MHA中心
Take this hand and your princess
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いくつかの照明が会場を照らす中で、しっとりと、濡れたような囁き声が静かに広がる
─────昔昔あるところに、それはそれは美しい心優しき少女がおりました
─────またあるところには、一族を従える強く若き長がおりました
その声と共に2つのライトが舞台を照らし出すと、部族の装飾を纏う爆豪とキトンの端を揺らし微笑む怜奈の姿があった
爆豪は怜奈に向かって優しげに微笑むと、傍らに生えていた花を1輪抜き取り彼女の絹のような髪に差し込んで見せる
それに対し怜奈は至極幸せそうにはにかむと、両手を椀の形に掬いほう、と息を吹きかければそれに喜ぶかのように花々が舞い踊る
─────これから始まるは、後に語り継がれることとなる愛の物語
それはまだ、遠い過去のこと
『怜奈!』
『なあに?』
『知ってるか?この花の意味!』
『お花…?ううん…けど、とっても綺麗』
『俺の村ではこの花は特別なんだぞ!』
『へえ、すごい!どんな意味があるの?』
『それは───』
温かくて、古い記憶
ふと浮上した意識に、ゆっくりと瞳を開き未だ眠気を纏う中で、身を寄せているうちにいつの間にか微睡んでしまっていた大樹を見上げる
「……私、今…………」
キラキラと、大木の木漏れ日を浴び淡く輝く体は暫くしてから柔らかな苔を撫でて、再びその身を任せるかのように寄りかからせた
その際に純白のプリンセス・ドレスの幾層にも重なったレースの裾がふわりと広がり、後ろで結ばれたリボンのフリルがゆっくりと零れ落ちて…大地に花を咲かせてみせる
見た者全てに悩まし気な溜息を吐き出させてしまう程の美しさを持った少女は、西側一の大きさを誇る村の長の一人娘であった
少女───怜奈が身を任せている大樹は東と西の中間地点に位置する樹齢300年以上の長寿の樹である
いつでも自身を励ましてくれるかのように存在する大樹に額を寄せると、なぜだか心は安らぎ…まるで母の中にいるかのような感覚をもたらすのだから不思議であった
「…ありがとう、いつも…秘密にしてくれて」
真珠のような指先が這わされたと同時に、彼女の反対側からひとつの影が姿を現す
「─────怜奈」
低く、それでいてどこか甘い響きを纏わせる声音に羽根のような肢体が舞い上がる
振り返れば数多の光を閉じ込めた糸が広がり虹を幾数にも反射させた
「、勝己くん」
光を具現化したかのような彼女が微笑めば、真紅のマントを翻した少年は同じ色の瞳を穏やかに歪ませた
「待たせて悪い」
「いいの、勝己くんを待っている時間…私はすごく好きだよ」
駆け寄る怜奈の頬を無骨な手のひらで覆うと、顔の半分以上を隠してしまうそれに一層嬉しそうな光を零す彼女は、その上から指先を重ねて古木に寄り添った時と同じ安堵を浮かべる
「長く待てば待つほど…会えた時に嬉しいと思えるから」
少年────勝己が来てくれると信じて疑わない瞳と言葉に、彼は静かに瞳を見開かせてから、次いであまりの愛おしさにその身を引き寄せて、毛皮を纏う首元に顔を埋めさせる
「……どんだけ時間がかかろうが、お前がどこにいようが…俺は絶対ェ怜奈の元に行く」
必ずだ
大地のように力強い言葉に、花が咲く
彼は怜奈の住む西の村と同じ程の勢力と大きさを誇る東の村に所属している
争いを好まず規律を重んじ、古くからの伝統を受け継ぎ神々を祀る祭事を多く行ってきた西
武力を第一とし、強き者がのし上がり村を統べ狩りや魔物の討伐を生活の生業としている者が多く在籍している東
そんな東西は昔から相性が良くなかった
穏やかで温厚な者が多い西と血気盛んで強者を好む東
