本編
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「もう嫌だ……炒飯こわい……食べたくない……この世から消えて……しぬ……」
「よしよし、もうここにはありませんから大丈夫ですよー怖くないですよー」
「そうだぞ。生きろナマエさん」
「……茶でも煎れよう」
玉狛支部の基地に帰ってきた烏丸はリビングに広がる光景に固まった。ナマエが玉狛にいることは大した問題じゃない。日常茶飯事だ。だが顔を真っ青にしたナマエが宇佐美の膝を借りてソファーに横たわり、空閑に宥められるように頭に手を置かれ、木崎から憐れみの視線を向けられているという数秒では理解しきれない光景に烏丸の動きが止まった。
「おれの記憶では炒飯というものはおいしかったぞ」
「あのねぇ遊真……人間が同じ見た目じゃないのと一緒で炒飯にも色々あるの……炒飯というのはねぇ……時には兵器となるものがあるの……」
「それは恐ろしいな」
空閑との会話で何となく察しがついた。ああ……加古さんの炒飯を食べたのか、と。
ナマエは堤に次ぐ炒飯被害者だった。年もひとつ違いでポジションも同じで女同士。なにかと接点のある二人。つまりその分、被害に合う確率が高い。もし加古が男だったら「こんなの食えるかぁ!」といつものように反抗している。が、残念なことに加古は女だ。同性には強く出られないナマエはささやかな反抗(お腹いっぱい、加古さんの炒飯は堤さんのもの、明日人間ドッグ受けるから無理、など)をしたのちにいつも撃沈している。
「バレンタインなんか嫌いだ……なにチョコ炒飯って……加古さんの創作意欲に火を付けやがって……絶対ゆるさないバレンタイン」
弱りつつもバレンタインに怒りを燃やすナマエに烏丸はひとつ息を漏らしてリビングへ足を踏み入れた。
今日がバレンタインだというのは嫌というほど分かっていた。なんせ学校で数多くのチョコレートを渡されたのだから。全員にお返しは物理的にも金銭的にも不可能なので直接渡される分はいつもその場で断っている。机やロッカーに入っていたものは仕方なく持って帰るが。それでも紙袋いっぱいになったチョコレートを持って玉狛支部に来た烏丸。玄関で見つけたナマエの靴に僅かな期待を持ちつつ扉を開けた結果がこれだ。期待をした自分が悪いといつも通り自分を慰めながらソファーに横たわるナマエを上から見下ろす。いつもの健康的な肌色が青白く染まっている。大抵のことは動じないナマエをここまで追い詰めるなんて兵器といって差し支えない威力だ。
「大丈夫ですか、ナマエさん」
「閻魔大王が川の向こうでスキップしてるのが見えたけど大丈夫……」
「大丈夫じゃないですね」
地獄に叩きつけられるほどの劇物を口にしたらこうなるのか……と思いながらナマエの額に手を置く。恐ろしいことに熱があった。どんだけだ加古炒飯。
「こんなときに何ですが冷蔵庫に小南と作ったトリュフがありますよ」
「ありがとう……あとでいただくね……あぁ……板チョコしかくれなかった小南がトリュフを作れるようになるなんて……」
「走馬灯流さないでくださいナマエさん」
「お返しはいつも通りホワイトデーにかえすね栞ちゃん……」
「わーい」
ナマエさんの作るお菓子美味しいからホワイトデー楽しみなんですよ~とニコニコ笑う宇佐美。それに対して「私も栞ちゃんの作ったチョコ好きだよ……あれ、私加古さんにもお返ししないといけないの……? あれにお返し……? お返しってなに……?」と力無く話すナマエ。これが烏丸がナマエのバレンタインチョコを期待するだけ無駄だと思う理由のひとつであった。
ナマエはバレンタインでチョコを作ったり送ったりしない。義理チョコも女友達の間で行われる友チョコもだ。貰ったものをまとめてホワイトデーに返す。このスタンスを貫いている。「ナマエはそろそろ性別を変えたほうがいいと思う」これは一度もナマエからバレンタインのチョコを貰ったことのない迅の言葉だ。そう、あの迅ですら貰ったことがないのだ。「逆になんで貰えると思ってるの」これはナマエの言葉だ。夢も慈悲もない。強いて言えば城戸、忍田、林藤はもらっているが中身はネクタイやら酒のつまみやらバレンタインとは全く縁のないものだ。「小4まではチョコレートくれたんだけどなぁ」と笑いながら話す林藤を思い出す。何年前から彼女はバレンタインチョコを人に渡していないのだろうか。
