番外編
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※モブが失恋する話
「私、晴れ女だから大丈夫」
「雨予報ですけどナマエさん?」
「私、晴れ女だから大丈夫」
「二回もいいやがった」
女子の会話が耳に届く。多分校外学習の話だろうとぼんやり考えてると「まあ雨でもさ」と言葉が続く。
「誰かと一緒にいるんだからどうせ楽しいよ」
気楽そうな、それでいて楽しげな声で話す言葉がやけに耳について会話していた二人へと視線をやる。ナマエ。山原ナマエ。何かと騒がしい賑やかな女子。今年初めて同じクラスになった。山原は笑っていた。
「どうせ楽しいってまとめかた雑」
「私と一緒にいて楽しくないって言うのッ!!」
「ヒスるなヒスるな。はいはい、楽しい楽しい」
「もっと心温まるようなかんじでお願いします」
「面倒だなこいつ……あ、迅ー! あんたの身内が面倒くさい!」
「おれに押し付ける気満々だね」
「売れ残り気分がする」
そこに迅も加わって三人で話し出す。主に山原が身振り手振りを加えて楽しそうに話して他の二人はそれに相づちをうっている。こっちも楽しげに。目を和らげて。
「なんの話しとるん?」
「校外学習の話」
「雨予報だから少し大変そうだな」
「私がいるから大丈夫」
「なんだその自信は」
「なぜなら私は晴れ女」
再び人が加わる。生駒に嵐山に柿崎。ひとり除いたらみんなボーダー隊員だなと思う。全員が揃っているのは珍しい。そんなことを思っていると山原がホワイトボードにきゅ、きゅ、と何かを書き出した。題名は○○市の食べ歩きスポット。……校外学習を何か勘違いしてないか? 俺がそう思ったように嵐山から「あくまで授業の一環だぞ」とツッコミが入る。
「食べ歩き禁止されてないし、バスに乗って遠出するんだから食べ歩きは必須です」
「お弁当持って行くつもりだったわ」
「絶対だめ。お弁当禁止。食べ歩くの」
「何がおまえをそうさせる」
「うまいもん食べな遠出した感でらんしな」
「そうなんです。さすが生駒、分かってる」
「でも雨予報だよ」
「何度も言わせるな迅。晴れ女がいるって。そういうわけでみんなググって美味しそうなところ三つ探してください」
山原がそういうとみんな仕方ないなぁといった風にスマホを出して検索をかけている。山原はそれを見守っている。おまえはやらんのかい。心でツッコんでると嵐山から「ここがうまそうだぞ」と山原にスマホを見せ、すぐさま山原が「採用!」とホワイトボードに肉饅頭と書き出した。それがしばらく続き、ホワイトボードに食べ歩きスポットがたくさん書き出されたところで担任がやってきて、ホワイトボードをみて「おまえら校外学習はちゃんとやれよ」と釘を刺していた。食べ歩きはオーケーらしい。
「任せろゴン太」
「おまえが一番不安だわ」
「ゴン太は明日私に感謝することになるのにそんな口きいていいのかな?」
「おまえこそ先生 への態度を改めろ」
「明日は晴れです」
天気予報はよほどのことじゃないと崩れない。雨だろうな、と思っていた。……ら、本当に空一面綺麗に晴れたのだから山原の晴れ女っぷりに少しおののいた。
「あ、羽岡くん。同じチームだ」
「……どうも」
そして同じグループになったのだから微妙に縁があるらしい。他には昨日山原と話してた女子と迅がいた。迅は俺の方を向いて口を開く。
「羽岡、はぐれても焦んなくていいから」
「いや、焦らないと駄目だろ」
何言ってんだといった顔をしてたのだろう。迅は苦笑しながらこういった。
「急がば回れって言うだろ? あとは……まあなるようになれ、かな?」
おかしなアドバイスをする。そんなことを思いつつ教師からもらったマップを開いた。
本当にはぐれた。山原と一緒に。
狭い小道を通っていたところ観光客の集団に巻き込まれて流されていきそうな山原の手を掴んで寄せて二人でいた所で、迅達の姿がないことに気がついた。
「山原、スマホ持ってるか?」
迅達の連絡先を知っているのは山原だけだ。「当たり前よ」とリュックから出したスマホを手にして数秒。山原はなかったかのようにスマホをリュックに戻して「何食べようか」と話し出した。