真逆を絵に書いた様な二つの村はそれ故に何を行うにも意見ややり方が一致した試しはなく、いつしか関わり合うことをやめてしまったばかりか東と西の村の者が会うことさえも禁じられてしまった
「私が花と木の実を取るのに夢中になって迷子になっちゃったところを、森を散歩していた勝己くんが村の近くまで送ってくれたんだよね」
「森は俺の庭みたいなもんだからな、夜でも迷うことなんてねェ」
「ね!すごいなあ勝己くん…ふふ、ここで勝己くんに子分にしてやる!って言ってもらったね」
「おい、それは忘れろ」
「私にとっては大事な思い出だもの、忘れたりなんてしないよ」
「…………そうかよ」
斑な光が彼女の瞳をさらに輝かせて、自身を照らす光に見惚れるのはもう何度目だろうか
────いや、きっと…これから先、何度でも…
確信に近い予感が胸を打つのを感じながら、こちらに体を預ける怜奈の肩を引き寄せさらに距離を詰めてから自身を見上げさせた
ダイヤモンドに映る赤は、昔から心をざわつかせる
「勝己くん…?」
「…俺はもうすぐ長に決闘を申し込む」
「!」
「長になると決めた時から…上に上がる為に毎日欠かさず鍛錬して狩りや討伐で実践も積んだ。そして長に決闘を申し込める年齢も迎えて………ようやく、ここまで来た」
強き者が統べる村
それを信条とする東の村は長が強ければ強いほど統率力も上がり村を栄えさせることが出来る
それ故に、並の実力では長になるどころかただその実力にねじ伏せられるのみ
揺るがぬ赤い瞳の強さに、自分の光が差し込む様子に少しだけ瞳を細めて…頬を太い首筋に落ち着けると、少しだけ彼の身体が強ばった気がした
「首飾り…初めてあった時はぶかぶかだったのに、今ではぴったりになったね」
「…これで東の村の奴だってわかんのに、お前は逃げなかったな…」
「…だって、逃げる理由がなかったもの」
貴方はとっても優しかったから
「それは…今も変わらないよ」
「……怜奈…」
「村の長になるのは…昔からの、目標だったもんね」
いつもと少しも変わらず咲く花に、体から力が抜けていく
「…止めねえんか」
「あら、止めたってやめないくせに」
「……」
「ふふ、止める必要もないわ…だって、"勝己"くんだから」
その瞬間、風で木陰が揺れて───天から降り注がれる光が美しい少女を一層輝かせる
「私はただ、信じてるの…勝己くんの"強さ"を」
世界で最も愛しく尊い存在を、強く腕に抱く
それも全て受け止めてみせる彼女に、何度救われたのか…それももうわからない
「────怜奈、約束する」
だから、誓う
「俺が長になったら、東西の関係を変えてみせる」
「!」
「誰が決めたのかもわからねェ決まりごとのせいで、怜奈とこんな風にコソコソ会うだなんて俺はもう我慢ならねぇ」
「勝己くん…」
「全員にお前は俺のものだと証明する。だから…少しだけ、待ってろ」
寄り添う彼らを、大樹はただ見守った
木々を揺らしながら、祝福するかのように
「行ってきます」
数日後、木籠にサンドイッチと果実を詰めて軽い足取りで木枠を超える
すれ違う村の人達に挨拶を返しつつ少しだけ後ろを気にしながら、森へ出る細い路地をいくつか抜けて行き2人だけの秘密の場所が近づく度に、通り過ぎる景色の速さが上がっていく
『誰だっお前!』
『なかなか見込みがあるじゃねえか!俺の子分にしてやってもいいぞ!』
『またここに来いよ!わからねえなら俺が連れてきてやるっ』
『好きだ、怜奈』
あなたに貰った言葉は、私の
大切な────
「怜奈ッ!!来るな!!!」
聞いた事のない鋭い声音に驚くより先に、目の前の景色にその瞳が見開かれる
「─────勝己くん!!」
東の村特有の装いを纏う大勢の男達に囲まれる愛しい人の姿に、駆け出そうとした体が強く後ろに引かれる
