社会人と高校生



「なぁ幸阪、最近天さん、なんか雰囲気違くないですか」

お昼休み
綺良ちゃんはお弁当に入っているニンジンの甘いやつをポイポイと私のお弁当に寄越しながら呟く。

「せっかくお母さんが作ってくれてるんやから食べーや」
「いやぁ、どうしてもこの甘いのがだめなんです。ちょーー甘いんです。残して帰るなんてお母さんが傷つきますし、私にはそんなことできません。そこで幸阪の出番なんですよ。甘いの好きやろ?」

「まぁ食べるけど、んで、雰囲気?」
「そう!!」

天ちゃんとは3年間同じクラス。
高校に進学する前から唯一仲の良かった綺良ちゃんとクラスが離れてしまって、人見知りの私は高校生活絶望していた。
たまたま席替えで隣の席になった天ちゃんが私に話しかけてくれて、仲良くなった。
次のクラス替えでは綺良ちゃんと同じクラスになれて、天ちゃんと綺良ちゃんはあっという間に仲良くなった。
今ではクラスの人に天きらまりってまとめて呼ばれるくらい一緒にいる。


ぶっ飛んでるところに目が行きがちな綺良だけど、本当に周りをよく見ていて些細な変化に気づける頭の切れる人だから、綺良が言うなら間違いないのだろう。

天ちゃんの雰囲気か。

「全然わからんかった。どんな?」
「なーんか、フワフワしてる気がするんです。よく言うとお花畑。悪く言うと浮かれてる」
「それどっちも悪く言っとるやん」

ほんまやってわざと驚いた顔してる。

「恋ですかね」
「天ちゃん歴代彼氏彼女いっぱいおるやん。恋愛でいちいち浮かれる?」
「歴代を超える存在が見つかったんじゃないですか!!恋の力は人を変えるんです!!」
「声でっか」

綺良ちゃんは恋愛話大好きやからなぁ

「天さん遅いですね」
「また呼び出されとったな」
「天さんくらいモテたら人生楽しそうですよね」
「そーお?まりのには結構大変そうに見えるけどな」

休み時間あと15分しかないけど、天ちゃん大丈夫かな。
また泣かれて泣き止むまでそばにいてあげたりしてんのかな。

ガラガラガラッ
音を立てて扉が開いた。

「ただいまー」
「天ちゃん」
「天さんおかえりなさい!」

天ちゃんは近くの空いてる椅子を寄せて、リュックを弄ってお昼を取り出した。

「また告られてたん?」
「そお、全然知らない女の子。めちゃくちゃ泣かれたんだけど」
「天さん今は確か恋人いませんでしたよね?また付き合うんですか?」
「振った」

「「え!?」」

「声でっか、なに」

天ちゃんは誰にでも優しくて明るくて、しかも可愛くてモデルみたいでモテない方がおかしいんだけど、優しすぎるが故にしつこく食い下がられたり、泣かれたりするとお断りできなくて付き合ってしまう。

そんな天ちゃんが、振った!?


ほら幸阪、言ったじゃないですか
いやまだ分からんくない?
恋ですよ!恋!


綺良ちゃんと目と顔芸で会話する。

「なにしてんの?」

なにこいつら、って表情を隠さずに天ちゃんはお弁当箱を開けた。

「うわ!!あっちゃー」

二段のお弁当箱はどっちも真っ白だった。

「これは効率よく炭水化物が摂取できそうですね」
「まりの達育ち盛りやもんね」
「うるさいなー!」

天ちゃんはそう言うと、どっちもご飯のお弁当の写真をスマホで撮った。

「お母さんにクレーム用ですか?証拠写真は大事ですもんね」
「いや、自分で重ねてるから自分のやらかし」
「おもろいもんな、万バズや」
「SNSになんて載せないわ」

じゃあ何で撮んねんやろってほんの一瞬思ったけどどうでもいいや。

「お二人様…おかずを…おかずを恵んではいただけませんか…」
「ありますよ!どうぞどうぞ!な!幸阪」
「うん、天ちゃん、これ」

「「にんじん」」

私は、自分のお弁当に入ってる綺良ちゃんのニンジンをお箸でつまみ差し出した。
ぱくっと食べると天ちゃんは顔を歪めた

「…あんまぁ」


ーーーーー

今日は金曜日
明日は天ちゃんと綺良ちゃんと午後から遊びに行く予定。
自室で明日何着てこっかなぁなんて1人ファッションショーをしていると、綺良ちゃんから電話が来た。

