放課後の教室
やっと終わらせた補習プリントを教卓へぺしんと叩きつけ、1人の教室を後にする。


「お！まだ外が明るい！」


補習常習組のほのがこんなに早く帰れるのも、斜め前の席の藤吉くんのおかげだ。

テストで赤点だったほのに「ここ、覚えとけば早く帰れると思う」とこっそり教えてくれた。


入学当初、藤吉くんと同じクラスで隣の席だった。
口数が少なくクールな人だと思っていたが、よく忘れ物をするほのにペンを貸してくれたり、授業中分からないところを教えてくれたり、次先生に当てられる場所をこっそり教えてくれたり、すごくすごく優しい人だった。

そんな優しい藤吉くんを好きになるのはあっという間で、好きという気持ちは日に日に大きくなる一方だった。

席替えで席が少し離れてしまい、藤吉くんが斜め前の席に行ってしまった時は悲しかったけど、今もほのを助けてくれる頼れる人だ。


「あれ！ひいちゃん！」


昇降口の下駄箱の前に制服をかっちりと着こなし、黒のローファーを履いた小柄な女の子。

「保乃ちゃん」

「ひいちゃんも生徒会今終わったん？」

「うん、補習そろそろ終わるかなと思って待っとった」

「ほんまに〜！？ありがとうな！一緒に帰ろ〜」

「うんっ」


ひいちゃんは中学生の時からの仲良し。
成績優秀、スポーツ万能、生徒会にもスカウトされちゃうくらいの完璧超人。
そのうえ美人で当然のようにモテモテである。
ほのの自慢の親友。


「今回のテスト範囲広すぎんくない？ほんま鬼やわ」

「ふふ、たしかに広かったかも。補習も大変そうやったね」

「そうなんよ！でもな！また藤吉くんに助けられてん！ひいちゃんと一緒に帰れるのも藤吉くんのおかげや〜」

「ほんまに保乃ちゃんは藤吉が好きやねぇ。生徒会で武元達にめっちゃいじられとったよ」

「嫌がってるようで内心喜んでる藤吉くんの笑顔が想像できるわ…」

「藤吉、顔は微妙やない？」

「もー！みんなそう言うんやから！ほのには可愛いしかっこよく見えるの！」


確かに藤吉くんは他の女子から全然人気がない。
あっさり顔だし性格も目立つタイプではない。
でもそんなこと関係ないくらいに優しい性格の持ち主だ。
なんならほのだけじゃなく誰にでも分け隔てなく優しい。
そんなところも大好き。


「藤吉くん、彼女いるんかなぁ」

思わず呟くと、ひいちゃんが間髪入れずに答える。


「いないよ」

「ほんまに！？ほのにもチャンスある！？」


立ち止まり、隣を歩くひいちゃんの顔を覗き込んだけど、ひいちゃんの視線はずっと斜め下。
ひいちゃんは立ち止まらずそのまま歩き続けた。


「あるんやない？藤吉、元気な子が好きって言っとったよ」

「まじか！！」

さすが同じ生徒会！
ひいちゃんも頼りになる！
元気しか取り柄がないほのにもチャンスが到来しました！


思わずガッツポーズをしていると、先を歩くひいちゃんが立ち止まった。

「あのね、実は私も好きな人がいるんよ」


「へ」


ひいちゃんに好きな人がいるなんて、初めて知った。

学校帰りはほのがひいちゃんに恋愛相談をしてばかりだった。


「あ、バス来た。また明日ね！」


ほのに手を振りひいちゃんはバス停に向かって駆けていった。


「うーーん…」

ベッドの中でプーさんのぬいぐるみを抱きながら、今日のひいちゃんの言葉をずっと考えている。


ひいちゃんの好きな人って誰なんやろ


同じクラスの人かな
それとも生徒会の人？
同学年なんかな
でも生徒会には先輩もおるし
ひいちゃんモテるから先輩後輩関わらず告白されてるやろうし

ひいちゃんが好きになる人なんて
優しくて、かっこよくて、愛嬌があって、頼りになる人なんやろうなぁ


あ


ほの分かった


さすがのほのでも分かりました


ひいちゃんの好きな人


「あー…」


ほんのちょっとだけ泣いた。


次の日の放課後、ひいちゃんに待っててもらい、一緒に帰る約束をした。

待ち合わせは昇降口。
いつもひいちゃんが待っててくれる場所に、今日はほのが先に着きひいちゃんを待つ。

「保乃ちゃん、ごめん、待った？」

小走りでほのに駆け寄るひいちゃん。
今日も生徒会やったんやね。
お疲れ様やね。

「ううん、待ってへんよ！帰ろ！」


しばらく無言で隣に並んで歩く。
普段はほのがめっちゃ喋るから、静かなほのにひいちゃんは戸惑っている。

少し息を吐き、ほのは覚悟を決め、立ち止まる。

「ひいちゃん」

「ん？」

ひいちゃんは覚悟を含んだほのの呼びかけに心配と不安が入り混じった声色で返事をした。

「ほのな、昨日夜通し考えてん。夜通し、夜通しではないかも、0時には寝たわ…」

「ん？うん…」


ほのはひいちゃんの肩を両腕で掴んだ。
ほっそ、うっす、華奢、ひいちゃんちゃんとご飯食べてる？
ああ、今はちゃう

「ほのな！ひいちゃんの恋応援するから！」

「うん？」

「ひいちゃん完璧超人やろ？やっぱほのよりあの人に似合うのはひいちゃんやと思うんよ！2人で並んでる姿を想像しただけで絵になるもん！」

「え？」

「そりゃほのも悔しくないっていったら強がりになるけど、それでもひいちゃんが幸せになる方が嬉しいから！ほの、ひいちゃんも大切やねん！」

「ん？待って。なんのこと？」

「なんのことって、ひいちゃん藤吉くんのこと好きなんやろ！？」

「へ？ふじよし？なんで？」

「え？」


2人で同じ角度に首を傾けて向かい合う。


「保乃ちゃん多分やけど勘違いしとる」

ひいちゃんはおっきなおっきな目でまっすぐほのを見つめる。


「わたし、保乃ちゃんが好き………ごめん」


「ほの…？」


「………」


ひいちゃんは真っ赤な顔を下に向け、両手で自分のスカートをぐしゃぐしゃに握りしめていた。


「女の子同士のやつや…」


なんとなく知識として頭にはあった。
これ百合ってやつや。
正直遠い世界のおとぎばなしくらいに思っていた。
1番近い存在のひいちゃんが…


ほの、どうしたらいいん！？！？


ほのも、ひいちゃんのことを好きになれたら…
なんて思ってしまったことは誰にも言わずに内緒にしておくんだ。