「きゃっ…!!」
「怜奈ッ…ああ、なんということだ…!!」
「、お父様…!?」
強く引かれた腕の先にいる人物に息を呑む間もなく、その背後から現れる人の多さに木漏れ日に照らされた光が驚きに揺れる
「なぜ、お父様達がここに…!」
「…昔から、どこに行っているのかわからなかったが…先日村の者から東の村に続く森に入っていったとの目撃があった。まさかとは思ったが…よりにもよって野蛮な東の村の男と会っていたとはな」
絶望にも近い声音と爆豪を侮辱するかのような言葉に、頭の中が真っ白に染まり体が燃えるように熱くなる
「ッ村がなんだと言うのですか!!彼を…ッ勝己くんのことを何も知らないくせに!!彼がどれだけ私に優しくしてくれたのかも、大切にしてくれたのかもッ…お父様は知らないでしょう!!」
初めて湧き上がる激情に驚くと共に、深い悲しみが心を満たして…優しき少女の瞳を歪ませる
「くそッ……怜奈…!」
「甘いな勝己、女にのぼせ上がり油断したか。尾けられるなど、普段のお前ならばやられなかっただろうに」
「ッせェな!!掟だなんだってゴチャゴチャゴチャゴチャ…うっとおしいんだよ!!!俺の番は俺で決める!!邪魔すんな!!」
「女なら東にも山程いる。何も西の女を選ぶことはなかろう…お前は将来有望だ、西の女では不相応であろうことがわからんのか?」
「誰の前で怜奈を侮辱してんだッ……あんたにあいつの何がわかる!?怜奈以外の女なんざ反吐が出んだよ!俺の中に居んのは今も昔もこれからも、たった一人…怜奈だけだ!!!」
己に向けられる刃も矢にも怯むことなく吠える若い強者に、西の村の長はその姿をただ冷たく見下ろした
「─────弱くなったな、勝己」
同時に彼に巻き付く幾数もの縄に白い背筋が凍り、勢いよく伸ばした腕から投げ出された籠からいつの日かの果実が宙を舞う
「勝己くん!!いやッやめてください!彼を傷つけないでッ」
「怜奈ッ…クッソが、離せやァ!!」
「来るんだ怜奈、もうここに来ることは許さない」
2人だけの大切な場所のはずなのに…今は酷く濁って見えて、溢れる悲しみで愛しい人の姿も霞んでしまう
「─────勝己くん!!」
「─────怜奈ァ!!」
互いに伸ばす指先は触れられぬまま、大樹は悲しげに声を響かせていた
あれから数日、家から出ることは許されずほぼ監禁状態の怜奈は自室の窓から外を眺める日々が続いている
心がどこかに行ってしまったかのような表情は、見た者の心をざわつかせた
「お嬢様、お食事をお持ち致しました」
「…ごめんなさい、今日も………食べられそうにないの………」
「お嬢様…」
花が枯れる前のような、危うげで儚い少女に使用人は固く口止めされていた噂を告げるべきかどうか悩んだ末、このまま何もわからずにいる方が酷かと…ついに音として吐き出した
「お嬢様、かの青年の事なのですが…」
「!勝己くんが、どうかしたのッ」
「シッ…私も人伝いに聞いたのですが…現在、行方がわからなくなっているようで…」
「…!」
「お嬢様が彼と引き離されたその夜に姿を消したらしく…噂では、村の者に魔物の棲む谷へと連れていかれたのではないかと…」
「そ、んな…………」
"魔物の棲む谷"は、一度赴けば二度と戻っては来れないと囁かれている場所であり、またそのような謂れから刑の一つとして罪を犯した者を連れて行き置いていくこともあると聞く
もしや彼は、自分と関わってしまったばかりに無理やり連れていかれてしまったのではないか…
「勝己くん………!」
ハラハラと落ちる光はあまりにも痛々しく、白い頬へ流れる度に花のように美しい少女が本当に枯れてしまうのではないかと、その場にいる誰もが心を痛め手を差し伸べたくなる
「ごめんなさいッ……勝己くん…………」