『よう幸阪』
「よう」
『明日午前中は暇か?』
「特になんもないけど、なんで?」
『ちょっと早めに天さんのバイト先行きませんか?』

明日は天ちゃんが午前中バイトだから、終わる頃にバイト先に2人で迎えに行くことになっている。

「ええけど、なんで?」

『名探偵キランの推理によると、天さんの恋の相手は学校にはいないと思うんです。ここ1週間調査してみました。朝から夕方までずっと私達と一緒にいるでしょう?そんな中で特定の誰かを見たり話したりしてる時に、特に天さんの様子が違うところは無かったんです』

「よく見てんな」

『つまり!天さんの恋の相手はバイト先に関係してると思うんです!だからちょっとだけ早めに行って覗いてみましょうよ』

「他にもあるかもしれんくない?」

『高校生の生活の基盤なんて学校、家、バイトだけですよ』

「めっちゃ言い切るやん。天ちゃんの迷惑ならんかな」

『怒られる時は2人で怒られましょう。マリノックホームズ』
「やんな」

明日早めに集合する約束をし、電話を切った。

めっちゃワクワクする
ほんとに探偵みたい
こんなんいっちゃん楽しいやん



次の日
天ちゃんとの集合時間の30分前にコンビニへ到着すると丁度綺良ちゃんもやってきた。

「綺良ちゃんおはよ」
「おっす、例のものは持ってきましたか?」
「うん、持ってきてんで」

スチャ

2人でカバンから伊達メガネ取り出し、かけた。

真顔でツーショットも撮ったりもした。

コンビニの外でわちゃわちゃしていると、すっごく綺麗な女の人がお店に入って行った。

「幸阪!あの人の後に入りましょう!ドア閉まる前に!」

女の人の後ろを着いて入り、レジにいる天ちゃんにバレないように1番奥の飲み物売り場辺りに身を潜め、レジ辺りを見る。

「あれ!」

天ちゃんのおっきい声が聞こえた。
さっきの女の人と知り合いなのか、仲良さげに話している。

「流石にこの距離だと何も聞き取れませんね」

棚に隠れ、頭が二つ縦に並ぶように重なりながらさっきの女の人と会話をする天ちゃんを観察する。

学校では見たことないような優しい表情してるし、緩みきった笑顔。しかもなんか顔赤くない?
何あの空間、お花が飛んでるんやけど

「とんでもないものを見せつけられてますね、何ですかあの幸せ空間は!」

「絶対あの人やん、天ちゃんの好きな人」
「ですね」

女の人がお店から出た後すぐに私達はその辺のお菓子を手に取り天ちゃんのいるレジに持って行った。

「あれ!?何してんの!?何で2人ともメガネかけてんの?」

「天さん、あなたは本当に純粋で分かりやすいすね。名探偵キランとマリノックホームズは全てを見ましたよ。後で全てを吐いてもらいますからね!」

「うっわ、嫌な予感」

「…」

「茉里乃もニヤニヤすんな!!」


天ちゃんに外につまみ出されて、バイトが終わる時間までお菓子を食べながら綺良ちゃんとアリの巣を観察して時間を潰した。


天ちゃんと合流した後、近くのハンバーガーショップへ移動し、ハンバーガーセットを頼み席に腰掛けた。
綺良ちゃんが口火を切る。

「おい、マクドのポテト、好きか?」
「どこのラジオやねん」
「取り調べの時の常套句じゃないですか」

天ちゃんは頬杖をつき目線を下げながら差し出されたポテトをもしゃもしゃと食べる。

「なんだよぉ」

「天さん!あの人は誰ですか!私という絶世の美女の側にいつもいながら!浮気ですか!」
「めっちゃ綺麗な人やったねぇ」

天ちゃんは勢いよく顔をあげた
「でしょ!?でも綺麗なだけじゃないの」

「好きなんや」
「………うん」
「こんなしおらしい天さんは初めてみます」
「かわええな」