毎年この状態なのに貰えると思った自分が悪いな。慰めでもなく今度はそう思った。思ってしまった。つくづく自分はとんでもない相手を好きになってしまったな、と木崎から胃薬を受け取り、渋い顔で飲むナマエを見ながら烏丸は短く息を吐いた。
「胃薬が加古炒飯に勝てるとは思わない……」
「気休め程度だ」
「ボーダーで加古炒飯対抗薬を作ったら売れるとおもう」
「ナマエさん目が据わってるぞ」
今日がバレンタインとは思えないある意味いつも通りの玉狛支部。冷やすものでも持ってきてあげるかとキッチンの方へ足を進めようとする烏丸。その後ろ姿を服の裾を掴んで止めたのはナマエだった。
「烏丸、かばん」
「え」
「かばんの中」
それだけ言って手を離し、再び宇佐美の膝に頭を乗せるナマエ。ソファーの下に無造作に置かれたナマエのバッグが視界に入る。これのことか? と首を傾げながら手にとってナマエへ向けると「中のやつ」と気怠げに短く返ってきた。やけに眠そうだ。ああ、薬を飲んだからかと自分の中で完結させてナマエのバッグを開ける。財布、携帯、ポーチと必要最低限の私物に埋もれた小綺麗な箱。再び「え、」と声を漏らした烏丸にナマエは目を眠そうに細めながら口を開いた。
「あげる。色々ありがとう」
意外と律儀だよねあの人、という烏丸にとって天敵に近い人物の声が頭に響いた。何でこのタイミングで……と苦い気持ちを持ちつつも手の中の長方形の箱を見つめる。リボンの間に【Happy Valentine】と書かれたカードが挟まっていた。先ほどバレンタイン許さないと怒りを燃やしていた人物から貰ったとは思えない。そして何よりあのナマエが、という気持ちが大きすぎて言葉が全く出ない烏丸。そんな烏丸の気も知らず宇佐美は眠ってしまったナマエの頭を撫でながら口を開く。
「ああ! なんでナマエさん体調悪いのに本部から玉狛に来たのかな~って思ってたんだけどとりまるくんにチョコレート渡すためだったんだね」
良かったね~レア物だよナマエさんのチョコレート、と笑う宇佐美に一瞬にして身体に熱が籠もった。顔にまで出さなかったのは宇佐美と空閑がいたおかげというか、せいというか。とりあえず「おれも食べたいな、ナマエさんのチョコレート」という空閑の言葉には「ダメだ」と即座に返し、生暖かい視線を送ってくる木崎には気づかない振りをした。
「よしよし、もうここにはありませんから大丈夫ですよー怖くないですよー」
「そうだぞ。生きろナマエさん」
「……茶でも煎れよう」
玉狛支部の基地に帰ってきた烏丸はリビングに広がる光景に固まった。ナマエが玉狛にいることは大した問題じゃない。日常茶飯事だ。だが顔を真っ青にしたナマエが宇佐美の膝を借りてソファーに横たわり、空閑に宥められるように頭に手を置かれ、木崎から憐れみの視線を向けられているという数秒では理解しきれない光景に烏丸の動きが止まった。
「おれの記憶では炒飯というものはおいしかったぞ」
「あのねぇ遊真……人間が同じ見た目じゃないのと一緒で炒飯にも色々あるの……炒飯というのはねぇ……時には兵器となるものがあるの……」
「それは恐ろしいな」
空閑との会話で何となく察しがついた。ああ……加古さんの炒飯を食べたのか、と。
ナマエは堤に次ぐ炒飯被害者だった。年もひとつ違いでポジションも同じで女同士。なにかと接点のある二人。つまりその分、被害に合う確率が高い。もし加古が男だったら「こんなの食えるかぁ!」といつものように反抗している。が、残念なことに加古は女だ。同性には強く出られないナマエはささやかな反抗(お腹いっぱい、加古さんの炒飯は堤さんのもの、明日人間ドッグ受けるから無理、など)をしたのちにいつも撃沈している。
「バレンタインなんか嫌いだ……なにチョコ炒飯って……加古さんの創作意欲に火を付けやがって……絶対ゆるさないバレンタイン」
弱りつつもバレンタインに怒りを燃やすナマエに烏丸はひとつ息を漏らしてリビングへ足を踏み入れた。
今日がバレンタインだというのは嫌というほど分かっていた。なんせ学校で数多くのチョコレートを渡されたのだから。全員にお返しは物理的にも金銭的にも不可能なので直接渡される分はいつもその場で断っている。机やロッカーに入っていたものは仕方なく持って帰るが。それでも紙袋いっぱいになったチョコレートを持って玉狛支部に来た烏丸。玄関で見つけたナマエの靴に僅かな期待を持ちつつ扉を開けた結果がこれだ。期待をした自分が悪いといつも通り自分を慰めながらソファーに横たわるナマエを上から見下ろす。いつもの健康的な肌色が青白く染まっている。大抵のことは動じないナマエをここまで追い詰めるなんて兵器といって差し支えない威力だ。