「いや、連絡は?」
「画面がつかないこともあるんだねぇ」
「充電してなかったのか……」
「まあまあはぐれても死ぬわけじゃないし。食べ歩きでもしましょうや」
のんきな山原の台詞に迅の予言めいた言葉を思い出す。焦らなくてもいい。いや、一応授業だし……と思ったところで山原は「おばちゃん串焼き一本くださーい!」と店に顔を突っ込んでいた。マイペースか。
「あ、二本だった」
「二本も食べるのか」
「えっ羽岡くんの分。美味しいものを一人占めしないよ」
まだ食べると言ってないのだが。そう思いつつも焼きたての串焼きを受け取る。匂いにつられて口にする。パリッとしててうまかった。
「うまっ……」
「ここね、美味しい食べ歩きスポット調べてて出てたところだから」
今日は羽岡くんと食べ歩き巡りだね、と山原は楽しそうに笑った。それを少しみて口を開く。
「……仲良いやつとがよかったんじゃないか?」
それ用に調べていたのだろうし。
「うん? 別によくない? 美味しいものの前じゃ誰かはこだわらないよ。今日仲良くなればいいし」
「おまえコミュ強だな」
「そう?」
俺とろくに話したことないのに気負った雰囲気もない。いつもと変わらない気がする。いつもの賑やかで楽しそうな山原。
……なんでろくに話したことないのに“いつも”なんて言ってんだ俺は。
ふとした疑問を抱えながらも山原の「次はちっちゃいクレープ食べよ!」という言葉に足を動かした。
山原はよく笑ったしよく食べた。男の俺と同じくらいぺろりと食べていた。まあ食べ歩きサイズだからだと思うが。途中途中で挟まるなんてない話。学校の話や家族の話や友達の話。話が尽きることなく山原は楽しそうに話す。つられてこちらも笑ってしまうのでやっぱりこいつはコミュ強だなと思った。あのね、と始まるとこっちも耳を寄せてしまう。声を聞いてしまう。聞きたいと思ってしまう。不思議と居心地がよかった。
そして集合時間になり、バスの元へ戻ると迅ともうひとりの女子が待っていた。
「はぐれたなーばかたれ!」
「はぐれたもんはしゃーない」
「食べ歩き満喫しましたって顔してんのよ!」
「おいしかったです」
ギャーギャー騒ぐ二人の横で迅と話す。
「……食べ歩きしかしてないぞ俺達」
「いいよ。その分おれらがまとめたし」
「悪い……」
「ナマエと一緒なら仕方ないって」
「いや、俺も楽しんでたから」
自然とそう口にして固まる。いや、楽しかったのは別にいいだろ。すぐにその考えに至ったがなんとなく居心地が悪い。ちらりと山原に目を向ける。ちょうど山原と目が合った。山原は指を立ててシィーといたずらっ子のように笑った。その瞬間ドクンと胸が鳴る。顔に熱がこもる。口を押さえてああ……と思った。
いつからだ。やけに山原の声が耳に届くと感じたときからか。いつも楽しそうにしているのを見ていたときからか。……全部な気がして身体の熱が上がった気がした。
「山は、」
「羽岡」
山原に声をかけようとして迅に遮られる。迅の方を見ると片眉を下げた何とも言えない表情をしていた。
「ナマエは恋愛の情緒とか分からないからすぐに告白とかは止めた方がいいと思うよ」
「!??」
何で知ってんだよ! 俺も今気づいたのに! と声にならずに心で叫ぶ。だけど迅は山原と仲がいい。そう思い至って小声で話しかける。
「……どんな男がタイプとか知ってる?」
「うーんそんな話したことないけど、惚れるタイプなら分かるよ」
不思議な物言いに疑問がわいたが惚れるタイプという言葉に惹かれて続きを聞く体勢に入る。迅はそんな俺に苦笑しながら少し遠くを見て口を開いた。
「ナマエの過去も今も未来もひっくるめて懐に入れて受けとめるやつ」
「……誰でも惚れそうだが?」
「まあモテるよね、そんな男」
「……まずは仲良くなるところから始めるわ」
「そうだね」
迅にお礼を言おうとしたが、なんだか歯切れの悪そうな顔をしてたので「体調でも悪いのか」と聞くと力のない表情で首を横に振られた。説得力ねえな。そう思っていると「迅様」と背後から声がして内心びくりとする。振り返ると神妙な顔をした山原がいた。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いいよ。分かってたし」
