MHA中心
懺悔と再会と
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《心操side》
───────頑張ろう。ここで────
あれから何度あの時の言葉と体温を頭の中で繰り返し再生させているのか、数えるのも何時しかやめてしまった。
意味もなく起動させているスマホは、青白く暗闇を照らし自身の瞼の下にある隈をより一層深くしている。
───夏休みに入る前、怜奈は普通科の教室に来た。
「ごめんなさい、心操くんいますか?」
「えっ…ちょ!心操!!」
「何……はっ?!」
「な、なんで天使ちゃんが普通科に……!」
「そう言えば心操体育祭の時声かけてもらってなかったか?」
「何それうらやま!!!」
「怜奈、なんでわざわざ…」
「ごめんね、ちょっと話したいことがあって…あ、心操くんのこと呼んでくれてありがとうございました」
「へぁ?!いや、そんな、全然!!!」
「…………あっちで話そ」
はじめは何事かと思い周囲から羨望の眼差しを向けられながら慌てて駆け寄り廊下の隅へと移動すると彼女はどこか悪戯っ子のような、子どもが何かを考えついたかのような顔をしていて
それが何を意図しているのかさっぱり分からなくて首を傾げると、後ろ手に持っていた紙の束をジャーンと言いながら自身の前に差し出してきた。
「…何これ?」
「えっとね、これから夏休みが始まるでしょう?だから一緒にやってた特訓が出来なくなっちゃうって気づいてね」
「…!」
「えへへ…心操くん用のトレーニングメニュー作ってみました!」
受け取った紙に目を通して、思わず目を見開かせるとその反応を見て怜奈は少し照れたように自身に微笑みかけた。
紙には朝の起床時間からトレーニングメニューだけでなく、特訓中にオススメの食事のレシピまで細かに記されていた。
目を見開いたまま込み上げてくる感情を抑えようと口元を手で抑えると、何も言わない自分を不安に思ったのか怜奈は眉を下げながら下から覗き込むようにしておずおずと声をかけてくる。
「…ごめんね、迷惑だった…かな」
そう言って紙に手を伸ばした怜奈に、ハッと意識を戻し紙に触れる前にその手を握るときょとんとした表情を浮かべた怜奈が見上げてくる。
「心操くん……?」
「違うっ…全然迷惑なんかじゃない!」
思わず大きな声が出て顔が熱くなっていくのを感じた。そんな自分を見て怜奈は本当?と首を傾げてくるのに、握っていた手を名残惜しげにゆっくりと離す。
「本当だよ…ただ、ここまでしてもらえると思ってなかったから吃驚しただけ。」
赤くなった顔を誤魔化すように紙を口元まで引き上げ視線をさ迷わせながら、もう片方の手で頭を掻くとその言葉に怜奈はパッと表情を明るくした。
「よかったあ…心操くんのために作ったから、迷惑だったらどうしようって思ったの」
安心したよ。と特別感漂う台詞ふわふわとした笑顔を向けてくる彼女に、未だ鳴り止まない心音が今の自分の高揚を知らせてくるので期待するなと一つ喝を入れる
体育祭が終わってから、怜奈は授業が終わったあと予定を調節して自分の特訓に付き合ってくれていた。
ヒーロー科に在籍しているためただでさえ時間を割くのが難しいというのに、特訓する時間を設けてくれた彼女は自分に合った課題を見つけ、且つ特訓後は細かなアドバイスをしてくれる為体育祭からかなり身体は変わってきていると日々実感している。
それなのに、こうして長期の休みの間の特訓内容まで考えてくれたのかと思うと、自分は与えて貰ってばかりだと高揚とは反対に奥歯を噛み締める。
「……ごめんな」
「え?」
「俺、やって貰ってばっかで…怜奈も忙しいのに……なんも返せてない」
彼女との時間は自分にとってはこの上ないものだが、やはり怜奈の時間を貰ってしまっていることに対して申し訳なさが出てくるのは否めなかった。
特訓でも、ヒーロー科と普通科ではまず日々の練習量の違いから戦闘力の差は歴然で、それに加えヒーロー科の中でもトップの彼女に自分が勝てる訳もなく、毎回負けては怜奈が見直しをしてくれるというのがお決まりのパターン
自分ばかり得している、と思わず口に出して紙を握る手とは反対の手をグッと握りしめると少しの間の後、怜奈は心操くん、といつもと変わらない甘さを含んだ声で自身を呼ぶ。
その声に呼ばれるがまま視線を彼女へと向ければ、怜奈は見ているこちらの力を抜いてしまうような、ふにゃりとした笑みを咲かせた。
「私ね、初め何も出来なかったの。」
「………………………は?」
「力の使い方がよくわからなくて、今みたいに魔法使うこともできなくって…初めて使った"
偶然って凄いよね〜と話す怜奈になんの事だかさっぱり分からなくて、今までの話となんの関係があるのか結びつけることが出来なかった。
「ちょ、何の話………」
「………いっぱい練習したから、私は今ここにいるの」
凛と、した表情だった。
換気のために開けられた窓から夏のカラリとした風が入り込み、彼女の髪をふわりと広げるのに思わず息を呑んだ。