「大丈夫ですか、ナマエさん」
「閻魔大王が川の向こうでスキップしてるのが見えたけど大丈夫……」
「大丈夫じゃないですね」
地獄に叩きつけられるほどの劇物を口にしたらこうなるのか……と思いながらナマエの額に手を置く。恐ろしいことに熱があった。どんだけだ加古炒飯。
「こんなときに何ですが冷蔵庫に小南と作ったトリュフがありますよ」
「ありがとう……あとでいただくね……あぁ……板チョコしかくれなかった小南がトリュフを作れるようになるなんて……」
「走馬灯流さないでくださいナマエさん」
「お返しはいつも通りホワイトデーにかえすね栞ちゃん……」
「わーい」
ナマエさんの作るお菓子美味しいからホワイトデー楽しみなんですよ~とニコニコ笑う宇佐美。それに対して「私も栞ちゃんの作ったチョコ好きだよ……あれ、私加古さんにもお返ししないといけないの……? あれにお返し……? お返しってなに……?」と力無く話すナマエ。これが烏丸がナマエのバレンタインチョコを期待するだけ無駄だと思う理由のひとつであった。
ナマエはバレンタインでチョコを作ったり送ったりしない。義理チョコも女友達の間で行われる友チョコもだ。貰ったものをまとめてホワイトデーに返す。このスタンスを貫いている。「ナマエはそろそろ性別を変えたほうがいいと思う」これは一度もナマエからバレンタインのチョコを貰ったことのない迅の言葉だ。そう、あの迅ですら貰ったことがないのだ。「逆になんで貰えると思ってるの」これはナマエの言葉だ。夢も慈悲もない。強いて言えば城戸、忍田、林藤はもらっているが中身はネクタイやら酒のつまみやらバレンタインとは全く縁のないものだ。「小4まではチョコレートくれたんだけどなぁ」と笑いながら話す林藤を思い出す。何年前から彼女はバレンタインチョコを人に渡していないのだろうか。
毎年この状態なのに貰えると思った自分が悪いな。慰めでもなく今度はそう思った。思ってしまった。つくづく自分はとんでもない相手を好きになってしまったな、と木崎から胃薬を受け取り、渋い顔で飲むナマエを見ながら烏丸は短く息を吐いた。
「胃薬が加古炒飯に勝てるとは思わない……」
「気休め程度だ」
「ボーダーで加古炒飯対抗薬を作ったら売れるとおもう」
「ナマエさん目が据わってるぞ」
今日がバレンタインとは思えないある意味いつも通りの玉狛支部。冷やすものでも持ってきてあげるかとキッチンの方へ足を進めようとする烏丸。その後ろ姿を服の裾を掴んで止めたのはナマエだった。
「烏丸、かばん」
「え」
「かばんの中」
それだけ言って手を離し、再び宇佐美の膝に頭を乗せるナマエ。ソファーの下に無造作に置かれたナマエのバッグが視界に入る。これのことか? と首を傾げながら手にとってナマエへ向けると「中のやつ」と気怠げに短く返ってきた。やけに眠そうだ。ああ、薬を飲んだからかと自分の中で完結させてナマエのバッグを開ける。財布、携帯、ポーチと必要最低限の私物に埋もれた小綺麗な箱。再び「え、」と声を漏らした烏丸にナマエは目を眠そうに細めながら口を開いた。
「あげる。色々ありがとう」
意外と律儀だよねあの人、という烏丸にとって天敵に近い人物の声が頭に響いた。何でこのタイミングで……と苦い気持ちを持ちつつも手の中の長方形の箱を見つめる。リボンの間に【Happy Valentine】と書かれたカードが挟まっていた。先ほどバレンタイン許さないと怒りを燃やしていた人物から貰ったとは思えない。そして何よりあのナマエが、という気持ちが大きすぎて言葉が全く出ない烏丸。そんな烏丸の気も知らず宇佐美は眠ってしまったナマエの頭を撫でながら口を開く。
「ああ! なんでナマエさん体調悪いのに本部から玉狛に来たのかな~って思ってたんだけどとりまるくんにチョコレート渡すためだったんだね」
良かったね~レア物だよナマエさんのチョコレート、と笑う宇佐美に一瞬にして身体に熱が籠もった。顔にまで出さなかったのは宇佐美と空閑がいたおかげというか、せいというか。とりあえず「おれも食べたいな、ナマエさんのチョコレート」という空閑の言葉には「ダメだ」と即座に返し、生暖かい視線を送ってくる木崎には気づかない振りをした。