よろしく」不穏な言葉を残してナマエは電話を切った。恐らく電話の向こうでは大変なことになっているに違いない。そしてナマエが言ったキリンとはアルパカのことだ。全く違う。二人はここに来ることは出来るのだろうか。
「あれはアルパカですよ……」
「シルエット似てるしどっちも草食べるから大丈夫じゃない? うん、きっと大丈夫」
大丈夫じゃないです……と力なく返した辻。その数十分後、「ほらここやったやろ。どっちも草食うからな」とどや顔の生駒と「ほんまに当たってたわ」と驚いた顔の隠岐が無事到着した。なぜだ。
(ナマエさん、何でおれの登録名が『愛人47人』なんです? )
(あれ? 47都道府県全部に愛人がいるんじゃなかったっけ)
(いませんて)
(いないってよ生駒)
(いやおるやろ)
(いるってよ隠岐)
(辻ちゃん、この二人どうにかしてくれへん)
(無理だ)