本編
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「京介、結婚しよっか」
烏丸は持っていたリモコンを落とした。ローテーブルに当たり、更にカーペットの敷いていないフローリングに落ちたものだからガシャンガシャンと二回音が鳴った。それに対して「何やってんの、もうチャンネルかわった」とナマエは烏丸の胡座をかいた太ももに手をつき、身体を伸ばして落ちたリモコンを拾う。その際にまだ乾いていない髪から同じシャンプーの匂いがした。
「………」
今この人は何て言った。結婚?
…………聞き間違えだろう。だってカッポっと音を鳴らしてビールを開け、お笑いチャンネルにぽちぽちかえる姿はいつもの光景だ。どうあがいても結婚なんて言葉が出る雰囲気ではない。………決闘か? ああ、それなら十分ありえる。もう二十代の折り返しに来たのだからそろそろ落ち着いてはくれないものか。そう思いつつ烏丸は腰を上げて背もたれにしていたベッドに座る。ドライヤーを引っ張り出してナマエの髪に柔らかい熱風を当てた。
「オムライスの卵をキレイに巻けなかったのまだ怒っているのか」
「何で今その話になった」
夕飯のときの事を言っているのではないらしい。では月末のボーダーの呑み会にうっかり誘うのを忘れていたことか。「なんで! 一人だけ! なんで! 誘われてないの! そういうの一番駄目だと思う!!」と大分怒っていたからな。どうせ誰かに誘われただろうと思っていたら「京介が伝えたかと思ってた」と殆どの人間からそう返ってきた。満場一致でこの件は烏丸の責任となった。ボーダーには身勝手な人間が多すぎると思う。この人を含めて。「私抜きで呑み会なんて行かせるかぁ……子泣き爺になってでも止める……あれ、私女だから子泣き婆……? どうでもよかった……とりあえずさびしいひとりのけ者やめて」と文字通り背中に張り付かれたのは記憶に新しい。だだをこねる姿に愛おしく思えばいいのか笑えばいいのか分からなかった。多分笑った。結果として一人分の空きが出たのでナマエも参加出来ることになったのだが。……ああ、ではこの件じゃないのか。
じゃあどれだ? と烏丸がドライヤーをかけながら首を捻っているとぶん! と勢いよくナマエが振り返った。ドライヤーをかけてもらっていたにも関わらず、顔をこちらに向けるものだから熱風がナマエの顔に直撃した。ぬぶっという間抜けな声と不意をつかれたような間抜けな顔に、あ……今の顔けっこう好きだなと場違いに思いつつドライヤーのスイッチを切った。今度不意打ちでやってみようと心の中で目論みながら。
「どうした?」
「いや……どうしたって言いますか……」
「? ビールはまだ冷えてるのあったぞ」
「…………」
するとナマエは烏丸の両膝に手を置き、膝立ちになって顔を近づけた。ムッとした表情で。ああこの顔も好きなんだよな、と思いつつそのまま軽く口を重ねるとすかさず太ももに手刀が落ちた。
「キスじゃない!」
「知ってる。俺がしたかっただけだ」
「あがっ、………そ、そうですか……」
最初の勢いがなくなったナマエに喉を鳴らしながら腰を持って抱き上げた。体制を枕側に替えてそのまま寝転がる。ひとりで起き上がろうとしたので片足を軽く回して阻止する。頬に手をやり額に唇を当てると「うう……」と唸りながら力を抜いてナマエは烏丸に身を任せた。それに頬を緩ませつつ烏丸は口を開いた。
「今日は諦めるの早いな」
「………出鼻くじかれたからな」
ヘッとふてくされたように烏丸に体重をかけるナマエ。胸当ててるだけだぞと口に出さずに忠告し、ナマエの髪を触りながら言葉の意味を考える。出鼻くじかれた。どういうことだ?
『京介、結婚しよっか』
「……………」
聞き間違えじゃ、ない?