「うるさいなぁ!もう!」

そう言って天ちゃんは机に伏せてしまった
耳が赤い

「連絡先とかは知っとるん?」
「うん、いきなり聞いちゃったから引かれたかも」
「でも教えてくれたんですよね?なら大丈夫ですよ。私みたいに深夜2時にライン連投とかしなければ」
「あれほんま辞めてな、あ、やから米弁当の写真撮っとったんか」
「そうです…ライン途絶えさせたくなくて…迷惑かな…」
「返事返って来とんのやろ?なら平気やん」
「私も大丈夫だと思いますよ。本当に迷惑なら返事返さないと思いますし。でも話題は困りますよね。あのお姉さんは何歳なんですか?」

「22」
「おぉ…」
「めっちゃ大人やん」
「ガキンチョとしか見られてないかなぁ?」
「それは…なあ?幸阪」
「なぁ、綺良ちゃん」

綺良ちゃんと目を合わせる

「天ちゃんはめちゃくちゃいい奴やから大丈夫やと思う。中身で勝負しようや。まりのが保証する」
「そうですよ。天さんはどこに出しても恥ずかしくありませんから」

好きになってしまった人が年上の社会人の同性の人で、そんなん天ちゃんが1番苦しいに決まっとる。
でもまりの達は自信を持って友達を推薦できる。
それくらい天ちゃんは魅力的な人やから。

「泣きそう」

ずっと困り眉毛で話をしてた天ちゃんは目に涙の粒が溜まり始めた。
その粒はすぐに決壊した。

「2人ともぉ、ありがとぉお」

「うううう泣かないでくださいぃ」

「何で綺良ちゃんが泣くん?ちょ、2人とも声でかい」

号泣する2人を宥める
絶対にうまくいってほしいな
絶対に


それから月日が経ち普段通りの学校生活に、天ちゃんの恋路の進捗を聞くっていう時間が盛り込まれた。
ほんの少しずつ少しずつ進んでいく過程は見ていてむず痒かったけど、明日とうとうデートをするらしい。

昼休みに報告を受けた私達は立ち上がって万歳三唱をしたら天ちゃんにグーでゲンコツされた。
悶絶するほど痛かった。

デート当日の夜、グループラインで天ちゃんから
告白した
と報告が来た。

どうだった?と返事をすると

また明日もっかい告白する

と返事が来て
???となった

そのあとすぐ綺良ちゃんから電話が来て月曜日のリアクションの打ち合わせを深夜2時までした。

次の日、こんなに1日が長く感じたのは初めてだった。
天ちゃん達は夜に会うらしいから、報告くれるのは次の日だと思う。

いてもたってもいられずに、その日のお昼、天ちゃんがバイトに入る前に電話をかけた。

『ん?茉里乃、どした?』
「天ちゃん、いや、その、特に用事はないんやけど」
『心配して電話くれたの?』
「うん…天ちゃん大丈夫?」
『緊張はしてるけど、大丈夫だよ、茉里乃からパワーもらったし!』

電話口の天ちゃんは心配になるくらい普段通りだった。

『もし振られたら盛大に慰める会開いてね?』
「もちろん、それは任せて、茉里乃ずっと天ちゃんに念送ってるな、がんばれー!って」
『なんだそれ可愛いな、応援してて、また明日報告するね』
「うん」

天ちゃんとの電話を切った



次の日、普段より早めに学校についてしまった。
綺良ちゃんも天ちゃんを心配して、約束をせずとも早目についていた。

「昨日からずっと胃がキリキリしてるんです」
「まりの、心配で天ちゃんに電話かけてもうた」
「天さん早く来ませんかね」
「いつも結構ギリギリやからな」

2人で指相撲をしながら待つ

「おはよ」

天ちゃんが来た!

「天ちゃん!!」
「天さん!!」

2人で駆け寄る
天ちゃんは少しびっくりした表情

「どどどどどどどうでした?」
「!!」

「…」
天ちゃんは真顔だ
表情からは全然読み取れない
ど、どうやったんや!?

