🦉と🧀の話


田村さんに何を吹き込まれたんだろう。
玲ちゃんはあの日を境に麗奈さんのことを話さなくなった。


「玲ちゃんチェーンもせんと危ないで」

呼び出され、家に上がると玲ちゃんは寝てたようでソファに横たわっていた。

「んー…茉里乃ちゃん来るからだよぉ、普段はチェーンしてるよ」

「ほんまに?」

「ほんまですー」


寝起きだからかまりのの前だからなのか
甘えん坊になっとる


「ん」

とソファに寝転んだまま両手を広げる。


ぎゅーしてってことなんだけど
田村さんの発言のせいで変に意識してしまう
今までそんなことなかったのに


まりのが躊躇していると腕を掴まれ、何でこないの?と不思議そうな表情。


「いやほら、その体勢だとさ、まりのが玲ちゃんに抱きつきに行くみたいでさ、抵抗ある」

「何そのプライド」

「いや、べつにプライドとかやないんやけどな?まりのがぎゅーしたいですーみたいなんはちゃうし、でも嫌ってわけやないんやで?」

「いいから、来て」


掴まれていた腕を引き寄せられ、玲ちゃんの腕の中に倒れ込んでしまった。

「あぶな」

怒った演技をすると、玲ちゃんはニヤニヤと嬉しそうに腕の力を強める。

偶然倒れ込んだ位置が悪く、顔がかなり近い。
「近い」と顔を背けると「んー!冷たい」と余計に顔を近づけられてしまった。


今日の甘え方はなんとなく普段と違う気がする。
なんだろう
べったべた?
普段もべたべたか

理由は分からないけど普段よりも甘さが増してる。


「玲ちゃん、なんかあった?」

「んー」


言ってはくれないんやね
田村さんには全部話すのに

胸がまたチクチクしてきた。

「まだ眠い?お昼寝する?」

「眠くないよ」

玲ちゃんの抱きつきから腕だけ抜け出し、頭を撫でてあげると「だめだよ寝ちゃう」と困った表情。


何で呼ばれたんやろ
ただ甘えたかったのかな
まりのが帰ったあと田村さんと何を話したんやろ
麗奈さんのこと話してくれなくなって寂しいな
田村さんの方が相談しやすかったのかな


玲ちゃんはそんなこと一言も言ってないのに
どんどんマイナス思考に陥ってしまう。


「玲ちゃんはさぁ…ほんとはまりのじゃなくて麗奈さんとぎゅーしたい?」


……やばい
めんどくさい彼女みたいなこと言ってもうた


玲ちゃんは一瞬驚いた顔をして、すぐに悲しい表情になった。


「そんな悲しい事言わせちゃって本当にごめん…」

まりの分かる
これは、泣き出すやつ
あーやっぱり

玲ちゃんの目から涙がぽろぽろ溢れてきた。


「ちゃうねん、そんな深い意味はないんよ!気にせんで?泣かんでよ〜!可愛い顔が台無しやで」

思わず抱きしめられてる腕から抜け出し、上体を起こす。
玲ちゃんは横になったままだ。

「私は……茉里乃ちゃんがいい」

表情は真顔だが、ソファに涙のシミを増やしながら玲ちゃんはぼそっと呟いた。



やばい、嬉しい
なんやこれ
今まで何とも思わなかったのに
玲ちゃんの全部が可愛く見える



「ふ〜ん」
ニヤけるのを無理やり抑えてるから変な顔になってると思う。

「変な顔」

玲ちゃんが笑ってくれた。
だからもっと変顔をしたらもっと笑ってくれた。


「あのね、今日麗奈さんに告白してくる」

「え」

脈絡のない突然の宣言に驚きすぎて頭が真っ白になった。

「え…っと」

「ずっと考えてたんだよ、麗奈さんと天ちゃんとの関係のこと。
もちろん保乃さんに会う前からね?保乃さんにズバズバ言われたよ。いろいろ。
全部は手に入らんで〜?そんな事も分からへんの〜?って。今思い出しても腹立つわ」


やっぱり
麗奈さんのことを言わなくなったのは田村さんが原因やったんやね


「自分なりに考えて、けじめつけてきますよ」


あんなにへなちょこだったのに
ちゃんと一歩踏み出す決断したんやね
後押しをしたのが田村さんなのがちょっとだけ悔しいけど
でもそんなことどうでもいいくらい嬉しい

玲ちゃんかっこいいやん


「今日茉里乃ちゃんを呼んだのはね、かっこいいとこ見せたくて呼んだの。ダサいとこしか見せてなかったから」

「なんやそれ」


その考え自体がかっこいいじゃなくて可愛いということに気づいてないのが可愛い


「直接言うの?」
「うん、これから電話して会えるか聞いてくる。家いると思うから」
「わかった。頑張り」
「うん」


玲ちゃんは立ち上がり、スマホを片手に寝室へ向かった。

けど

あれ?

