番外編



カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます。
枕元にあるはずのスマホをまさぐり、時間を確認すると

画面は7:56

ああ、まだこんな時間だ。
今日は気が済むまで寝よう。
なんせ土曜日だもの…
こういうのってちょっと幸せだよね…

布団に潜り直し、瞼を閉じる。

意識を手放しかけた時、


ヴーヴー…ヴーヴー


スマホが震え出した。

私のちょっとした幸せが…

若干イラつきながら着信画面を見ると


【守屋麗奈】


一瞬で脳が覚醒する
すぐさま通話ボタンを押した。

「もしもし麗奈さん、どうしました?」

『残念だな!天ちゃんだよ!』


プツッ


さあ、二度寝だ二度寝だ


ヴーヴー…ヴーヴー…ヴーヴー…ヴーヴー


ピ


「もう何!?」

『ごめん!大園ちゃん、寝てた?』

「うわ!今度は麗奈さんだ!すみません!」

『大園ちゃんさ、今日空いてる?』

「空いてます」



あなたのためなら空いてなくても空けます。
元々予定なんかないけど。



「でさぁ、麗奈さんは?」
「麗奈は実家帰ったよ」
「それって詐欺じゃない?」


夕方、集合場所に向かったら麗奈さんはいなくて、代わりに天ちゃんがいた。

麗奈さんが今日上映の映画のチケットをくれたらしいが、麗奈さんも山﨑一家も帰省、天ちゃんのお友達も捕まらず、私に声をかけたんだって。
家族と帰省しないの?って聞いたら
バイトだったのに入りすぎてなくなったの!とぷんぷんしていた。

今日、私はどうやら暇を持て余してるガキンチョの相手をさせられるらしい。


「だって麗奈が感想教えてっていうんだもん。仕方なくだから!仕方なく!」


麗奈さんのためなら嫌いな私と遊んじゃうのか、この子は。

「どんな映画なの?」
「これ」

チケットを見ると流行ってるミステリー映画。
あ、これ見たかったやつだ

「なんかね、全部麗奈がやってくれたの。お前が今日空いてるってのも麗奈が教えてくれた」

麗奈さん、それはいくらなんでもプライバシーの侵害では。

「あ、そう、ところでさ」
「ん?」
「近い、歩きにくい」


このガキ、山﨑天はとにかく距離が近い。
隣に並んで歩く時も肩が触れるくらい近い。
なんならたまに手が触れる。


「え、ごめん」
「なんなの?麗奈さんの教育?私のこと狙ってるの?」
「は?きんも、何言ってんの?あ、あぶない」


歩道を走ってきた自転車から私を庇うため、天ちゃんに肩を抱き寄せられる。


「もう!危ない自転車だなぁ!」

「助けてくれてありがとう、もういいから、離してもらえるかな?」

「ああ、うん」

「天ちゃんさ、モテるでしょ」


そういえばずっと車道側歩いてるし、さらっとエスコートするし、
この子無意識なんだろうな


「モテないよ!告白はめっちゃされるけど」

「そうなんだぁ」


自分で振ったけど何も理解してない天ちゃんがめんどくさくなったから適当に流した。


映画自体は面白くてあっという間に終わった印象。
上映中、ちらっと隣に座る天ちゃんを見ると、頭にハテナが浮かんでいた。


「だからぁ、何回言えばわかんの?あの時のあれが伏線なの。あそこであの人がああ言ってたでしょ?」
「あ!わかった!やっと分かった!こういう事だ!」
「違うから!何なの?違う映画観てたの?」
「もっと優しく教えてよ!バカ!意地悪!」


言い合いしながら映画館を後にする


「じゃあ、麗奈さんに感想言ってあげなね、じゃ」
「待って、ごはんうちに無いからご飯食べよ」
「何なの?1人になると死ぬの?」
「うるさい!行こうよ!」
「分かったから!腕掴むな!」


麗奈さん、あなたの彼女人懐っこすぎやしませんか?
大型犬か何かですか?


駅の賑わってる方に2人で向かう。


「何にするー?」

「天ちゃんのリクエストでいいよ。
普段麗奈さんと行かないけど行ってみたいとことかさ、せっかくどうでもいい奴とご飯行くんだから」

「本当に!?そしたらさ!」

「うん」


夕飯は牛丼チェーンになった。
私も好きだからいいけど。

夕飯を済ませた後、家に帰っても1人で寂しいと駄々をこねるガキンチョをなんとか家に送り届け解散した。


つ、疲れた…


自宅へ帰り部屋着に着替えると

ヴーヴー…ヴーヴー…

また電話だ

画面を確認すると

【守屋麗奈】


いま帰省してるはずだから、本当の麗奈さんだ!


「はい!」

『大園ちゃん、今大丈夫?』

「もちろん!」

『ふふ、今日はありがとね、天ちゃんの相手してくれて』

「ひどいですよ!麗奈さんと会えると思ったのに」

『ごめんごめん、天ちゃんも楽しかったみたいでさ、すぐに電話きて大園が大園が〜って』

「麗奈さんの彼女、なんなんですか?うちに泊まろうとしましたよ?」

『可愛いでしょ〜?人懐っこくて子犬みたいだよね♡』


いえ、私には大型犬にしか見えません。


『映画良かったでしょ?』

「面白かったですけど、麗奈さんこれ最初から仕組んでたでしょ」

『ええ〜?何のことかなぁ〜』

確信しました。
映画も私が観たいって麗奈さんに言ってたやつだし、帰省なんて当日に決まるものじゃないし、どうせ天ちゃんの友だちにも予定聞いてたんでしょ。

天ちゃんも私も最初から手のひらで転がされてたのね。


『2人に仲良くなって欲しかったの♡』


私あなたの事が好きなんですけど。
あなたの彼女と仲良くなって欲しいって鬼か悪魔ですか。
…それでも好きなんだけどね。


『天ちゃんも大園ってあんな奴だけど優しいんだねって言ってたよ〜。だからまた遊んであげてね♡』

じゃあまた会社で
と言って電話が切られた。


決めた。
絶対に今日の分の借りを返してもらおう。
居酒屋でも映画でも何でもいいや。
せっかくの土曜日をガキンチョのお守りで潰された罪は償ってもらう。


せっかく整理したのに
私のスマホの電話帳に
【がきんちょ(天)】
という文字が増えてしまったじゃないか。



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