社会人と高校生


この日が来るまで本当にあっという間だった。
予定を立てたのは1ヶ月前。
いつかはその日が来ると思っていたけど、いざ天ちゃんとの電話を切った後は手汗がすごかったことを今でも覚えている。

麗奈のマンションから歩いて5分
普通の一戸建て


「着いた…」


思わず声を漏らしてしまう。
あっという間に着いてしまった。
そりゃ歩いて5分だもんね…

今日は初めて天ちゃんの家にお邪魔する。



『あ、そういえばさ、親に麗奈のこと話したらうちに連れておいでって言ってた。来るー?』


電話でそう聞かされた時、天ちゃんがあまりにも軽いから事の重要さに気がつくのに数十秒かかった。

「麗奈は土下座の練習しておけばいい?それとも殴られる覚悟?」

『何言ってんの?なんか悪いことしたの?』

気に入られなかったらどうしようとか、もし理解を得られなかったらどうしようとか、天ちゃんに不安を吐き出したら

『あはは、ぜーんぜん大丈夫だから!家族みんな麗奈に会いたがってるよ!』


この言葉を信じて、勇気を出してみることにした。


軽く深呼吸をし、インターホンを押す。


ピンポーン


しばらくしてから

ガチャ

と玄関が開いた。

麗奈の想定していた目線の先には人がいなくて、その遥か下にお顔があった。


「わぁ、ちっちゃい天ちゃんだ」

「こんちゃ」

「こんにちは」


ドタバタとちっちゃい天ちゃんの後ろから足音が聞こえてきた。


「ちょっと!!勝手に鍵開けないでってば!あ!麗奈!」


焦った様子の天ちゃんが後ろから出てきて、妹さんを抱き抱える。

「いらっしゃい。わ、服珍しいね、めっちゃ可愛い」

嬉しい。
今日はかっちり目にしてみたの。

「おじゃまします…」
「どうぞ〜適当に座って」とニッコニコの天ちゃんにリビングに案内される。


「ごめんね、お母さんさっきまでいたんだけど急遽仕事行かなくちゃいけなくなってさ、妹たち見てないといけなくなっちゃった」


1時間2時間で帰ってくると思うから麗奈ちゃんに待っててもらって!と言われているらしい。


「あ、真ん中の妹呼んでくるからちょっとだけ待ってて!挨拶させる!」


天ちゃんがドタバタと二階へ行ってしまった。

今麗奈は1番下の妹さんと2人きり。

あ、目が合った。

ニコっと笑顔を向けてみると
トタトタとこちらにきてくれた。


「こんにちは」
「こんちゃ」
「れなって言います。よろしくね」
「えな」
「そう!れな」
「えな、おえかきしよ」
「いいよ〜」


麗奈がそう言うと、おもちゃ箱からクレヨンと画用紙を持って、カーペットの上に座る麗奈の膝の上にちょこんと座った。


なにこれ…可愛い…


「何歳なのー?」
「うんとね」

お指を3本立てたいみたいだけど、5本立てた指を一本ずつ折り曲げている。

「さんさい!」

指は4本立っていた。

可愛い…

麗奈の膝に乗って画用紙をクレヨンでぐりぐりしてる妹さんに話しかける。


「天お姉ちゃんやさしい?すき?」

「てんすき!いっぱいあそんでくれるの」


天ちゃんおうちだとちゃんとお姉ちゃんやってるんだ。
麗奈の前では甘えんぼだし、大園ちゃんの前ではお子ちゃま全開だけど、そんな一面もあるんだぁとほっこりしていると


「麗奈お待たせー…ってめちゃくちゃ懐かれてんじゃん」

天ちゃんが戻ってきた。

「天ちゃんの彼女さん!?うわ!めっちゃ美人じゃん!肌白!」

2番目の妹さんが天ちゃんの後ろから覗き込む。

「おまえ失礼だぞ、挨拶しろ」

「こんにちは!」

「こんにちは、守屋麗奈です。よろしくね」


2番目の妹さんはそこまで顔はそっくりじゃないけど、喋り方と声が天ちゃんそっくりだ。


「何歳なの?」
「12歳です!小6です!来年中1です!」
「わぁ〜お姉さんだ〜」
「麗奈ちゃんは何歳なの?」
「何歳に見えるー?」
「あ!外したら怒られる難しいクイズって天ちゃんに教わったやつだ!」
「天ちゃん…?」


