本編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ウイーン
そんな音が鳴って隊室の扉が開いたことが分かった。視線をやるとそこにいたのは烏丸だった。珍しい。率直な意見だった。もともと本部所属だったが支部に異動してからはレアな存在だ。しかも二宮隊に用事とは何なのだろうか。氷見がいなくてよかったような悪かったような。辻は席を立って烏丸の元に行く。
「どうしたの烏丸くん。珍しいね」
「いえ、俺ではなくこっちの人が」
「こっちの人?」
烏丸が身体をズラしたその先。そこにいたのはナマエだった。途端に身体が硬直した。だって不意打ちだったから。
「や、山原先輩っ」
「ナマエさんじゃんお疲れさまー」
「辻、急にごめん。犬飼お疲れ様どっかいけ」
「本当に辛辣」
けらけら笑う犬飼にその余裕を分けてもらいたいと思う。顔が火照って身体が強張る。辻に気を使ったのか烏丸が体勢を戻した。助かる。しかしナマエも烏丸に隠れるように身体を縮めているのは何故だろうか。いつもの自分への気づかいなら早く用事を済ませて去っていく先輩である。今はどこかまごまごした雰囲気があった。
「ナマエさん。ほら要件」
「待って、やっぱり思い立ったら吉日すぎるんだよ! 悪日の間違いだよ!」
「早めの方がいいでしょ。九日間話す機会がなくなるんですから」
「そうだけどさぁ!」
背中越しで話してる二人に烏丸くん、なれてるんだなぁと内心感心していたら、隣の先輩が話に割り込んだ。
「なんか仲良くなってない? ふたり」
「そうですけど何か」
「ちょっと待って、本当のやつでしょその反応。何があったの?」
「察してください」
「えーまじで気になる」
なにが気になるんだろうか。疑問符を飛ばしているとナマエが烏丸の影からひょこりと顔を出した。それはもう渋い顔で。
「……二宮さんいますか」
「えっ」
「え、ケンカしに来たんですか?」
犬飼と同じことを思った。顔を合わせたらだいたいケンカしてる。ふたりの習性みたいなものだと辻は思っている。辻と犬飼の反応に唸りながら「違います」とナマエは言った。蚊の飛ぶような声だった。
「えっ本当にどうしたのナマエさん」
「うるさい色々あんの二宮さんどこ」
矢継ぎ早に話すナマエに「二宮さんは隊長会議いってるよ」と伝える犬飼。それを聞いたナマエは歯切れの悪い反応をした。いつもとは全く違っている。いつもなら二宮の話題を出したら舌打ちくらいしている。いや、そもそも進んで二宮の話題を出したりしない。体調でも悪いのか。心配になってきた。
「じゃあ会議室まで行きますよナマエさん。終わるの待ってましょう」
「ぐいぐい行きますね烏丸さん!?」
「行かないと始まらないでしょ」
「そうですけども! やっぱりやだ! 行かないからな!」
「柱にくっつかないでください。くっつくなら俺にして」
「おまえにくっついたら連れて行かれるでしょうが!」
えっ、なに今の。
くっつくくっつかないとか。山原先輩、論点そこですか。くっつくのは別にいいんですか。そこでやっとふたりの距離感が近いことに辻は気づいた。……あれ?
