🦉と🧀の話

社会人の酒盛りに付き合わされて2日が経った。

駅まで送ってくれた次の日に

『ほのさんとえっちしなかったよ!』

と聞いてもいないのに玲ちゃんからLINEが来たので、適当なスタンプだけで返事をした。


今日は大学がないので駅まで定期を買いにきた。
家までの近道なので公園を突っ切ろうと思い、歩みを進めるとブランコに腰掛ける女の人が目に留まる。

あ、手振られた。

手招きされたので近づいてみる。


「何してんですか田村さん」


ワイシャツを腕まくりし、先の尖ったパンプスを履き、パンツスーツ姿の田村さんがブランコを漕いでいた。

ブランド物のバッグは地面に雑に置かれている。


「そこの可愛いお嬢さん、お姉さんの話し相手なってや」
「じゃあジュース買ってください」
「玲ちゃんこの子のこういうとこがたまらないんやろなぁ」


田村さんがぼそっと呟いたことの意味は分からなかったけど、自販機でジュースを買ってくれた。

田村さんはコーヒー、まりのはオレンジジュースにした。

ブランコからベンチに移動する。


「何してるんですか?」
「仕事サボっとった」
「うわぁ」
「ちゃんと契約は取ってんで?事前準備をちゃんとしとったから」
「つまり?」
「9割決まってる契約を使って会社のお金で遠出したかった」
「うっわぁ」


「ずる賢いとこ玲ちゃんみたい」と田村さんに言ったら「玲ちゃんがほのみたいなのー」と笑っていた。


「茉里乃ちゃんが帰ったあと玲ちゃんから色々聞いたでー。茉里乃ちゃん、てんちゃん、れなさん、きらちゃん!名前覚えた」

「何聞いたんですか?」

「全部」

「ぜんぶ」

「皆で遊んだのめっちゃ楽しかったみたいやで。玲ちゃん分かりにくいやろ」


初めて会った時の玲ちゃんは人見知りのまりのにもたくさん話しかけてくれて、まりのは楽しかった。
でも確かにその時は玲ちゃんが楽しそうだったかって言われると分かんなかったかも。


楽しかったんや。よかった。


「茉里乃ちゃんから見て玲ちゃんはどんな人?」

「かっこよくて優しくて頭良くて何でもできる人ですかね」


本当はそこに『へなちょ』こと『甘えたがり』も含まれるけど


「やっぱりそういうイメージやんな?
あの子ほんまに器用やからちょっと教えると何でも出来てまうんよ」


ギャンブルもー、タバコもー、お酒もー、女の子の扱い方もー、偉い人に気に入られる方法もーと田村さんは続ける。

「田村さんは玲ちゃんのお姉ちゃんみたいな感じなんですね」
「そうやなぁ悪いことばっか教えてるお姉ちゃんやけどな」
「あと妹に手出すお姉ちゃん」
「うおお…ほの、5個離れてる女の子に罵られとる…」


まりのは事実を指摘してるだけや


「そんな何でもできる玲ちゃんはな。今人生で初めて負けを経験しとる。
ふふ、死ぬほど悔しいやろなぁ」

何のことか分からないのでとりあえずキリッとした顔をしていると
「あはは、何言ってるかさっぱりって顔やな」
田村さんは笑いながら「素直でええわ」と続けた。
分かんないもんは分かんないんやから仕方ない。

「はい、さっぱり分かりません。
玲ちゃんは今誰に負けてるんですか?」

「太陽みたいな子」


ああ


「ほのな、ずっと考えてん。あんまりにも玲ちゃんが人間らしくなっとったから何が理由なんやろって」

「分かったんですか?理由」

「周りの子たちがすごくいい子ってのもあるけど、やっぱりキラキラしてる太陽に浄化されたんやね」


あの子はまりのたちにとっても太陽みたいやから
太陽でヒーローで
まりのも大好き


「例えが分かりにくいです」
「それめっちゃよく言われるわ」
「なんか言ってました?みんなのこと」
「玲ちゃんみんなの事めっちゃ大好きやで。
でも茉里乃ちゃんに一番心開いてると思う」
「ふーん」
「あ、喜んどる。
ほんまほんま、ちょっと嫉妬するくらい」


さっきまでの玲ちゃんを語る田村さんは嬉しそうな表情だったけど、今の田村さんの表情は髪の毛に隠れてよく見えなかった。


「そうですか」

「うん、そんな茉里乃ちゃんにお願いがあんねん」

「なんですか?」

「玲ちゃんのこと大事にしたってな」

「友達やから大事なんは当たり前ですよ」


田村さんがまりのの顔をぽかーんとした顔で見てくる。

なんで?


「あれ?茉里乃ちゃんって恋人おるの?」
「前も言いましたけどいませんよ」
「好きな人とか気になる人は?」
「うーん……おらへんかな」
「今の質問でちょっと思い浮かんだ人おるやろ」


………おる


「その人が茉里乃ちゃんの好きな人かもよ?」
「ゆ、誘導尋問みたいなんやめてください!」
「あはは、冗談やって、怒らんといて」

田村さんが投げた空き缶がゴミ箱に吸い込まれた。


「ちゃんと手綱握ったってな」

「手綱って、犬やないんですから」

「玲ちゃんのリード握ったって」

「犬やん」


田村さんと話していると時間があっという間に過ぎてしまう。
まりのは、さっきからずっと気になっていたことを指摘する。

「めっちゃスマホ鳴り続けてますよ」
「やんなぁ」
「やんなぁって」
「流石に行くかぁ」


田村さんは立ち上がり、バッグを肩にかける。


「サボりに付き合ってくれてありがとうな!」


ほなね!と田村さんは爽やかに数歩進み、立ち止まり、颯爽と茉里乃の方を振り返った。



「駅どっち?」



ーーーーーーー


「ほんまにありがとうな?かっこつけたかったんやけどなぁ」

「全く格好ついてませんよ」


まりのは今、方向音痴の美人をさっきまでいた駅まで送り届けている。


「田村さんいつまでこっちいるんですか?」
「来週には帰んでー、なに?寂しいん?」
「ねぇほんまに玲ちゃんに似てるやだ」
「やからぁ」
「玲ちゃんが田村さんに似とるんですよね。はいはい」
「年上のあしらい方誰に習っとるん?」


駅にもうすぐ着いてしまう。


「あの、田村さん。聞いておかないと後悔するかもしれんから聞きたいんですけど」

「ん?」

「もしかして田村さんって…玲ちゃんのこと…」


最後まで言えなかった。

田村さんはポカンとした表情から驚いた表情へ変わる。


「いやいやいやいやいや!ないないないない!」

「へ」

「無理無理無理!あんなめんどいの頼まれても付き合いたくないわ!」

「そ、そんなに」

「ほんまに玲ちゃんは妹みたいな友達やから!やから茉里乃ちゃん、安心してな?玲ちゃんのこと取らへんから!」

「別にそういうんやないし!」

「ごめんな?不安にさせてもうたな」

「やからほんまにちゃうって!」

「うわ!電車くるやん!付き合おうたら教えてなー!」


田村さんは駅のホームに向かって走っていってしまった。


嵐のような人やったな


二往復目になる家までの道を歩いている間
田村さんの放った
「付き合うたら教えてなー!」
がずっと頭から離れなかった。
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