それから気を失うようにして眠ってしまった怜奈はすっかり空が暗くなってしまった頃に目を覚まし、カラカラに乾いた喉をさすり水を貰おうかと下に降りれば、客間から光が漏れていることに気付く
「(こんな時間にお客様…?)」
「─────こうするしかないのだ!!」
「しかし当主様!これではあまりにも惨すぎます…!!」
「(あの人は…確か、街の花屋の店主さん…なんの話しをしていらっしゃるの…?)」
「魔物の棲む谷のドラゴンを鎮めるには、若い娘を一人捧げねばならぬ!」
「!!」
「で、ですが…」
「そうして何百年もの間、この国の村村は平和を保ってきたのだ!そして次の生贄は、西の村が捧げると決まっている……これは避けられぬ事なのだ」
魔物の棲む谷の頂点に君臨すると言われている最強の生物・ドラゴン
何百年にも渡る長い歴史の中で起こる自然における災いの全てはドラゴンが引き起こしたものだと言われている
「数日後に行われる祭事にて、村の中から一人生贄を納めなければ…」
「そんな…」
「お待ち下さいお父様!」
「れッ…怜奈様…!?」
「怜奈…聞いていたのか…?」
「お父様、この方の娘には婚約者がいらっしゃったはずでしょう!そんな彼女を生贄にされるおつもりですか…!?」
あまりにも酷い選択に、無意識にあの日の出来事が脳裏に過り思わず父を睨みつけるように強い視線を向ければ、苦く切ない声が響く
「ッ仕方がないだろう!!彼女以外、適任など…」
「─────一人、居るではありませんか」
自然と、音が出た
叶わなかった
叶えられなかった
だからこそこんなにも悲しく身を切られるような思いは、誰にもして欲しくはない
「一人?………!怜奈、まさか…?!」
「…………私は、西の村が長の娘…これ以上の生贄はおりません」
「ッれ、」
「お覚悟をお決め下さい、"長"」
愛しい人と結ばれぬのであれば、この身はただ朽ちゆくだけなのだ
久しぶりに出た外の空気はどこか冷たく、袖から伸びる細い腕が僅かに震えれば、装飾品がぶつかり合い鈴のような高い音が細く響く
「怜奈…」
「………行って参ります、お父様」
父の視線に気付かぬフリをして、歩き慣れた道を進みながら手元で咲き誇る花を見下ろせば、編み込まれた純白のリボンがふわりと揺れた
その身に纏うは、いつしかのプリンセス・ドレスのような華やかさは無いものの、着る者の内面の美しさを最大限まで引き出させるデザインであるキトン
絹で織られたそれは胸元に上品なドレープが飾り、ドレープを肩で留める金のブローチは繊細な花の形に彫られている
細いウエストを強調させる金の刺繍が施された紐から下、踝まである薄いベール生地の細かなプリーツが揺れる度に蝶の戯れを思い起こさせ、光によって透けては太ももで切り揃えられた絹から覗く彼女の白く細い美脚を強調させた
耳元で揺れる大きめのイヤリングはシャラシャラと飾りが揺れる度に彼女の横顔を彩り、首元に鎮座する絢爛なネックレスが魅惑の鎖骨を引き立たせる
ブローチと同じ花の細工が施されたバングルは華奢な手首をぐるりと覆い、ベアフット・サンダルが眩い足元を飾る
全てが金で作られたそれらには、アクセントとして赤い宝石が埋め込まれていて…星屑が散りばめられた大きな光に映り込む度に、薔薇のように色付く唇を少しだけ上げてくれた
誰のものかもわからない生唾を飲み込む音が聞こえる中で、ただ毅然と進むその姿は神に選ばれたような輝きを放っている
『どうか、花は……………あれが良いのです』
最後のわがままを優しく抱いて、いつしか辿り着いた林に目を向ければ、まるで誘われるかのように風が巻き起こり柔らかな裾が天女の羽衣のように美しく舞う
「もうここまでで大丈夫…ここから先は危ないので、貴女はもうお戻りなさい」
