番外編
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本編から数年後
「ただいま……」
酷く疲れた様子で帰ってきたナマエは酒の匂いを漂わせていた。普段はあまり履かないストラップ付きのパンプスをのろのろと外しているナマエに「おかえり」と短く返してバックを取る。ありがとう、と軽く顔を上げて言ったナマエの顔は疲労の色が目立つが、化粧は華やかで髪も綺麗に纏められている。シフォン生地のネイビーのドレスを身にまとったナマエを上から下まで見た烏丸は満足げにうん、と頷いた。
今日はナマエの友人の結婚式だった。朝早くからバタバタして出て行ったのを見送って現在夜の九時。ナマエが出て行く際にかけた「駅まで迎えに行く」という言葉はやはり聞こえていなかったらしい。まあちゃんと帰ってきたのでよかったが。二次会まで参加すると言っていたので酒を飲まないわけがない。赤らんだ頬を軽く撫でると目元を緩ませて機嫌良さそうにすり寄ってきた。ああ、少し酔ってるな。
「結婚式はどうだったんだ?」
「孤独死の心配された」
どういうことだ。結婚式に行ったのではないのか。一瞬にして真顔になった烏丸だが「危うく三次会まで引っ張られそうになった」とまったりとした口調でナマエが話すためにタイミングを逃してしまった。
「別に行ってもよかったんだぞ」
「……さすがにこれ以上京介ほっぽいて飲み食いしないよ」
次は拗ねたような口調になったナマエに頬を緩ませつつ「気にしないでいいって言っただろ」と返す。それに対してナマエは眉と口許をぐっと下げて烏丸の首に腕を回し、小さく「ごめん」と呟いた。いつになく弱々しい響きにああ、やっぱり酔ってるな、とナマエの背中をぽんぽん叩いた。
今日は5月9日。烏丸の誕生日だった。結婚式の招待状が送られて来た日、ちょうどそのときに烏丸も一緒にいた。郵便物を見て顔を綻ばせていたと思ったら険しい顔になったナマエ。「ジューンブライドしとけよ」そう苦々しく言うナマエの手元を見るとそこには結婚式の招待状があった。5月9日と書かれてあった招待状と烏丸を困った様子で見比べるナマエに行ってこいと笑みを浮かべながら返した烏丸。一生に一度の友人の晴れ舞台なのだから、と。
そのときもごめんと謝られたが烏丸は特に気にしていなかった。高校時代に仲良くしていた友人の結婚式なのだから自分の誕生日より優先するのは当然だ。少しでも躊躇してくれたその姿だけで胸が温かかった。それに前日に祝ってくれて一番におめでとうを貰っただけで烏丸は満足だった。
気にするなと再び返してそのまま抱き上げる。ドレスに皺がつくな、と少し考えたがどうせクリーニングに出すからいいかと早くも考えるのを止めてベッドに座り、足の間にナマエを置いた。肩口に顔を寄せると僅かにドレスからタバコの匂いがした。匂いが移ったのだろう。
「……誕生日の件は別に気にしてないが二次会行くって聞いて少し不安にはなった」
「……なんで?」
「二次会でくっ付く男女多いって」
「孤独死の心配された私にそれを言うのか……」
孤独死はそこに繋がるらしい。とりあえず烏丸の不安は杞憂に終わった。というか何故華やかな日に孤独死の話をしているんだ。烏丸がそう訊ねるとナマエは不服そうに口を尖らせながら話し出した。
「花嫁と新郎とゴン太とその他多数に囲まれて『若いうちに相手見つけておけ、手遅れになるぞ』って言われた。大きなお世話だっての」
しかも主役の2人に言われたのか。そしてそこに紛れている高校時代の教師。簡単に想像がつくのはその教師が烏丸の担任でもあった人物だったからか。入学時に「おまえ……ボーダー隊員か……」と警戒されたのは記憶に深く残っている。警戒していた理由を聞くと「去年山原と迅と嵐山と柿崎ってボーダー隊員がいてな。柿崎は全然手がかからなかったが他がな。特に山原。殆ど山原」と真顔で言われた。更に聞けば三年間担任だったという。それは警戒したくもなる。「おまえらいい子だなぁ……山原の後輩なのにいい子だなぁ……」としみじみ言われたときに心からそう思った。
それでも友人と元担任に久しぶりに会えて嬉しかったらしく「卒業しても何年も経つのにみんな変わらなかったわ。少しは変われよ」と楽しそうなナマエ。
「付き合っている相手がいるって言わなかったのか?」
「言ったら二次会で帰れなかったよ」
質問責めにされる……と苦い顔をするナマエは少し面白くなかったが自分のために早く帰って来てくれたのだと思うとその不満も消えた。……まあ男がいると周りに話してくれた方が余計な心配をしなくてすむとは思う。こんな事を言ったら「いや、京介みたいな特殊性癖はなかなかいないから」と呆れた顔をされてしまうので口には出さないが。それにしてももっと他に言いようはなかったのか。
「化粧落とすから腕どけて」