細めた目で天ちゃんを睨む


「ち、ちがうの、麗奈のことじゃないよ?」
「あー!天ちゃんが動揺してる!」
「うるさいな!静かにしてて!」
「えな!みて!いぬ!」


賑やかなおうちだ。
お邪魔してから約1時間くらい
今、麗奈のお膝には3番目の妹さん、麗奈の右側には2番目の妹さんに挟まれている。

「麗奈ちゃんはお料理とかするのー?」
「するよー」
「今度教えてよ!」
「いいよ〜」

真ん中の妹さんにずっと右腕を組まれてるし

「えな、なにいろしゅき?」
「麗奈はピンクが好きだよ」
「ねこ、ぴんくにする」
「いいね〜」

2人に別々のことを話しかけられて、聖徳太子気分

天ちゃんはダイニングテーブルの椅子に座りながら、頬杖をついてテレビを見てる。

妹ちゃん達とお話ししてばかりでしばらく天ちゃんの声を聞いてなかったかも。


「麗奈ちゃん麗奈ちゃん」

右腕をツンツンされた。

「ん?」
「なんか天ちゃん怒ってる」
「え」

天ちゃん、会話に入ってこないなーくらいにしか思ってなかった。

怒ってる天ちゃんは、出会ってから初めて見たかもしれない。


2番目の妹さんが気をつかって話しかける。


「天ちゃーん、お母さんいつ帰ってくるって言ってた?」

「んー、もうすぐじゃん?」

視線はテレビのまま、こっちを見てくれなかった。


しばらくしてから
ガチャ、と玄関の扉が開く音がした。


「おかしゃ!」
3番目の妹さんが麗奈の膝から飛び降りて玄関に駆け出す。

麗奈も慌てて立ち上がると、天ちゃんのお母さんが帰ってきた。

「ただいま…あら!べっぴんさんねぇ」

「は、初めまして!」

「ああ、お母さん、おかえり」

天ちゃんが麗奈のことを紹介してくれた。

「守屋麗奈です」

「麗奈ちゃん〜天から聞いてるわよ〜」

「あ、あの!」


麗奈が話そうとしたら、脚と腕に衝撃。


「お母さん!麗奈ちゃんと今度料理する約束した!」
「えなともっとあそぶ!」


天ちゃんのお母さんはびっくりした顔をしていたけど、すぐ柔らかい表情に戻った。


「皆んなすっかり麗奈ちゃんの虜じゃない」


なんて嬉しいお言葉
天ちゃんのお母さんはずっとニコニコしている。
なんか受け入れてもらえてるみたいで嬉しいな。
お母さんとお話ししてる間も天ちゃんはテレビを見ていたけど。


「ほら、麗奈ちゃんは天のお客さんなんだから解放してあげて」

「えー」
「やだやだ!」

天ちゃんのお母さんは駄々をこねる妹さんたちを宥めながら気を遣ってくれた。

「天、麗奈ちゃん部屋連れてってあげな」
「はーい、麗奈いこ」


部屋2階、と先導する天ちゃんに着いていく。


TENと妹さんが作ったであろう看板がかかっている部屋に入る。


「わぁ、ここが天ちゃんの部屋かぁ」


学習机とベッドとカラーボックスが2つのシンプルなお部屋。

あ、麗奈と撮った写真が机に飾られてる。
なんか嬉しいな。

麗奈は扉を後ろ手で閉め

「天ちゃん、怒ってる?」

気になってたことを直球で聞いた。


「……出てる?」

「うん、妹さんも気づいてたよ」

「うわぁああ」


天ちゃんは叫ぶとベッドにうつ伏せに横たわった。

「妹に気つかわせて最低なお姉ちゃんだぁあ!
あ、その辺適当に座って」


気づかいは忘れない天ちゃん。
麗奈はベッドの側に座り天ちゃんの方を向く。

「ごめんね?何かしちゃった?」

「ちがいます、麗奈も妹もひとつも何も悪くありません、1人で勝手にめっっっっちゃくちゃ嫉妬してました」


普段こんなにまでならないんだけど
と天ちゃんは続けた。


麗奈が妹さん達に囲まれてるのを見て嫉妬してたの?
なにそれ、可愛すぎるんだけど…
口元を押さえてニヤニヤを隠していると


「麗奈、来て」


天ちゃんがうつ伏せから仰向けに体勢を変えて、手を大きく広げた。


「麗奈私服だけどベッド乗っていい?」
「ん、いい、おいで」


よいしょと天ちゃんの腕の中に収まるとぎゅーーっと力を入れて抱きしめられた。
甘えたいのかな?
天ちゃんはよいしょよいしょと移動して麗奈の腕の中に収まる。
抱きつきながら麗奈に頭をぐりぐりしてくるから、よしよしと頭を撫でてあげた。