「ッお嬢様!今ならまだ間に合います!私めと共に逃げましょうッ…お嬢様がいなくなられたら、多くの者達が悲しみ嘆きます!」
「……そんなことをしたら、今度は別の誰かが犠牲になってしまうわ…」
「っですが…こんなの、あまりにも…!」
「…ありがとう」
「ッ、」
「でもね、今の私は…きっと生きていても、死んだのと同じ心地でいると思うの…だからきっと、これでいいの」
首元で輝く赤を撫でる指先も、三日月に歪む口元も…その全てが悲しいほどに美しくて、誰ともなく息を呑む
そして辺り一帯が暗闇に包まれ、次に目を開けた時には一筋の光が崖の上へと佇む花嫁を照らしていて、光を浴びる少女は頬に深い影を落とす
「……どうしてかしら…貴方は今もどこかにいてくれているのだとわかるの……でも、」
『お前がどこにいようが…俺は絶対ェ怜奈の元に行く』
「どうかお願い…………あちらにまでは、会いにこないで…」
貴方の夢を誰よりも近くで支えていたかった
けれど、私の存在が貴方の妨げになってしまうのなら…苦しめてしまうのならば
私は喜んで、この身を闇に捧げましょう
──────だけどもしも、叶うのであれば
「この愛が…貴方の加護になりますように」
愛しき人が教えてくれた果てなき愛の意を持つ花に、ダイヤが弾け闇に消えていく
その直後…花弁が宙を舞うように、数十メートルはあるであろう崖下に向かい投げ出された白い肢体に上がる誰かの悲鳴の中
一つの音が空間を引き裂いた
「───────怜奈ッ!!」
空を飾る炎と、燃えるような赤が視界を埋め尽くす
─────ギャオオオオオオッ
落ちゆく花を受け止めた赤は雄叫びを上げながら風を切り広い会場の天井近くを旋回するのに、誰もが目を見開き突然の展開に固まってしまう
花嫁を救う存在に興奮が熱気となる中で、怜奈は自身を強く抱く存在にダイヤモンドが溢れてしまうほど視界いっぱいにその姿を映し込む
「どう……し、て……」
「…怜奈」
「勝己、くん………!」
漂う熱気はそのままに、大樹が佇む舞台上へとドラゴンと共に降り立った怜奈は、赤い鱗を纏う背から自身を抱き上げ地上へと足をつける爆豪を未だ夢の中にいるかのような感覚のままただ見つめる
「少し痩せたな」
「どうして、勝己くんが…」
「…あれから村を抜け出して怜奈を迎えに行こうとしたら、お前がドラゴンの生贄になるって聞いた。自分から志願したこともな」
「、あ…」
「ッとに…昔から人の事しか考えねェ女だなお前は」
「で、でも…私が生贄にならないと、災いが…!」
「…舐めんな。ドラゴンのせいで怜奈が生贄にされんならそいつを従えさせればいいだけだ」
乱れた糸を直す分厚くて硬い掌も、己を見つめる深い赤も全てがただ眩しくて
「最強の生物であるドラゴンを従えさせたんだ、もう誰にも指図はさせねェ」
「勝己くん…ッ」
「例え神が相手だろうと、世界を敵に回そうとも…俺以外にお前は触れさせない」
真っ直ぐに愛を教えてくれる愛しい人と再び会えた奇跡に、気付いた頃には華奢な腕をその首元に回し崩れるようにその身を預けていた
そしてそれ以上に強く回された太い腕は、彼女の生を証明させる
「ごめんなさい、勝己くん…!私、恐ろしかったの…貴方と共にいられなくなるのが、貴方と生きていけないのが…死んでしまうことよりもずっと、怖かったっ…」
少女から溢れる言葉はあまりに甘く己を掻き乱して、衝動のままに細い腰を抱きやや早急な手つきで小さな顔を覗き込めば、潤む光が自身を見上げて…恍惚にも似た痺れが全身を駆け抜けていく
「怜奈…お前は、俺の唯一…俺の、爆豪勝己の運命の番は…怜奈だけだ」
お前がいれば、俺はもう何も望まない
獣のように飾り気のない言葉なのに、向けられる瞳も頬に添えられる掌も、そのどれもが蕩けるように甘すぎてずっと溺れてしまいたくなる