そして酔いはもう冷めたらしい。ナマエは酔うのは早いが引くのも早い。酔っているときの猫のようにすり寄ってくる姿は気に入っているので少し残念だ。そう思いつつ回していた手を離す。ベッドから降りたナマエはローテーブル下に収納している化粧品入れからメイク落としを取り出した。コットンを瞼、頬、おでこと当てていく。瞼から一度離したコットンに睫毛の形の黒いものが見えたときは思わず「すごいな……化粧は」と声を出した。先ほど顔を合わせたときも思ったが睫毛がいつもよりもバサバサしていた。あんなものを付けて重くはないのか。そう訊ねるとナマエはコットンを頬に置いたままくいっと顔を上げて、ベッドに座る烏丸を見上げた。ぱちぱちと二回瞬きをしながら。
「京介ってモテるけど化粧とかそういうの詳しくないよね」
「男で詳しいやつなんかいないだろ」
「犬飼とかは聞いてもないのに言ってくるけど。メイク変えましたー? とか」
確かにあの人は言いそうだ。鮮明にその台詞が頭の中を流れた。「駄目だよ烏丸くん。彼女の変化には気づいてあげなくちゃ」ああ、幻聴まで聞こえた。不快だ。
少しムッとなりながらベッドから降りた。ナマエのすぐ後ろへ行き肩にアゴを置く。頬に当たる髪がワックスで纏めているせいか少し固くて、化粧はともかく髪の毛はいつもの柔らかいものが好きだな、と思った。
「仕方ないだろ。家族以外で化粧を落としてる姿を見るのはナマエくらいなんだ」
そもそも家族のそういった姿もまじまじとは見ない。妹なんかは化粧している姿も見せたがらない。そして何より、
「初めて付き合った相手がナマエなんだから詳しいわけがない」
女性経験なんて皆無だったのだ。ナマエと付き合うまでは。そもそも自分は片思いの時間が長かった。どこで知ればいいというのだ。
耳元で恨みつらみを言う。犬飼の名前を出されたからでは決してない。そう心の内でボヤいていると頭をぽんぽんと軽く叩かれる。顔を上げると身体を反転させて向き合う形となった。ナマエは口をもごもごさせて何か言いたげだった。
「? どうした」
「なんか……もう、やめて」
「何が」
「心臓がかゆい」
は? と烏丸が返す前に腕を背中に回される。もともと近い距離にいたがそれが更に縮まった。
「このイケメン無自覚に口説いてくる……」
「ナマエ? どうした、」
「なんでもないわい!」
そう言ってぎゅっと力を込めてくるナマエに疑問符を飛ばす烏丸。まだ酔ってるのか……? と思いつつナマエの背に腕を回した。
「ただいま……」
酷く疲れた様子で帰ってきたナマエは酒の匂いを漂わせていた。普段はあまり履かないストラップ付きのパンプスをのろのろと外しているナマエに「おかえり」と短く返してバックを取る。ありがとう、と軽く顔を上げて言ったナマエの顔は疲労の色が目立つが、化粧は華やかで髪も綺麗に纏められている。シフォン生地のネイビーのドレスを身にまとったナマエを上から下まで見た烏丸は満足げにうん、と頷いた。
今日はナマエの友人の結婚式だった。朝早くからバタバタして出て行ったのを見送って現在夜の九時。ナマエが出て行く際にかけた「駅まで迎えに行く」という言葉はやはり聞こえていなかったらしい。まあちゃんと帰ってきたのでよかったが。二次会まで参加すると言っていたので酒を飲まないわけがない。赤らんだ頬を軽く撫でると目元を緩ませて機嫌良さそうにすり寄ってきた。ああ、少し酔ってるな。
「結婚式はどうだったんだ?」
「孤独死の心配された」
どういうことだ。結婚式に行ったのではないのか。一瞬にして真顔になった烏丸だが「危うく三次会まで引っ張られそうになった」とまったりとした口調でナマエが話すためにタイミングを逃してしまった。
「別に行ってもよかったんだぞ」
「……さすがにこれ以上京介ほっぽいて飲み食いしないよ」
次は拗ねたような口調になったナマエに頬を緩ませつつ「気にしないでいいって言っただろ」と返す。それに対してナマエは眉と口許をぐっと下げて烏丸の首に腕を回し、小さく「ごめん」と呟いた。いつになく弱々しい響きにああ、やっぱり酔ってるな、とナマエの背中をぽんぽん叩いた。
今日は5月9日。烏丸の誕生日だった。結婚式の招待状が送られて来た日、ちょうどそのときに烏丸も一緒にいた。郵便物を見て顔を綻ばせていたと思ったら険しい顔になったナマエ。「ジューンブライドしとけよ」そう苦々しく言うナマエの手元を見るとそこには結婚式の招待状があった。5月9日と書かれてあった招待状と烏丸を困った様子で見比べるナマエに行ってこいと笑みを浮かべながら返した烏丸。一生に一度の友人の晴れ舞台なのだから、と。
そのときもごめんと謝られたが烏丸は特に気にしていなかった。高校時代に仲良くしていた友人の結婚式なのだから自分の誕生日より優先するのは当然だ。少しでも躊躇してくれたその姿だけで胸が温かかった。それに前日に祝ってくれて一番におめでとうを貰っただけで烏丸は満足だった。