「だよねー。ほら、迅には謝らないでいいって言ったじゃん」
「けじめだばかたれ!」
女子に頭を叩かれる山原はふてくされたような顔をしていて、それが急に可愛く見えるのだから恋は厄介だと思った。
それからは山原と話す回数を増やした。山原も俺に気を使わなくなったのか呼び捨てで呼ぶようになった。迅や嵐山や柿崎や生駒のように下の名前で呼ぶことは出来なかったけど、顔を合わせれば普通に話すし、グループで、だったが遊びに行ったりもした。進学先も同じだったからこの調子で距離を縮めようと思っていた。迅の言うとおり恋愛の情緒は皆無のようだったので。「山原と一緒にいると楽しいよ」と言った俺に対して返ってきたのは「照れるやんけー兄貴ー」だった。はじめてお前から兄貴なんて言われたぞと思った。
大学に進学すると同じ教科をとれて飯にも二人で行く機会もあった。山原はボーダー隊員なのでシフトの関係で授業に出られないことも多くてノートやレジュメなど頼られることもあって接点は消えなかった。
一年の長い春休み。そろそろ二人でどこかに出かけてもいいんじゃないかと思っていたときだった。街中で山原を見かけた。背の高い男と一緒にいるところを。その時点で嫌な予感はしていた。
「……山原?」
「あ、羽岡だ。なんか久しぶり」
「大学の春休みって長いからな」
そんなことを話しつつ隣の男に目をやる。イケメン。男前。女が好きそうな顔。つまりとんでもなく顔が整っている。男に視線をやっていたのに気づいたのか山原が口を開く。
「こっちは同じボーダー隊員の烏丸。後輩」
「後輩、だけじゃないでしょ」
「!!」
烏丸くんは山原の空いていた手をぎゅっと握りしめた。山原は固まり、頬を赤く染めて烏丸くんを見上げた。
「友達の前ですけども!?」
「はじめまして烏丸です。先日から付き合いはじめました。よろしくお願いします羽岡さん」
「無視ですか!?」
よろしくお願いします、か。あっちもすぐに分かったらしい。目ざとい奴だと苦笑する。苦笑するしかなかった。……そこそこ長かったんだけどな。俺の気持ち。
「烏丸くんはいつから山原のこと好きだったんだ?」
「惚れたのは12のときです」
「!? 初めて聞きましたが」
「初めて言いました」
「ていうか12? そんなに早かったっけ? ボーダー入るの」
「まあいろいろあったんで」
「これ言う気がないやつだ」
テンポのいい会話に落ち込む。失恋したのだとまじまじと見せられているかのようで。でも12か。烏丸くんが年下なのは分かる。それでも長いこと片思いしていたことになる。それがほんの少し慰めになった。唐突に現れたトンビにとられたわけじゃないと分かったからかもしれない。
「山原はどんなとこに惚れたんだ?」
「恥ずかしいこと聞きますね」
「後生だから教えてくれ」
「そこまで言うの!?」
目を見開いている山原に頷くと手をぺいっと剥がしてこっちに来る。耳貸してとポーズと言葉で言われる。……こういうところが可愛いんだよな。まだ消えそうにない想いを胸に抱えながら耳を傾ける。
「……私の過去も今も未来も大事にしてくれるところ」
『ナマエの過去も今も未来もひっくるめて懐に入れて受けとめるやつ』
迅の言葉が頭に浮かんだ。
「迅のやろう」
「えっ迅? なんで迅」
「ちょっとあいつぶん殴る用事できたわ」
「あいつなにしたの」
「トンビがいること教えなかったこと」
「トンビ? 鳥? なんで鳥?」
トンビというか烏か。そう思いつつ疑問符を浮かべる山原の頭をぽんぽんと叩く。烏丸くんからは痛い視線をもらったが、最後だから許してほしい。
「山原」
「うん?」
「幸せになってな」
「……うん、ありがとう」
照れくさそうに笑う顔は初めてみるもので。烏丸くんがいるから出る表情でもやっぱり可愛く感じてしまって、俺もどうしようもないやつだと嘆息した。