辻が気づいた違和感に犬飼が気づかないはずもなく。
「やっぱりなんかあったんだふたり」
「想像にお任せします」
「ポーカーフェイスはこういうとき役に立つなー」
「どうも」
「じゃあナマエさんに聞こ。ねえ烏丸くんと何かあった?」
「…………」
「こっちの方が分かりやすい」
「今はおまえの相手してる場合じゃないんだよ!」
「何を騒いでいる」
騒ぎを止めたのは二宮だった。たった今帰ってきたらしい。辻がお帰りなさいと言っている間にナマエは柱から離れて烏丸の後ろに隠れた。初めてみる反応に目を瞬く。二宮も同じ気持ちだったらしい。少し目を丸くしていた。いつもだったら言い合いが始まっているところだ。犬飼も驚いた顔をしている。
「ナマエさん」
ひとりだけ分かっていたかのようにナマエに呼びかける。ナマエはうう、とうなり声を出してまたしても烏丸の影から顔を出した。先ほどより顔は隠れていた。
「……………ニノさん」
「!」
「ツラかしやがってください」
「ナマエさん言い方」
「お顔を拝借」
「混ざってます。話がしたいそうです二宮さん」
「……別にいいが」
静かにそう返してこちらに視線を向けてくる二宮。頷いて隊室から犬飼と共に出て行く。
「…………今ナマエさん、ニノさんって言った」
「あっ」
本当だ。
閉まった扉を見るが当たり前だが中の様子は分からない。
「というか烏丸くんは残っていいの?」
「あ、確かに」
「なんかニコイチ感出てたけど何かあったなーアレ」
にやにやと何かを楽しむ先輩にため息をつく。そういうところがナマエに嫌がられているのに。
そう思いつつも隊室の様子が気になる辻だった。
***
「……………」
「……………」
「……………」
無言が続く。ナマエは烏丸の後ろに隠れてそわそわしてるし二宮は普段通りのクールな表情を崩さない。いや、ナマエの前では苛ついた様子を隠してなかった。今はそれがない、いつもの二宮だ。何かしら感じるものがあるのだろうか。
「ナマエさん」
再び促す。背中の服をギュッと握られる感触がする。顔を少しだして隠してまた出して。言いたいことが出てこないのだろう。数年間険悪な仲だったのだ。無理はない。仲介するかと口を開こうとしたときだった。
「ナマエ」
今のは烏丸の言葉ではなかった。
柔らかく感じるような声色で名を呼ぶ。一瞬誰か分からなかった。それほどまでにかけ離れていた。
「ナマエ、俺が言い過ぎた」
その声色のまま二宮は言葉を紡ぐ。烏丸がいることも関係なく優しく話しかける二宮は今まででは考えられなかった姿だった。
「……もう比較したりしない、から」
「ああ」
「死人って言わないで」
「もう言わない。すまなかった」
「……ごめんニノさん」
「ああ」
ゆっくりと烏丸の背から出てきたナマエは二宮の前に立つ。烏丸からはナマエの表情は見えなかったが二宮の表情はばっちりと見えた。柔らかく口角が上がったのだ。そしてぐしゃりとナマエの頭を撫でた。
ちょっと待て。
心の中でツッコんだ。距離近くないかと。先ほどまでの自分を棚に上げたがそれほどまでにふたりの距離は近い。というか、雰囲気が柔らかい。ふわふわしている。
「世話をかけたな、烏丸」
マウントかこれは。率直に思った。(俺の)ナマエが、と修飾語がついていなかったか。聞いていない。聞いていないぞ山原ナマエ。仲直りしたらそんなに距離が近くなるなんて。下の名前で呼ばれていたなんて。二宮が他人を名前で呼ぶなんて珍しいなんてものじゃない。三輪くらいじゃないか。
「ナマエさん」
「ん、なあに」
振り返ったナマエの顔はふにゃふにゃしていた。喜んでいる。この上なく。初めてみたぞそんな顔。可愛いが可愛くない。だってその表情をさせたのは烏丸ではない。とんだ伏兵がいた。犬飼や生駒なんて目じゃない。
「ナマエさん、好きです」
「な、んでこのタイミング」
ふにゃふにゃがなくなって照れかくしの斜め眉になった。よし。烏丸は満足した。
「俺とこれはそんな関係じゃない」
一瞬で牽制を理解して呆れたように言う二宮。でもあなた特別扱いされてるでしょ。だからこんなに喧嘩が長引いたんだ。心の中でそう返して足を進めておろおろするナマエを抱き込んだ。
「なんで抱きつくの……?」
「安心したいんで」
「???」
本当にわかってなさそうなナマエと付き合ってられんと言わんばかりにため息をついた二宮。仲直りはいいがそれ以上は駄目。自分勝手な烏丸だった。