途端にガバッと体制を起こした烏丸に「ぬわっ」と間抜けな声を再び上げたナマエ。肩を押し、少し距離を取って向き合った。
「………ナマエ、」
「はい」
「…………………結婚しようって言ったか?」
「言いましたけどなにか」
開き直ったような口調のナマエに何とも言えない感情が渦巻く烏丸。頭の中で色んなモノが飛び交い、数秒間を空けて出た言葉がこれだった。
「子ども、できたのか?」
恋人同士になってするようになった行為。もちろん避妊はした。でも避妊に百パーセントはない。もしかして……と少し緊張しつつナマエの顔を覗き込む。
「え、できてないけど」
「……………」
何言ってんのという顔をするナマエにやっぱり振り回される運命なのか……と自分の運命に嘆きつつ「じゃあ何で」と少し力なく質問する。期待して何が悪いと心の中で一人で言い訳した。
「今日さ、京介の方が早く家に来たじゃん」
「ああ」
「布団取り込んでくれたじゃん」
「…………それだけか?」
「あっ洗濯物も」
「違うそうじゃない。あと下着干すならタオルか何かで外から隠してくれ」
「ごめん、朝バタバタしてた。………それで、なんかいいなあって思った」
家帰ったら京介いるの。
そう言って照れたように笑うナマエに烏丸は何故か泣きそうになった。いや、理由はわかっていた。しかしどう考えても情けない理由だったのでナマエを無理やり腕の中に押し込み、自分の顔を見えないようにした。だって情けない。男が幸せすぎて泣きそうになるなんて。
「…………それ、男が言う台詞じゃないすか」
「あ、口調戻った」
「うるさい。………結婚、興味ないかと思っていた」
「うーん……家庭とかあんまり縁なかったしねぇ」
でも京介となら大丈夫そう。家族想いだし、と何とも無責任な言葉を吐くナマエに喉が引きつりそうになるのを必死に抑える。しかしナマエにはバレていたのか宥めるように背中に手を回された。それにぎゅっと力を込めて返すと「いたいよ」と笑いながら苦情が返ってくる。
「…………っ」
ああ、本当に情けない。女からプロポーズさせておいて、その言葉すら返せないなんて。そして知らなかった。心が満たされているとき、声が出せなくなるなんて。
「………指輪、」
「んー?」
「どんなのがいい」
「何でもいいよ。なくてもいいし」
「……頼むからそこだけは格好つけさせてくれ」
情けなさすぎて死にそうだ……と漏らすと「いなくなったら困るから死ぬな」と何とも男らしい台詞が返ってきて、これは確実に尻に敷かれるな……と烏丸は近い未来を想像した。
烏丸は持っていたリモコンを落とした。ローテーブルに当たり、更にカーペットの敷いていないフローリングに落ちたものだからガシャンガシャンと二回音が鳴った。それに対して「何やってんの、もうチャンネルかわった」とナマエは烏丸の胡座をかいた太ももに手をつき、身体を伸ばして落ちたリモコンを拾う。その際にまだ乾いていない髪から同じシャンプーの匂いがした。
「………」
今この人は何て言った。結婚?
…………聞き間違えだろう。だってカッポっと音を鳴らしてビールを開け、お笑いチャンネルにぽちぽちかえる姿はいつもの光景だ。どうあがいても結婚なんて言葉が出る雰囲気ではない。………決闘か? ああ、それなら十分ありえる。もう二十代の折り返しに来たのだからそろそろ落ち着いてはくれないものか。そう思いつつ烏丸は腰を上げて背もたれにしていたベッドに座る。ドライヤーを引っ張り出してナマエの髪に柔らかい熱風を当てた。
「オムライスの卵をキレイに巻けなかったのまだ怒っているのか」
「何で今その話になった」
夕飯のときの事を言っているのではないらしい。では月末のボーダーの呑み会にうっかり誘うのを忘れていたことか。「なんで! 一人だけ! なんで! 誘われてないの! そういうの一番駄目だと思う!!」と大分怒っていたからな。どうせ誰かに誘われただろうと思っていたら「京介が伝えたかと思ってた」と殆どの人間からそう返ってきた。満場一致でこの件は烏丸の責任となった。ボーダーには身勝手な人間が多すぎると思う。この人を含めて。「私抜きで呑み会なんて行かせるかぁ……子泣き爺になってでも止める……あれ、私女だから子泣き婆……? どうでもよかった……とりあえずさびしいひとりのけ者やめて」と文字通り背中に張り付かれたのは記憶に新しい。だだをこねる姿に愛おしく思えばいいのか笑えばいいのか分からなかった。多分笑った。結果として一人分の空きが出たのでナマエも参加出来ることになったのだが。……ああ、ではこの件じゃないのか。