この数分後、分かっていたかのように現れた迅の背中をとりあえず無言で殴り、迅は理由も聞かずに苦笑して「ぼんち揚げ食う?」と菓子を俺に差し出した。
「私、晴れ女だから大丈夫」
「雨予報ですけどナマエさん?」
「私、晴れ女だから大丈夫」
「二回もいいやがった」
女子の会話が耳に届く。多分校外学習の話だろうとぼんやり考えてると「まあ雨でもさ」と言葉が続く。
「誰かと一緒にいるんだからどうせ楽しいよ」
気楽そうな、それでいて楽しげな声で話す言葉がやけに耳について会話していた二人へと視線をやる。ナマエ。山原ナマエ。何かと騒がしい賑やかな女子。今年初めて同じクラスになった。山原は笑っていた。
「どうせ楽しいってまとめかた雑」
「私と一緒にいて楽しくないって言うのッ!!」
「ヒスるなヒスるな。はいはい、楽しい楽しい」
「もっと心温まるようなかんじでお願いします」
「面倒だなこいつ……あ、迅ー! あんたの身内が面倒くさい!」
「おれに押し付ける気満々だね」
「売れ残り気分がする」
そこに迅も加わって三人で話し出す。主に山原が身振り手振りを加えて楽しそうに話して他の二人はそれに相づちをうっている。こっちも楽しげに。目を和らげて。
「なんの話しとるん?」
「校外学習の話」
「雨予報だから少し大変そうだな」
「私がいるから大丈夫」
「なんだその自信は」
「なぜなら私は晴れ女」
再び人が加わる。生駒に嵐山に柿崎。ひとり除いたらみんなボーダー隊員だなと思う。全員が揃っているのは珍しい。そんなことを思っていると山原がホワイトボードにきゅ、きゅ、と何かを書き出した。題名は○○市の食べ歩きスポット。……校外学習を何か勘違いしてないか? 俺がそう思ったように嵐山から「あくまで授業の一環だぞ」とツッコミが入る。
「食べ歩き禁止されてないし、バスに乗って遠出するんだから食べ歩きは必須です」
「お弁当持って行くつもりだったわ」
「絶対だめ。お弁当禁止。食べ歩くの」
「何がおまえをそうさせる」
「うまいもん食べな遠出した感でらんしな」
「そうなんです。さすが生駒、分かってる」
「でも雨予報だよ」
「何度も言わせるな迅。晴れ女がいるって。そういうわけでみんなググって美味しそうなところ三つ探してください」
山原がそういうとみんな仕方ないなぁといった風にスマホを出して検索をかけている。山原はそれを見守っている。おまえはやらんのかい。心でツッコんでると嵐山から「ここがうまそうだぞ」と山原にスマホを見せ、すぐさま山原が「採用!」とホワイトボードに肉饅頭と書き出した。それがしばらく続き、ホワイトボードに食べ歩きスポットがたくさん書き出されたところで担任がやってきて、ホワイトボードをみて「おまえら校外学習はちゃんとやれよ」と釘を刺していた。食べ歩きはオーケーらしい。
「任せろゴン太」
「おまえが一番不安だわ」
「ゴン太は明日私に感謝することになるのにそんな口きいていいのかな?」
「おまえこそ
「明日は晴れです」
天気予報はよほどのことじゃないと崩れない。雨だろうな、と思っていた。……ら、本当に空一面綺麗に晴れたのだから山原の晴れ女っぷりに少しおののいた。
「あ、羽岡くん。同じチームだ」
「……どうも」
そして同じグループになったのだから微妙に縁があるらしい。他には昨日山原と話してた女子と迅がいた。迅は俺の方を向いて口を開く。
「羽岡、はぐれても焦んなくていいから」
「いや、焦らないと駄目だろ」
何言ってんだといった顔をしてたのだろう。迅は苦笑しながらこういった。
「急がば回れって言うだろ? あとは……まあなるようになれ、かな?」
おかしなアドバイスをする。そんなことを思いつつ教師からもらったマップを開いた。
本当にはぐれた。山原と一緒に。
狭い小道を通っていたところ観光客の集団に巻き込まれて流されていきそうな山原の手を掴んで寄せて二人でいた所で、迅達の姿がないことに気がついた。
「山原、スマホ持ってるか?」
迅達の連絡先を知っているのは山原だけだ。「当たり前よ」とリュックから出したスマホを手にして数秒。山原はなかったかのようにスマホをリュックに戻して「何食べようか」と話し出した。
「いや、連絡は?」