「私の全ては、貴方のものよ」
だからどうか、離さないで
舞い散る花と共に浮かべられる魅惑の光に誰もが言葉を失う中で、終了の合図が無機質に響き渡った
──────────
───
───────
『それではこれより授賞式を行っていくぜぇ━━━!!!栄えある1位はこちらの三組!!シャッターチャンスをお見逃し無く!!!!』
それから更に30分後、審査員たちによる厳正なる審査により見事1位受賞を勝ち取った各学年三組はKINOMOTOから贈られたメダルを手にカメラに向かって笑みを浮かべる
ついで三年から行われる短いインタビューにて司会進行のプレゼント・マイクは最後の組へとマイクの矛先を向けた
『そしてラストは一年優勝の爆豪&怜奈ちゃんの超ハイスペック実力派ペア!!怜奈ちゃんの魔法の個性を存分に生かしたパフォーマンスとド派手な演出!両者の圧巻の演技で他の追随を許すことなく圧倒的な差をつけ見事1位に輝いたァ!!つか爆豪演技できたんだな意外〜』
「どう言う意味だ!!!」
『そしてそして!中でも注目すべきは花嫁のこの世に2つと無い絶大な美しさ!!!豪華絢爛な装飾が霞んじまう程の輝き!クレオパトラも目じゃねえ位の傾国級の美貌はまさに奇跡としかいいようがねぇぜ!!とりあえず後で一緒に写真いい??俺も隣立ちたい』
「KINOMOTO専属のメイクさんがお化粧してくれたおかげですね、やっぱりプロの人の技術は素晴らしいですっ!同じチームの経営科の方達が考えてくれた演出に合わせて用意してくださった衣装も装飾も、本当に綺麗で素敵ですよね!あ、写真はぜひっ」
『んー予想通り!!』
「え?」
そっちを拾ってしまう辺りがなんとも彼女らしい、と怜奈を知る面々は乾いた笑みを零しつつ改めてその美しさに体温が上がってしまうのを感じる
「怜奈ちゃん、めちゃくちゃ綺麗や〜…」
「ええ、最初のワンピースも可愛くてとっても素敵だったけれど、民族風のあのドレスもいつもと雰囲気が違って見えてとっても綺麗だわ。私も後で一緒に撮ってもらいましょ」
「なんかもう美しい!って感じだよね!!神々しくって最高!」
「爆豪も雰囲気出てるよね〜!2人とも演技もめっちゃ上手かったし!」
「ほんと才能マンなだけあるわ…ま、美女と野獣感は否めないけどね!…てかヤオモモさっきから妙に静かだけど、」
カシャカシャカシャカシャカシャッ
シャリリリリリリリリリリッ
ジ━━━━━━…(●REC)
「「高性能カメラ創造しとる!!!」」
「緑谷は連写?!」
「轟ちゃんもビデオカメラで撮影してるのね」
一年のクラスの中で最も良い席に座り横一列で並ぶのは自称"怜奈特攻隊長"である3人で、各々が用意したカメラで怜奈のベストショットを逃すまいと全神経を集中させていた
「演技中はKINOMOTOの関係者しか撮影出来ませんでしたもの!!先程の分も怜奈さんの美しい姿を納めませんと!!!」
「デザインのモチーフは古代ローマで着られてたキトンかな?けど裾の部分がベールになって現代風にアレンジもされてて金の刺繍とブローチがいいアクセントになってる…装飾品は確かに絢爛豪華だけど作りが繊細だからか全然重たくないし、普段の怜奈ちゃんの可愛らしさを抑えつつ美しさと綺麗さを生かしたメイクとすごくマッチしてる…!!まるで生きる彫刻、いや絵画かな…?!!」
「怜奈、すげえ綺麗だ…クソッ…あの時俺が当たりを引いてれば…!!」
「ちょっと落ち着けと言いたいけどその写真俺も欲しい」
「私も」
「てか見惚れてる場合じゃなかったわ」
「そうだよ撮影しないと」
「爆豪ー!!もうちょっと離れてくれー!!」
「うるっせんだよクソ髪!!怜奈と俺はセットなんだよ!!おら存分に撮れ!!!」
「わあ」