じゃあどれだ? と烏丸がドライヤーをかけながら首を捻っているとぶん! と勢いよくナマエが振り返った。ドライヤーをかけてもらっていたにも関わらず、顔をこちらに向けるものだから熱風がナマエの顔に直撃した。ぬぶっという間抜けな声と不意をつかれたような間抜けな顔に、あ……今の顔けっこう好きだなと場違いに思いつつドライヤーのスイッチを切った。今度不意打ちでやってみようと心の中で目論みながら。
「どうした?」
「いや……どうしたって言いますか……」
「? ビールはまだ冷えてるのあったぞ」
「…………」
するとナマエは烏丸の両膝に手を置き、膝立ちになって顔を近づけた。ムッとした表情で。ああこの顔も好きなんだよな、と思いつつそのまま軽く口を重ねるとすかさず太ももに手刀が落ちた。
「キスじゃない!」
「知ってる。俺がしたかっただけだ」
「あがっ、………そ、そうですか……」
最初の勢いがなくなったナマエに喉を鳴らしながら腰を持って抱き上げた。体制を枕側に替えてそのまま寝転がる。ひとりで起き上がろうとしたので片足を軽く回して阻止する。頬に手をやり額に唇を当てると「うう……」と唸りながら力を抜いてナマエは烏丸に身を任せた。それに頬を緩ませつつ烏丸は口を開いた。
「今日は諦めるの早いな」
「………出鼻くじかれたからな」
ヘッとふてくされたように烏丸に体重をかけるナマエ。胸当ててるだけだぞと口に出さずに忠告し、ナマエの髪を触りながら言葉の意味を考える。出鼻くじかれた。どういうことだ?
『京介、結婚しよっか』
「……………」
聞き間違えじゃ、ない?
途端にガバッと体制を起こした烏丸に「ぬわっ」と間抜けな声を再び上げたナマエ。肩を押し、少し距離を取って向き合った。
「………ナマエ、」
「はい」
「…………………結婚しようって言ったか?」
「言いましたけどなにか」
開き直ったような口調のナマエに何とも言えない感情が渦巻く烏丸。頭の中で色んなモノが飛び交い、数秒間を空けて出た言葉がこれだった。
「子ども、できたのか?」
恋人同士になってするようになった行為。もちろん避妊はした。でも避妊に百パーセントはない。もしかして……と少し緊張しつつナマエの顔を覗き込む。
「え、できてないけど」
「……………」
何言ってんのという顔をするナマエにやっぱり振り回される運命なのか……と自分の運命に嘆きつつ「じゃあ何で」と少し力なく質問する。期待して何が悪いと心の中で一人で言い訳した。
「今日さ、京介の方が早く家に来たじゃん」
「ああ」
「布団取り込んでくれたじゃん」
「…………それだけか?」
「あっ洗濯物も」
「違うそうじゃない。あと下着干すならタオルか何かで外から隠してくれ」
「ごめん、朝バタバタしてた。………それで、なんかいいなあって思った」
家帰ったら京介いるの。
そう言って照れたように笑うナマエに烏丸は何故か泣きそうになった。いや、理由はわかっていた。しかしどう考えても情けない理由だったのでナマエを無理やり腕の中に押し込み、自分の顔を見えないようにした。だって情けない。男が幸せすぎて泣きそうになるなんて。
「…………それ、男が言う台詞じゃないすか」
「あ、口調戻った」
「うるさい。………結婚、興味ないかと思っていた」
「うーん……家庭とかあんまり縁なかったしねぇ」
でも京介となら大丈夫そう。家族想いだし、と何とも無責任な言葉を吐くナマエに喉が引きつりそうになるのを必死に抑える。しかしナマエにはバレていたのか宥めるように背中に手を回された。それにぎゅっと力を込めて返すと「いたいよ」と笑いながら苦情が返ってくる。
「…………っ」
ああ、本当に情けない。女からプロポーズさせておいて、その言葉すら返せないなんて。そして知らなかった。心が満たされているとき、声が出せなくなるなんて。
「………指輪、」
「んー?」
「どんなのがいい」
「何でもいいよ。なくてもいいし」
「……頼むからそこだけは格好つけさせてくれ」
情けなさすぎて死にそうだ……と漏らすと「いなくなったら困るから死ぬな」と何とも男らしい台詞が返ってきて、これは確実に尻に敷かれるな……と烏丸は近い未来を想像した。