「画面がつかないこともあるんだねぇ」
「充電してなかったのか……」
「まあまあはぐれても死ぬわけじゃないし。食べ歩きでもしましょうや」
のんきな山原の台詞に迅の予言めいた言葉を思い出す。焦らなくてもいい。いや、一応授業だし……と思ったところで山原は「おばちゃん串焼き一本くださーい!」と店に顔を突っ込んでいた。マイペースか。
「あ、二本だった」
「二本も食べるのか」
「えっ羽岡くんの分。美味しいものを一人占めしないよ」
まだ食べると言ってないのだが。そう思いつつも焼きたての串焼きを受け取る。匂いにつられて口にする。パリッとしててうまかった。
「うまっ……」
「ここね、美味しい食べ歩きスポット調べてて出てたところだから」
今日は羽岡くんと食べ歩き巡りだね、と山原は楽しそうに笑った。それを少しみて口を開く。
「……仲良いやつとがよかったんじゃないか?」
それ用に調べていたのだろうし。
「うん? 別によくない? 美味しいものの前じゃ誰かはこだわらないよ。今日仲良くなればいいし」
「おまえコミュ強だな」
「そう?」
俺とろくに話したことないのに気負った雰囲気もない。いつもと変わらない気がする。いつもの賑やかで楽しそうな山原。
……なんでろくに話したことないのに“いつも”なんて言ってんだ俺は。
ふとした疑問を抱えながらも山原の「次はちっちゃいクレープ食べよ!」という言葉に足を動かした。
山原はよく笑ったしよく食べた。男の俺と同じくらいぺろりと食べていた。まあ食べ歩きサイズだからだと思うが。途中途中で挟まるなんてない話。学校の話や家族の話や友達の話。話が尽きることなく山原は楽しそうに話す。つられてこちらも笑ってしまうのでやっぱりこいつはコミュ強だなと思った。あのね、と始まるとこっちも耳を寄せてしまう。声を聞いてしまう。聞きたいと思ってしまう。不思議と居心地がよかった。
そして集合時間になり、バスの元へ戻ると迅ともうひとりの女子が待っていた。
「はぐれたなーばかたれ!」
「はぐれたもんはしゃーない」
「食べ歩き満喫しましたって顔してんのよ!」
「おいしかったです」
ギャーギャー騒ぐ二人の横で迅と話す。
「……食べ歩きしかしてないぞ俺達」
「いいよ。その分おれらがまとめたし」
「悪い……」
「ナマエと一緒なら仕方ないって」
「いや、俺も楽しんでたから」
自然とそう口にして固まる。いや、楽しかったのは別にいいだろ。すぐにその考えに至ったがなんとなく居心地が悪い。ちらりと山原に目を向ける。ちょうど山原と目が合った。山原は指を立ててシィーといたずらっ子のように笑った。その瞬間ドクンと胸が鳴る。顔に熱がこもる。口を押さえてああ……と思った。
いつからだ。やけに山原の声が耳に届くと感じたときからか。いつも楽しそうにしているのを見ていたときからか。……全部な気がして身体の熱が上がった気がした。
「山は、」
「羽岡」
山原に声をかけようとして迅に遮られる。迅の方を見ると片眉を下げた何とも言えない表情をしていた。
「ナマエは恋愛の情緒とか分からないからすぐに告白とかは止めた方がいいと思うよ」
「!??」
何で知ってんだよ! 俺も今気づいたのに! と声にならずに心で叫ぶ。だけど迅は山原と仲がいい。そう思い至って小声で話しかける。
「……どんな男がタイプとか知ってる?」
「うーんそんな話したことないけど、惚れるタイプなら分かるよ」
不思議な物言いに疑問がわいたが惚れるタイプという言葉に惹かれて続きを聞く体勢に入る。迅はそんな俺に苦笑しながら少し遠くを見て口を開いた。
「ナマエの過去も今も未来もひっくるめて懐に入れて受けとめるやつ」
「……誰でも惚れそうだが?」
「まあモテるよね、そんな男」
「……まずは仲良くなるところから始めるわ」
「そうだね」
迅にお礼を言おうとしたが、なんだか歯切れの悪そうな顔をしてたので「体調でも悪いのか」と聞くと力のない表情で首を横に振られた。説得力ねえな。そう思っていると「迅様」と背後から声がして内心びくりとする。振り返ると神妙な顔をした山原がいた。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いいよ。分かってたし」