何故かなかなか部屋に入ろうとしない。


玲ちゃんは勢いよく振り返り


「ねえやっぱり怖い!茉里乃ちゃん手握ってて!」


前言撤回、へなちょこはへなちょこだ



麗奈さんとはすぐ約束が出来たみたいだ。
天ちゃんに理由を説明し、麗奈さんを借りたいと電話をした時にはめちゃくちゃ詰められていたが、許しは得たみたい。
なんだかんだ天ちゃんは優しい。


玲ちゃんを見送るため、玄関まで着いていく。


「あー、嫌になってきた、胃が痛い」
「今さら何言うとんねん、自分で決めたんやろ」
「そうでーす」
「顔見せて」
「ん」
「うん、涙の跡はないな、おっけ」
「背中叩いて」
「ええで」
「ぐふっ!!!」
「気合い」
「よし!!!行ってくる!」

「おう!フラれてこい!」
「ああ!この人言っちゃったよ!」



玲ちゃんは麗奈さんの家に向かって行った。

なんだか疲れた。
リビングまでの階段をダラダラと登り、ソファにドカッと腰かける。


玲ちゃん
大丈夫かな
麗奈さんにちゃんと言えるかな
天ちゃんとギスギスしたりするのかな
それは嫌だな
みんなと遊べなくなったりするのかな
いやだな


そんな事を考えながらずるずるとソファに横になり、玲ちゃんがまりのを抱きしめるために床に投げたクッションを拾い上げ、抱いていたらいつの間にか眠ってしまっていた。


目が覚めると外は真っ暗。
かなり眠ってしまっていたみたい。

「うわ、よだれやば」

急いでソファを綺麗にしていると、ふと時計が目に入る。

「え」

玲ちゃんを見送ってから3時間が経っていた。

いくら何でも遅すぎひん?
スマホを見ても連絡は何もない。


死んだ?


そう思ったら居ても立っても居られなくなり、家を飛び出した。


コンビニにもいない
ゲーセンにもいない
よく散歩する川にもいない

そしたらもうあそこや

まりの体力無いねんから
手間かけさせんでよ

文句を垂れながらも走ることはやめなかった。

玲ちゃんは近所の大きい公園のベンチに座っていた。

「はぁ、はぁ、…おった、おぇ」

まりのと玲ちゃんが初めて会ったあの公園。


「茉里乃ちゃん」

「探した」

「ごめん」


玲ちゃんの隣に座る。
まだまりのの心臓の鼓動は速いまま。


「どうやった」

「好きでしたって言って1秒でフラれた」

「あはは、麗奈さんらしいやん」

「告白の直後に来週の餃子パーティーに誘われた」

「ほんまに優しい人やな…」

「その後心配した天ちゃんが来て」

「ええ、天ちゃんにも会っとったん」

「殴られるか頭突きかどっちか選ばせてやるって言われて」

「うん、まあしゃーないな」

「コブラツイストされた。死ぬかと思った」

「よかったな、生きてて」


頑張ったな、と玲ちゃんの頭を撫でる。

玲ちゃん泣いちゃうかも
そんなことを考えていたら


「茉里乃ちゃん、泣かないでよ」


ほっぺたを撫でられた。

「え、あれ?」

ぼろぼろと涙が溢れていた。


「いっぱい心配かけたよね、ごめんね、ありがとう、茉里乃ちゃんがいなかったら無理だった」


まりのも怖かった
玲ちゃんが麗奈さんに嫌われちゃうんじゃないかとか
楽しかったみんなとの時間がもう無くなってしまうんじゃないかとか
天ちゃんが悲しい気持ちになっちゃうんじゃないかとか

