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Take this hand and your princess
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暗くなった会場に、暫くしてからポツリと1つのスポットライトが灯り舞台へと続く1本の花道の端を照らし出す
「はぁ……………」
白い吐息を吐き出し温度の低さを口元から証明したのは、白い上着に黄金の刺繍が映える異国の王子の衣装を身に纏い、腰に年季の入った剣を携える轟焦凍
美しい装飾が施された衣装にも全くその存在感を霞ませることのない彼の顔は、一歩一歩踏みしめる度に温度が低くなる道を歩き僅かな影を落とす
花道は所々凍り結晶が降り積もっていて、会場にはそれに見合う冷気が漂い思わず身を震わせてしまうほど
歩いていく事に足跡が残る道を進んでいくと、ついにステージの上に辿り着く
「っ…!」
─────────コォオオォオ
ステージに一歩足を踏み入れた瞬間、轟を吹雪が襲う
《何をしに来た人間》
「っ……約束を果たしに来たっ!!姫は何処にいる!」
《…貴様か。私のかわいいかわいい花を誑かしたのは》
どこからか聞こえてくる声に轟が空に向かって叫べば、おどろおどろしい怒りを纏った声が大地を震わせ吹雪は一層強くなり彼の鍛えられた身体に雪が纏わり始める
「姫は………怜奈は今何処にいる」
《貴様の………貴様のせいだ人間。お前さえいなければ、私の花は幸せだったのだ》
まるで泣いているかのような怒りに濡れた声は、吹雪に同調するかのように更に轟の身体を蝕む
「何があった……ここは、こんなにも冷たい土地じゃなかったはずだ…」
《ああそうだ。ここは花を司る者達の国…常に暖かく光の立ち篭める場所だった!!》
しかし、と舞台が再び暗転しステージ上の画面に映像が流れ始める
────花の国の姫君である少女、怜奈の元へは彼女の美しさに心奪われ何時も彼女を生涯の伴侶にしようと様々な男達が城へと訪ねてくるが、どのような縁談を持ち掛けられても怜奈はゆるりと首を振るだけで誰の求婚も受けようとはしない
そんなある日、数ある国の中でも特に乱暴で恐ろしいと噂される東国の王が、怜奈の美しさの噂を耳にし城まで足を運んできた
王は一目で彼女の虜になり、毎日毎日執拗いほどに怜奈へと求婚を迫ってきた
けれど怜奈はどれだけ高価な宝物や土地を貢がれようとも、絶対に首を縦に振ろうとはしなかった
するとそれに怒った王は逆上し、自分との結婚を断るというのならば、其方を氷の中へ永遠に閉じこめてやると言ったのだ
あまりにも身勝手な脅しではあったが彼の乱暴さと残虐性には誰も勝てず、せめて彼女の命だけでもと多くの人々が彼女を説得しようとしたが、自身の命を秤にかけられても尚怜奈は受け入れようとはしない
《私は言ったのだ…彼の言う通りにすれば命は助けて貰えると…かわいい娘を助けるにはそれしかないのだと》
そう訴えかけても、彼女の瞳は遥か遠くへと続く空へと向けられたまま
『…………ですがお父様…私は約束したのです』
『それは昔迷い込んだ人間の子どもと交わした戯言のことか?奴はあれから一度もここへ来てはいないではないか!!お前は誑かされたのだ!!』
だからお願いだ、私のかわいいかわいい花よ…ただ一言、"はい"と言えば良いだけなのだと、偉大なる父が膝をつき彼女の前で項垂れるも怜奈は彼にそっと寄り添い異を唱える
『申し訳ありませんお父様…あなたを悲しませてしまうことに、胸が張り裂けるように痛みます…ですが、それでも私は…彼と結ばれることができないのであれば……
それは私にとって、死ぬのと同じことなのです』
そして三日後、多くの国民が泣き喚く中で己の愛を貫き通した花は、残虐非道な王によって冷たく暗い氷の牢へと世界を閉ざされた
《これが見えるか人間よ!!貴様が我が娘を騙した結果だ!!!》
バッとライトがあてられた中心には大きな花の蕾が凍らされ、氷塊となったものが冷たく鎮座していた
《娘の痛ましい姿に、国民は悲しみに明け暮れ絶望し、国は悲しみのあまり雪で覆われた!!》