「……天ちゃんの麗奈だもん、天ちゃんの方がずっと長く麗奈のこと好きだし、初めて見た時から好きだったもん、あの子らいっつも人のものとるし、親もお姉ちゃんだから譲ってあげろって言うし」


天ちゃんはまだ嫉妬が収まらないのかぶつぶつと不満をもらす。


「ごめんね?きらまりちゃん達と遊んだ時もほんとは嫌だったりしたの?」

「ううん、ぜーんぜん嫌じゃない。むしろ麗奈はこんなに可愛くていい子なんですって見せびらかしてまわりたい」

「妹ちゃん達だけがやなんだ」

「うん…昔からね、ゲームもテレビもおもちゃもお母さんもお父さんも全部譲ってきたし別になんも思わなかったけど、麗奈だけはほんとにやだ、取られたくない」

こんなに嫉妬したの初めて、と困ったように笑う天ちゃん。


天ちゃんの部屋のカラーボックスの下の段は3番目の妹さんのおもちゃが入っていた。
たぶん天ちゃんの部屋でも遊ばせてるんだと思う。
家では年の離れた妹さんたちのお姉ちゃんでたくさんたくさん我慢してきたんだろうな。

麗奈の前では何も我慢しないで欲しいな


「大丈夫、麗奈は天ちゃんのだよ〜」


回した腕で背中をポンポンすると天ちゃんは嬉しそうに笑った。

「天ちゃんのなのー?」
「そうだよ」
「取られない?」
「取られません」
「天ちゃんのこと好き?」
「だーいすき」
「ふへへ」

じゃあ大丈夫だ
と天ちゃんはいつもの雰囲気に戻った。


「ところでさ、この部屋いきなり妹ちゃん達がドア開けて突撃してくるってことない?」
「ん。大いに有り得る。麗奈のことベッドで抱きしめといてあれだけどずっとヒヤヒヤしてる」
「だよね」
「起きよっか」
「うん」


そのあとは天ちゃんの部屋を見たり、小学生の時のアルバムを見たりして過ごした。
真っ黒に日焼けしていてヤンチャなことが伝わってくる写真ばかりだった。
かわいい。


しばらくして、「えなちゃああああ」と下の階から妹さんの叫び声が聞こえてきた。

「はぁ…」
天ちゃんはため息をついて頭を抱えた。

「ふふ、行こうか」
「ごめんね、ありがとう」


アルバムを元の場所に戻して下の階に向かった。


「もーー!!うるさいな!!ぐるぐるの刑だ!!」
「てん!」
リビングに入ると天ちゃんは妹さんを抱きかかえて遊び始めた。
お姉ちゃんも大変そうだなぁ。

「麗奈ちゃん」

天ちゃんのお母さんに話しかけられる。

「はい!」

「ふふ、緊張しないで、来てくれてありがとうね。お土産までもらっちゃって」

「いえ、呼んでいただいて嬉しかったです」

「お父さんも会いたがってたのよ、天が真剣な顔で麗奈さんの話するから何事かと思ったらとってもいい子でお母さんも嬉しいわ。お父さんに自慢しちゃおうかしら」

「ありがとうございます!絶対また来ます!」


「天のことよろしくね」

最後の言葉はこっそりと伝えられた。

「はい!」


時間はあっという間に経ち、天ちゃんの家をあとにする。
帰り際の山﨑家のお見送りがすごかった。
3番目の妹さんなんて号泣していた。

天ちゃんが麗奈のうちまで送ってくれるって。


「今日はありがとね!麗奈が来てくれて嬉しかったよ〜」

「麗奈こそありがとうだよ、妹さん可愛いしお母さん優しいし、天ちゃんのお部屋見れて嬉しかった」

「よかった、マジみんな麗奈のこと好きすぎ。
そういえばお母さんと何話したの?」

「んー?天ちゃんのことよろしくねって」

「うっわまじか、恥ずかしすぎ」


いま麗奈はとてもホッとしている。
心のどこかで天ちゃんとずっと一緒にいられるのか心配していたから。
本当によかった。


「妹ちゃん達と天ちゃんそっくりだったね」

「それめっちゃ言われる、とくに3番目とは同じ顔だって」

「可愛かったなぁ」

「毎日だと本当にうるさいよ?」

「1人くれない?」


「もう1番大きいの麗奈のでしょー。
だめー」



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