でも玲ちゃんが一生苦しんでるところを見るのも嫌やった

まりのも苦しかった

でも玲ちゃんの方が苦しかったし怖かったと思うから

玲ちゃん頑張った

まりのの好きな人はみんな優しい

本当に本当によかった


「うえーーん」
「ああ、余計泣いちゃった、よしよし」
「がん゙ばっだのはぁ、れいぢゃんや゙がらぁ」
「鼻水拭いて」
「うえええ」
「号泣だ」

玲ちゃんは子どもをあやすように、まりのの背中を優しくさすってくれた。
泣きたいのは玲ちゃんの方なのに、涙が止まらなかった。

しばらく泣いてやっと涙が引っ込んだ。

「…蚊おるから帰る…」
「はいはい」

玲ちゃんは「行くよ」と手を差し伸べてくれた。
なんだか前よりもすっきりとした表情をしている気がした。


ーーーーーー


「餃子おいしかった?」

「うん、おいしかったよ」

玲ちゃんの告白の翌週に開催された麗奈さんと天ちゃんとの3人での餃子パーティーは何事もなくいつものように楽しく終わったらしい。
天ちゃんには下僕のように扱われ、麗奈さんには既に告白したことをイジられたようだ。


改めてあの2人は本当にすごい。


今日は玲ちゃんの家にネトフリを観に来た。
流行ってるやつを観たかったから。

まりのはソファの真ん中に、玲ちゃんは端っこに座ってる。
くっついてくるかな?と思っていたが、今日はそういう気分じゃないのか、くっついてくることはなかった。

「なあ玲ちゃん、なんかソワソワしてない?」

手に持ってる小説は1ページも進んでないし、なんとなく心ここに在らずな感じ。

「ソワソワなんかしてませんけど」
「あ、そう」

視線をテレビに戻す。

「茉里乃ちゃん、こんな時間だけどさ、それ観終わったら散歩行かない?」

「行く!」

まりのは深夜の散歩が大好き。
1人やと怖いけど、なんだかとってもワクワクするし冒険みたいで楽しいから。

キリのいいところまで観終わり、うちを出た。
いつものルートを二人でだらだらと歩く。

野良猫と戯れたり月を見たりして散歩を楽しんでいると、川にたどり着いた。

「川暗すぎん?こーわ」
「うん」

歩みを止め手すりに手をかけて川を眺める。

「あ、あのね!茉里乃ちゃん」
「うん?」
「伝えたいことがあって…」

かしこまった様子の玲ちゃんに、まりのも思わず背筋が伸びる。

「は、はい」

なに、なにを言われるん

「麗奈さんのことはね、もう本当に諦め…諦め?もう未練は全くなくて、それも茉里乃ちゃんのおかげなんだけど、正直保乃さんに指摘されるずっと前から自分の中では諦めがあって、だから同時に好きな人が二人いたって事じゃないって分かって欲しくて」

「うん?」

「それでね?ずっと話を聞いてくれて弱い自分を見せても引かないでくれてかっこ悪いとこも受け止めてくれて、勇気がない自分の背中の最後の後押しもしてくれて」

「うん」

「自分のことみたいに私の事で泣いてくれて、なんかもう言葉では表現できないところで惹かれてて、こんなに心許せる子初めて出会った」


「え?うん、なに?」

「その…茉里乃ちゃんの事が好きなんだよね」


玲ちゃんは「付き合ってください」と真っ赤な顔で真っ直ぐに目を見つめながらまりのの両手を握った。


まりのも自分の気持ちを自覚し始めていた
夢みたいだ
めちゃくちゃに嬉しい


すぐに返事をしたいけど、素直になれない自分が顔を出す


「まりののこと大事にしてくれる?」

「当たり前です」

「体に悪いからタバコ減らせる?」

「頑張ります」

「まりの浮気されるのとか絶対無理なんやけど」


玲ちゃんはまりのの両手を自分の首元に持っていった。


「浮気したら殺していい」

「わかった、殺す」


なんだか全然爽やかじゃない告白だったけど
まりのは玲ちゃんに思い切り抱きついた。

返事を貰えていない玲ちゃんはもどかしそう。


ちゃんと返事してあげる


「嬉しい、まりのも好きやった、付き合う」


玲ちゃんの顔を見上げると、めちゃくちゃ嬉しそうな顔で笑っていた。
猫みたいな顔だった。


帰り道、手を繋ぎながら歩いた。


玲ちゃんと恋人同士になった
何だか変な感じ
今までも抱きついたり戯れあったりしてたのに
手を繋いでいるだけなのにドキドキする

玲ちゃんもまりのにドキドキしてるのかなと思い、背の高い玲ちゃんの顔を見上げると不意打ちの綺麗すぎる横顔に余計にドキドキさせられた。


悔しい


ふと思ったことを口に出す。


「玲ちゃんさ、なんかかっこよくなったな」

「え?ほんとに!?嬉しいなぁ、モテちゃう?」

「あほか、まりのにだけモテとけばええねん」

「えっ、かっこいい…好き…」



田村さんの勘が全て的中していたことが悔しいけど、報告だけはしてやろうと思う。

まりのに可愛い彼女ができたってな
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