「「引き寄せんじゃねえ━━━━!!!」」
「この野獣!!」
「怜奈ちゃんの前でだけ王子様みてえな顔しやがって!!」
「俺らにも慈愛見せろ!!!」
爆豪に向かって飛ぶブーイングの横で、舞台のすぐ下の教師席でも同じような野次を飛ばすのを我慢する大人の姿が並んでいる
「うう…怜奈ってばすっごく綺麗だなぁ…でもやっぱり心臓に悪いよ…」
「チッ…ほんとに要らん企画を立ててくれますよ…怜奈が優勝しないわけなんてないんですから、お陰でまた変な輩が集ることになる」
「そう言いつつ写真撮ってない相澤くん?(相澤くんって怜奈のことになると少しバグるよな…)」
「は?撮るに決まってるでしょ何言ってんですか。それにオールマイトさんだって人のこと言えんでしょう」
「わっ私は怜奈のパーパだもん!娘の可愛い姿は全部撮っておきたいんだよ!」
「血涙流しながら撮らんでください怜奈が汚れそうだ」
「私への気持ちをもっとクリーンにしてくれないかな相澤くん!?」
「けど怜奈ほんとに綺麗ですね…」
「一国ノ姫君ト呼バレテモ不思議デハナイナ」
「……これって、全国放送とかするんだったか…?」
「「「……………」」」
「ちょっと一旦話し合いの場を設けましょう。これの全国放送はダメだ」
「ほんとに外国から求婚来るぞ」
「私が犯罪者になる前に阻止しないと」
その後教師達の猛反対により結局録画されたものはイメージムービーとして一部のみ切り取られ、会社の広告とだけとして掲載されたとかなんとか…
『んじゃ最後に1位を獲得してそれぞれ一言!!』
「えっと…お芝居だってわかってるんですけど、勝己くんの演技が凄く上手だったのでとってもドキドキしました!経営科の皆さんと演出を考えるのもすごく新鮮で楽しくて…花嫁さんの衣装もこうして着ることが出来て、本当にいい経験をさせてもらいました。皆で獲れた1位に、感謝の気持ちでいっぱいです」
『んん━━━!!相変わらずの大和撫子!!超CUTEで謙虚な姿に会場もさらにメロメロだぜ!!!んじゃ最後爆豪からも一言ッ』
「───演技じゃねェわ」
『………………what?』
その場に響く声音は落ち着いていて、どこか嵐の前の静けさを思わせる
その声の色を感じとったマイクが思わず聞き返すも、当の本人はなんの事か見当もついていない様子で自身を大きな瞳で見上げる鈍感な花嫁を見下ろす
「勝己くん…?」
「俺ァ演技で済ませるなんてことはしねぇよ。お前を誰より幸せに出来んのも、誰よりも愛することが出来るのも俺だけだ」
"愛"、という直接的な言葉に光が見開かれるよりも先に何度も自身に回った太い腕が体に巻き付き、そのあまりの熱さに触れたところから同じ熱が伝播する
「えっ…あ………か、勝己くん…?」
「………先に俺を奪ったのはお前だぞ」
薔薇色に染まる体に、目の前の赤は蕩けるような歪みを作る
────自身の心を奪った責任は、そう軽くは無いのだと…この小さくて愛おしい存在に深く優しく、誰よりも強く刻みつけたい
「次はここにする。だから今度は…奪われる覚悟ちゃんとしとけ」
他の奴なんて目に映らないぐらい、愛してやるから
会場を走る氷結、弾ける舞台の木片、いくつもの強風
宙を舞う捕縛布、鉄の玉、飛び交う稲妻
それらが阿鼻叫喚と化した会場中を蹂躙するも、その全ての中心にある天使はただ一人初めての感覚に身体を真っ赤に染め上げたまま置いていかれる
言葉と共に唇のすぐ横を掠めた柔らかな感触と、自身を縛る熱い体温、柔らかく歪む口角、脳を支配する低く甘い誘惑は…今までの人生でも経験したことの無い痺れるような糖度だった
「ど、どうしよう………!」
混乱から潤む瞳の中で、縦横無尽に駆回る獣のように真っ直ぐな彼を映す先にあるのは
まだ誰も知らない、幸せな物語
fin
4/4ページ