次の瞬間、天ちゃんは私と綺良ちゃんをまとめて抱きしめた。

「君たちのおかげ!」

「えっ!てことは!?」
「告白は!?」

「お付き合いすることになりました」

「うおおー!!!」
「幸阪声でっか!うわぁああ天さーーーん」

3人で泣いて抱きしめ合って天ちゃんの報告を喜んだ。
あと、こっそり私に「茉里乃パワーのおかげ」と伝えてくれた。

その後の授業は3人とも上の空で、1つの授業で必ず1人は先生に注意されてたくらいに浮かれてたし、それくらい嬉しかった。


授業をやり過ごし、やっとお昼休み

「天さんはまた呼び出しですか、今が1番嬉しい時なのに」
「あ、綺良ちゃん飲み物買い行こ」

めんどくさがる綺良ちゃんを無理やり連れて、自販機へ向かう。

「あ、天ちゃんや」

人気のない体育館へ続く渡り廊下に天ちゃんと、見た事のない女の子が向かい合ってる
後輩の子かな。
興味本位で2人に近づき物陰から覗く。声が聞こえるくらいまで近づくことができた。

「めっちゃ号泣してますね」
「やんな」

振ったんだろう、女の子は嗚咽するくらい泣いていた。

「天先輩は、恋人いないって…」
「昨日できたんだ」
「っ!どんな…ひと、なんですか」
「社会人の綺麗なお姉さん」

後輩の子は顔を覆ってしゃがみ込んでしまった

「天さん、嘘つけないからめちゃめちゃ後輩の子のこと抉ってますね」
「あんな具体的に言わなくてもええのにな」

前までの天ちゃんならしゃがみ込んだ女の子の背中を摩ってあげるんだろうけど、天ちゃんは困ったように立ち尽くしたまま。

「…天先輩は本気にされてると思ってるんですか」
「え?」
「年上の社会人で、しかも同性なんて、遊ばれてるに決まってます!!本気で愛されてると思ってるんですか!?天先輩は騙されてるんですよ!!」

めちゃくちゃに頭に血が上った
は?あいつ、自分がフラれたからってなに言うとんの?
天ちゃんがどんだけ一生懸命勇気出して告白したと思っとんの?
どんだけ怖かったと思っとんの?

「っ!」
飛び出そうとする私を片手で制止した。

「まあ幸阪落ち着いてください」
綺良ちゃんは無表情で2人の様子をそのまま見続けた。


「それでも私は信じたいかな。だから、ごめんなさい」
天ちゃんは頭を下げた。

泣き続ける後輩は何も言い返してこなかった。

天ちゃんは「じゃあね」と言ってその場を去る。

私達は物陰から出て、天ちゃんを追いかけた。
後輩の子の横を通り過ぎた時に綺良ちゃんは立ち止まり、振り返る。


「天さんの彼女さんは、あなたみたいに天さんを傷つけたりしませんよ」

後輩の子は更に泣いてしまった


「幸阪!いきましょ!」
「うん」
私たちは天ちゃんを追いかけた。

教室に戻ると、先に戻った天ちゃんが私達を探してキョロキョロしていた。

「2人ともどこ行ってたの?」
「パパラッチしてました」
「綺良ちゃんが追い打ちかけてました」
「ちょっと!幸阪!幸阪は殴り掛かろうとしてました」
「綺良ちゃん!」
「見てたんだ」

天ちゃんはバツが悪そうに笑った。

「申し訳ないことしちゃったかもなぁ」
「だからって天さんを傷つけていい理由にはなりませんよ」
「綺良ってたまにかっこいいよね」
「たまにって何ですか!?たまにって!」

天ちゃんと綺良ちゃんがじゃれ合う。
笑顔になってくれてよかった。

「なあ天ちゃん」
「ん?」
「彼女さんおるけどさ、茉里乃たちともたまには遊んでな?」

天ちゃんは一瞬驚いたような表情をしたけど、すぐに笑顔に戻った。

「あったりまえだろ〜」

天ちゃんは私と綺良ちゃんの頭をぐりぐりと撫でた。

天ちゃんの彼女さんってどんな人やろ
天ちゃんが惚れるくらいやから、めっちゃ素敵な人なんやろな

今度綺良ちゃんと会わせてもらお

めっちゃ楽しみやな
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