「みんなね、初めのラインは一緒なの。けどスタートはそれぞれ違う………みんながみんな望む場所に行くのは難しいかもしれない」
「っ…」
「けど貴方は今、可能性の中にいる」
「!!」
「今はまだ遠いかもしれない。でも常に進めば、掴む時が来る。…始まりが違うから、時間はかかるかもしれない…けど、」
光を受けて万華鏡のように輝く瞳が、自身を照らした
「私は、心操くんに来てほしいんだよ」
風に遊ばれる銀の糸と、三日月のように緩やかに歪むダイヤモンド
目の前の光景があまりにも浮世絵離れしていて、ある種の恐怖のようなものと共に、かけられた言葉にどうしようもなく泣きたくなった。
「だからこれは、私からのお願い。そんな私のわがままに付き合ってくれてるんだから、これぐらい当然だよ!」
「……………ほんとタチ悪いよなぁ怜奈って」
「えっ?!何で!?」
溢れそうになる感情を誤魔化すように目の前の頭を掻き乱せば、怜奈はいくつもの疑問符を浮かべながらも笑ってそれを受け止める。
──一緒にヒーローになろうね──
「……………なぁ怜奈。俺、ちゃんと毎日続けてるよ。おかげで前よりもずっと身体もがっしりしてきた」
繋がることの無い画面を見ながら、脳内ではきっとこう言ってくれるんだろうなと幻の声を再生させる。
「……………………勝ち逃げはズルいよ、怜奈」
応答なしの文字が、一瞬滲んで消えた
(君がいないと、俺はずっと闇の中)
────────────
───────
《天喰side》
今日は、何日だっけ?
そう心の中で独りごちて、用もないのに外をぶらつく。
本来の自分ならば家に引きこもっているのだが、また出会えるのではないかと淡すぎる願いを胸に初めて彼女に会った道を歩く。
彼女と共に歩いていた時は、商店街はキラキラとした輝きを放っていたように思えたのに、今は薄ぼんやりとしたただの風景という認識しか持てなかった。
「(違うな……あの子は魔法使いだから…)」
あの時感じた世界は、怜奈がいることでかけられる美しいフィルターあってこそのものだったんだと、今までは気にも留めていなかったのに漠然とした物足りなさを感じた
自分はすっかり彼女の魔法の虜になってしまったんだと、あの日彼女が砕けた瞬間に気付いた。
あの日の悪夢を思い出し、胸がズキズキと痛み出して無意識に顔が強ばっていく
そんな時、ふと前を見ると怜奈の行きつけの喫茶店が目に映った。
思わず足が止まり、夢のようにふわふわとした幸せな時が瞬時に再生され思考を遠い彼方へと一瞬で移動させられる
何もかもが初めての体験で、けど不安はなくて、ただ心地よかったあの空間はまるでドラッグのような作用を及ぼして心が欲しがっていた。
ぼうっと看板を眺めていると、昔ながらの甲高い鈴の音を響かせて、アンティーク調の薄い扉が開かれた。
それにハッと意識が現実に戻ったと同時に、目の前の人物を瞬時に把握する。
「やっぱり、天喰くんだね」
あの日よりも少し窶れた喫茶店のマスターが、自分を見て薄い皺を何重にも重ね合わせた
もしよかったら、という彼の言葉に断ろうとしたものの足は勝手に動き、いつの間にか枠を超えていて怜奈と来た時には座らなかったカウンター席に案内された。
「窓の外から天喰君の姿が見えてね、思わず声をかけてしまった」
無理に誘って悪かったね、と言われて緩く首を横に振った。
今日はもう閉店する予定だったが、以前怜奈と共に来店した自分の姿が見えて声をかけたのだという。
貸切だから寛いでねと次いで言われると同時に芳ばしい香りが強く漂い始める。
どちらも言葉をかけることなくコポコポとドリップされる珈琲の音を聞いて時は自然と過ぎていく。
「この前はアイスだったけど、今回はホットにしてみたよ」
「あ…りがとう、ございます……」
思わず吃ってしまったが、彼はそれについては触れることなく私の奢りだからね。と微笑んだ。
煎れてもらった珈琲は、前に飲んだものよりもずっと香りが高くて、鼻から空気が抜けてより一層脳を心地よく刺激した。
ほう、と息を吐き出すと彼は瞳の奥にうっそりとした悲哀を宿しながら声を漏らす
「…中学の頃から怜奈ちゃんはうちに通っていてくれてね、いつも本当に美味しそうに私の作ったものを食べてくれるんだ」
「…」
「本当に…………嬉しかった……」
後半にかけてから震えを伴った声は、行き場をさまよった後に虚しく煙となって消えていった。
何も、返すことは出来なかった
店から出て商店街に長く続く花壇の一角で、哀れにも蜘蛛の巣に絡め取られた蝶の姿を見つけた。
自身と同じように蝶の確認をした糸の主は、ゆっくりと獲物に近づくと身動きの取れなくなった美しい羽に、何重にも糸を巻き付けていく。
羽の自由が奪われていくその光景があの日と重なって、温められたと思った自身の体温を限りなく冷たく冷やしていくのに、その光景から目を背けるように反対の道を進んだ
「……………今日も、会えなかったな」
(君がいない世界には、何も価値が見いだせなくなってしまった)