気にするなと再び返してそのまま抱き上げる。ドレスに皺がつくな、と少し考えたがどうせクリーニングに出すからいいかと早くも考えるのを止めてベッドに座り、足の間にナマエを置いた。肩口に顔を寄せると僅かにドレスからタバコの匂いがした。匂いが移ったのだろう。
「……誕生日の件は別に気にしてないが二次会行くって聞いて少し不安にはなった」
「……なんで?」
「二次会でくっ付く男女多いって」
「孤独死の心配された私にそれを言うのか……」
孤独死はそこに繋がるらしい。とりあえず烏丸の不安は杞憂に終わった。というか何故華やかな日に孤独死の話をしているんだ。烏丸がそう訊ねるとナマエは不服そうに口を尖らせながら話し出した。
「花嫁と新郎とゴン太とその他多数に囲まれて『若いうちに相手見つけておけ、手遅れになるぞ』って言われた。大きなお世話だっての」
しかも主役の2人に言われたのか。そしてそこに紛れている高校時代の教師。簡単に想像がつくのはその教師が烏丸の担任でもあった人物だったからか。入学時に「おまえ……ボーダー隊員か……」と警戒されたのは記憶に深く残っている。警戒していた理由を聞くと「去年山原と迅と嵐山と柿崎ってボーダー隊員がいてな。柿崎は全然手がかからなかったが他がな。特に山原。殆ど山原」と真顔で言われた。更に聞けば三年間担任だったという。それは警戒したくもなる。「おまえらいい子だなぁ……山原の後輩なのにいい子だなぁ……」としみじみ言われたときに心からそう思った。
それでも友人と元担任に久しぶりに会えて嬉しかったらしく「卒業しても何年も経つのにみんな変わらなかったわ。少しは変われよ」と楽しそうなナマエ。
「付き合っている相手がいるって言わなかったのか?」
「言ったら二次会で帰れなかったよ」
質問責めにされる……と苦い顔をするナマエは少し面白くなかったが自分のために早く帰って来てくれたのだと思うとその不満も消えた。……まあ男がいると周りに話してくれた方が余計な心配をしなくてすむとは思う。こんな事を言ったら「いや、京介みたいな特殊性癖はなかなかいないから」と呆れた顔をされてしまうので口には出さないが。それにしてももっと他に言いようはなかったのか。
「化粧落とすから腕どけて」
そして酔いはもう冷めたらしい。ナマエは酔うのは早いが引くのも早い。酔っているときの猫のようにすり寄ってくる姿は気に入っているので少し残念だ。そう思いつつ回していた手を離す。ベッドから降りたナマエはローテーブル下に収納している化粧品入れからメイク落としを取り出した。コットンを瞼、頬、おでこと当てていく。瞼から一度離したコットンに睫毛の形の黒いものが見えたときは思わず「すごいな……化粧は」と声を出した。先ほど顔を合わせたときも思ったが睫毛がいつもよりもバサバサしていた。あんなものを付けて重くはないのか。そう訊ねるとナマエはコットンを頬に置いたままくいっと顔を上げて、ベッドに座る烏丸を見上げた。ぱちぱちと二回瞬きをしながら。
「京介ってモテるけど化粧とかそういうの詳しくないよね」
「男で詳しいやつなんかいないだろ」
「犬飼とかは聞いてもないのに言ってくるけど。メイク変えましたー? とか」
確かにあの人は言いそうだ。鮮明にその台詞が頭の中を流れた。「駄目だよ烏丸くん。彼女の変化には気づいてあげなくちゃ」ああ、幻聴まで聞こえた。不快だ。
少しムッとなりながらベッドから降りた。ナマエのすぐ後ろへ行き肩にアゴを置く。頬に当たる髪がワックスで纏めているせいか少し固くて、化粧はともかく髪の毛はいつもの柔らかいものが好きだな、と思った。
「仕方ないだろ。家族以外で化粧を落としてる姿を見るのはナマエくらいなんだ」
そもそも家族のそういった姿もまじまじとは見ない。妹なんかは化粧している姿も見せたがらない。そして何より、
「初めて付き合った相手がナマエなんだから詳しいわけがない」
女性経験なんて皆無だったのだ。ナマエと付き合うまでは。そもそも自分は片思いの時間が長かった。どこで知ればいいというのだ。
耳元で恨みつらみを言う。犬飼の名前を出されたからでは決してない。そう心の内でボヤいていると頭をぽんぽんと軽く叩かれる。顔を上げると身体を反転させて向き合う形となった。ナマエは口をもごもごさせて何か言いたげだった。
「? どうした」
「なんか……もう、やめて」
「何が」
「心臓がかゆい」
は? と烏丸が返す前に腕を背中に回される。もともと近い距離にいたがそれが更に縮まった。
「このイケメン無自覚に口説いてくる……」
「ナマエ? どうした、」
「なんでもないわい!」
そう言ってぎゅっと力を込めてくるナマエに疑問符を飛ばす烏丸。まだ酔ってるのか……? と思いつつナマエの背に腕を回した。