「だよねー。ほら、迅には謝らないでいいって言ったじゃん」
「けじめだばかたれ!」
女子に頭を叩かれる山原はふてくされたような顔をしていて、それが急に可愛く見えるのだから恋は厄介だと思った。
それからは山原と話す回数を増やした。山原も俺に気を使わなくなったのか呼び捨てで呼ぶようになった。迅や嵐山や柿崎や生駒のように下の名前で呼ぶことは出来なかったけど、顔を合わせれば普通に話すし、グループで、だったが遊びに行ったりもした。進学先も同じだったからこの調子で距離を縮めようと思っていた。迅の言うとおり恋愛の情緒は皆無のようだったので。「山原と一緒にいると楽しいよ」と言った俺に対して返ってきたのは「照れるやんけー兄貴ー」だった。はじめてお前から兄貴なんて言われたぞと思った。
大学に進学すると同じ教科をとれて飯にも二人で行く機会もあった。山原はボーダー隊員なのでシフトの関係で授業に出られないことも多くてノートやレジュメなど頼られることもあって接点は消えなかった。
一年の長い春休み。そろそろ二人でどこかに出かけてもいいんじゃないかと思っていたときだった。街中で山原を見かけた。背の高い男と一緒にいるところを。その時点で嫌な予感はしていた。
「……山原?」
「あ、羽岡だ。なんか久しぶり」
「大学の春休みって長いからな」
そんなことを話しつつ隣の男に目をやる。イケメン。男前。女が好きそうな顔。つまりとんでもなく顔が整っている。男に視線をやっていたのに気づいたのか山原が口を開く。
「こっちは同じボーダー隊員の烏丸。後輩」
「後輩、だけじゃないでしょ」
「!!」
烏丸くんは山原の空いていた手をぎゅっと握りしめた。山原は固まり、頬を赤く染めて烏丸くんを見上げた。
「友達の前ですけども!?」
「はじめまして烏丸です。先日から付き合いはじめました。よろしくお願いします羽岡さん」
「無視ですか!?」
よろしくお願いします、か。あっちもすぐに分かったらしい。目ざとい奴だと苦笑する。苦笑するしかなかった。……そこそこ長かったんだけどな。俺の気持ち。
「烏丸くんはいつから山原のこと好きだったんだ?」
「惚れたのは12のときです」
「!? 初めて聞きましたが」
「初めて言いました」
「ていうか12? そんなに早かったっけ? ボーダー入るの」
「まあいろいろあったんで」
「これ言う気がないやつだ」
テンポのいい会話に落ち込む。失恋したのだとまじまじと見せられているかのようで。でも12か。烏丸くんが年下なのは分かる。それでも長いこと片思いしていたことになる。それがほんの少し慰めになった。唐突に現れたトンビにとられたわけじゃないと分かったからかもしれない。
「山原はどんなとこに惚れたんだ?」
「恥ずかしいこと聞きますね」
「後生だから教えてくれ」
「そこまで言うの!?」
目を見開いている山原に頷くと手をぺいっと剥がしてこっちに来る。耳貸してとポーズと言葉で言われる。……こういうところが可愛いんだよな。まだ消えそうにない想いを胸に抱えながら耳を傾ける。
「……私の過去も今も未来も大事にしてくれるところ」
『ナマエの過去も今も未来もひっくるめて懐に入れて受けとめるやつ』
迅の言葉が頭に浮かんだ。
「迅のやろう」
「えっ迅? なんで迅」
「ちょっとあいつぶん殴る用事できたわ」
「あいつなにしたの」
「トンビがいること教えなかったこと」
「トンビ? 鳥? なんで鳥?」
トンビというか烏か。そう思いつつ疑問符を浮かべる山原の頭をぽんぽんと叩く。烏丸くんからは痛い視線をもらったが、最後だから許してほしい。
「山原」
「うん?」
「幸せになってな」
「……うん、ありがとう」
照れくさそうに笑う顔は初めてみるもので。烏丸くんがいるから出る表情でもやっぱり可愛く感じてしまって、俺もどうしようもないやつだと嘆息した。
この数分後、分かっていたかのように現れた迅の背中をとりあえず無言で殴り、迅は理由も聞かずに苦笑して「ぼんち揚げ食う?」と菓子を俺に差し出した。