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魔法にかけられて

これでしばらくは静かだろう。
心を乱す存在を排除したキッチンで、御堂筋は大きめに切った野菜と塩コショウで下味を付けた肉を炒めていた。
御堂筋が、皮を剥いた後の野菜くらい切らせてやれば良かったのかと坂道を見れば、ソファーベッドから身を乗り出してアニメに夢中になっているから、お互いの邪魔にならずこれで良かったのだろう。
シチューが出来上がるのは、ちょうどアニメのエンディングテーマが流れてる頃だった。
御堂筋は皿に盛ったシチューを両手に、口にはスプーンの柄を咥え、小脇に冷蔵庫に入っていた炭酸水のペットボトルを持ってローテーブルに運ぶ。
いつの間にかソファーベッドから降りた坂道は前にあったローテーブルを越え、テレビの目の前まで移動してるから、御堂筋は「近すぎや」とリモコンでテレビを消し、「まだエンディングが…」と項垂れる坂道を持ち上げてソファーベッドまで強制送還。
御堂筋は坂道の隣に腰をおろすと、手を合わせて小声で「いただきます」と呟いてから、一旦置いていたスプーンを手に持ち「結局何も作らんかったね?」と坂道に一つイヤミを吐く。
作る手間など造作もないし、隣で食事をする坂道がいるのなら特に不満も無かったが、ついイヤミを言ってしまうのが癖になってる。
坂道の方もそれがただの癖だと理解しているし、癖じゃなく本当に近いイヤミだったとしても交わし方は心得ていた。
「じゃあ、最後に僕が仕上げるよ!」
坂道は、そう言って食べようとしていた御堂筋のスプーンを止めると、顔の前で両手をハートにして鼻に掛かった声を出す。

「美味しくなーれ!萌え萌えきゅんっ!」

おどければ「アホらし」とイヤミをやめると理解していた坂道が「あはは」と笑って御堂筋を見れば、持っていたスプーンが小刻みに震え、柄の部分がテーブルを鳴らしていた。
「二つ…聞きたいことがあるんよ?」
御堂筋の低い声に、ふざけていた坂道は顔面蒼白。
正座をして「はい」と返事する他なかった。
「坂道ィはそーいう事する店ぇ、よく行くん?」
「い…いえ、テレビで見ただけで行った事はないです…だから魔法上手く掛けられなかった…みたい?」
坂道は誤魔化し笑いをしたが、「ほぅ」とだけ言う御堂筋の底無しの威圧感は変わらなかった。
「二つ目」
その声に背筋を正す坂道に御堂筋は言う。

「それシチュー食べられなくなる覚悟して言ぅてる?」

自分に覆い被さる大きな影を見上げた坂道の背後で、カチャンとソファーベッドの金具の音がした。
背面が動くと坂道は正座の体勢のままフラットになったソファーベッドにころんと転がり、状況を理解する。
このソファーベッドは、いまソファーからベッドに変わったのだ。
キッチリしている御堂筋の部屋では、ベッドがベッドとしてやりっ放しになることはなくて、使う時だけその姿になるのを坂道は知っていた。
だから御堂筋の言う覚悟などしてはいなかったが、坂道は自分と共に転がってきたクッション件マクラで顔を隠しながら「うん」と嘘をついた。
坂道は御堂筋の機嫌を直す方法は知っている。
そう答えれば、例えそれが嘘だと御堂筋も分かっていても、坂道に触れる手はどこまでも柔らかく優しくなるから。
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