次いでステージ、花道の全貌が一気に明るくなるとそこはまさに氷の世界と呼ばれるであろう光景が広がっていた
《もう誰も……この悲しみを溶かせる者など…》
「…できる」
《………………なに?》
「俺が、怜奈を救い出してみせる」
《馬鹿な…人間のお前に何が出来る!!》
袖に積もった雪を振り払い怜奈が凍らされている氷塊まで真っ直ぐと進む轟に、声はさらに激しく彼を責めたてる
《貴様は所詮人間だ!!人間は皆身勝手で、己の利益の為ならば平気で我々を騙し全てを切り捨てる!!そんな奴にできる訳が────…》
「───ああ、だから捨ててきた」
凛、と前を見据える轟の瞳に、声は戸惑いを表し瞳を逸らさぬまま彼はさらに言葉を綴る
「ここに迷い込んだ後、あっちの世界に帰って怜奈と婚姻の約束をしたと言った……そしたら皆声を揃えてこう言った───"そんなことが出来るわけがない"と」
瞬間、彼の左手から炎が上がり吹雪の中を照らしだした
《?!それは……!!》
「くだらねえ……種族だなんだって、そんなもん俺には関係ない。それで縛られて怜奈と共に居られないのならと、俺は迷わず自分の世界を捨てると決めた」
しかし当時の自分はまだ幼く、向こうを完全に切り離せた時には随分と時が経ってしまった
「人間だとか、種族なんかはどうでもいい……ただ、俺は………」
炎の上がっていた左手を氷の前へとかざせば、いくら叩いても温めても一切揺らぐことのなかった残酷な牢は、じわじわと溶けだしていく
溶けだした牢に、愛する者のため己の世界を捨て愛を伝えるため舞い戻ってきた王子は携えてあった剣をスラリと抜いた
「怜奈と共に生きることを望む!!!」
──────パキィイイイインッ
薄くなった氷の中心部に突き立てられた刃が、全体に亀裂を走らせ蕾を覆っていた牢は跡形もなく砕け散った
砕け散った氷に、あれ程激しく降り続いていた吹雪は止み辺りににはキン、と張り詰められたような寒さと静寂が訪れる
─────────ふわっ
固く閉じられた蕾が一瞬膨れ上がり、一度動きを止めまるで羽根のように軽やかに白い花弁を開かせる
そして最後、始まりの二枚がゆっくりと開ききると
世界にこれ以上美しいものがあるのかと、議論するのも馬鹿らしいほどの輝きが姿を現した
マーメイドラインを基調としたドレスは膝下にたっぷりと上品なレースが施され、ロングトレーンは何層も重なり花弁を連想させる
ドローンによって映し出される彼女の背中は大きく開いているが、思わず唇を寄せたくなるような首筋から小枝のように華奢な腕までを繊細なレースによって覆われているからか、妖艶な印象は一切なくただただ眩しい
本能が瞬くことをやめろと脳に指示を出しているのかと思えるほど、目は全くと言っていいほど休息を求めない
絵画とも彫刻とも彼女を表すにはどれも安っぽいものに思えて、これから先何年かかってもこの感動に似たものの表現は出来ないであろうと誰もが直感する
そんな考えを抱く大衆の時を巻き戻すかのように、生きる花の精は細やかな花弁と見間違える程に艶やかに咲き乱れる輝きを震わせると、光の球体をゆっくりと開かせた
「………………っ怜奈…………」
「…必ず、迎えに来てくれると…信じていました」
ふわふわと綿花のような軽さで、白百合のような愛らしさを惜しげも無く咲かせる自分だけの姫君に、轟は初雪を踏みしめるような高揚と罪悪を感じながら彼女の領域に足を踏み入れ
悲しいほどに美しい身体を我慢できずに掻き抱けば、舞台いっぱいに鮮やかな花々が溢れる
寒々しい銀世界は消え失せ、天国といえばこういう所を言うのだろうと思える
神の祝福を受けたとしか思えないような2人が寄り添う中で、どこからか蔓が伸びものの数秒で小さなガゼボを造形すると頂きを愛の象徴が彩る
スポットライトが彼らの周りだけを切り取り、愛の誓いの意味を持つ薄紅色が頂きに咲くよりも先に名残惜しそうに身体を離した轟は、柔らかな白に膝をつき純潔を示す左手に安堵しながらその手をとる
「怜奈…お前に対するこの想いを、どう表現したらいいのか…今の俺じゃまだ伝えきれない」
「焦凍くん…」
「だが一つだけ言えるのは…俺は怜奈を愛している。自分の世界なんかどうでもいいと思えるくらいに…」
美しい花々が見守る中で、轟は潤んだ瞳で自身を見下ろす花に目眩を感じ思わず力が篭もってしまう
「離れずにそばにいて欲しい…怜奈へのこの想いを……一生かけて俺の言葉で伝えていくと誓うから」
熱に浮かされた二つの光に、少しの間をあけて女神はゆるりと微笑んだ
瞬間に規定の20分を知らせるように一気に舞台が明るくなり、怜奈達のほっとしたような顔が巨大スクリーンに映し出されたところで
演技が始まってから完全に放心状態だったプロヒーロー兼ラジオパーソナリティーとしても活躍する男が職業上抗えないであろう衝撃を音に乗せた
『Seriously it's a foul mat!!!美男美女コンビの圧倒的パフォーマンス!!俺としたことがあまりの世界観に実況もすっぽかしちまうほど惹き込まれちまった!そして何より花嫁の美しさ!!!本当に人間かどうかは空に浮いていないかどうかでしか判断が難しい!あとその隣に立った轟は夜道に気をつけろよ』
何やら物騒なコメントを静かに添えたマイクのアナウンスだったが、上手くいってよかったねと怜奈が轟に笑いかければ彼はああ。と微笑みながらも覚悟を決めたような瞳をしていた
彼にはマイクが言った台詞の意図が解ったみたいだ
大半の人が固まる中で、全てのウエディングが終了したためこれから審議に移り約20分後に結果を発表すると連絡を入れるマイクはやはりプロだ
舞台袖に退場しながら未だ響く彼の声を聞いて控え室で休もうかと道を指させば、轟は短く返事を返し少しも疲れていない様子で怜奈の手を引いてくれる
慣れない格好をして歩きにくそうにしていたことも、どうやらお見通しらしい
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──────
出場者に与えられたそれぞれ専用の控え室に到着し腰を落ち着かせると、終わったことに対する安心と開放感から口からは自然と息がこぼれる
「練習通りにやれてよかったね」
「おう」
「練習では衣装きてなかったから、本番で焦ちゃんのこと見た時本物の王子様かと思っちゃったよ」
「…怜奈も、すげえ綺麗で………台詞が飛びそうになった」
「(そう言えば…焦ちゃんが言った台詞、練習とは少し違ってたような…)」
ラストのプロポーズの台詞は練習ではシンプルに"結婚してください"だけだった気がするのだが、彼なりのアレンジだったのかもと、結果上手くいったので気にする事はないかと思いつつも指摘してみる
「あれは…」
「あ、ダメだったからとかじゃないんだよ?ちょっとびっくりしただけで…でも、焦ちゃんにあんな風に言って貰えたら未来の花嫁さんはきっとOKしてくれるね」
目を逸らす轟に、怜奈は意図的に染められた頬を持ち上げながら純粋な感想をもらすと、轟は顔を俯かせかけていた椅子から腰をあげると舞台の時とは違い、未だ椅子に腰を落ち着かせている彼女を上から見下ろした
その動きが思いの外早急だったからだろうか、彼の上着の裾が椅子に引っかかり捲れあがってしまっている
しかしそれを直す素振りも見せず轟はレースに彩られた肩を優しく掴んでいて、その手はひどく熱く感じた
彼を見上げた時、手と同じ温度を宿した色違いの輝きに怜奈はいつもと様子が違う轟に息を呑むことしか出来ない
「しょ……う、ちゃん?」
「……そんなこと言うと、期待するぞ。」
「…きたい?」
「お前はいい加減、自分の発言が相手を夢中にさせるってことを理解した方がいい」
少し怒ったような、けれども甘やかな声音に、いつの間にか彼に届いてしまうのではないかと思えるほど心音が大きくなっていて、無意識のうちに両手を自身の胸元に落ち着かせる
「怜奈…俺はあの言葉を、生涯お前以外に言うつもりはねえ」
「そ…………れって……?」
「……………何度でも教えてやる」
────これから先は、俺だけに愛されてくれ
言い切るか言いきらないかの瀬戸際で赤みを帯びた唇を同じパーツで塞がれる
遠くから審議終了の声が聞こえた気がするが、力の入らない腰に自力でステージに戻ることは出来そうにない
目の前で幸せそうに瞳を閉じる彼に愛される覚悟が決まるのは、そう遠くないのかもしれない
fin