魔法にかけられて
大学に入って独り暮らしを始めた御堂筋の家のドアを合鍵を使って開けようとしている坂道の両手にはスーパーのビニール袋。
慣れたはずの鍵だったが、ビニール袋に入った野菜達の重みで鍵穴に上手く鍵が入らない。
自分の腕力に見切りをつけた坂道が手を上げるのを諦め、背伸びをして何とか鍵穴に鍵を近づける努力をしていると、ガチャリとドアの方が開いた拍子に鍵が鍵穴にすんなり刺さった。
「あ、刺さった」と喜ぶ坂道の頭上から「開けられてはないねェ?」と降ってくる。
刺された鍵を引き抜き、玄関脇に置かれた自らの鍵の隣に置いた家主はシャワーを浴びていた様で、多分カチャカチャとドアを掠める鍵の音を聞いて風呂場から出てきたんであろう髪から雫を落としていた。
坂道はドサッと玄関に重たかったビニール袋を下ろすと、ふぅと一息ついてから「ちゃんと髪の毛拭かないと駄目でしょ」と母親のような口調で言いながら、御堂筋の肩に掛けられていたバスタオルでガシガシと頭を拭き始める。
その拭き方が余りにも雑なのは、身長差のせいで坂道には御堂筋の頭にあまり届いてないから。
正直、たまに髪の毛が引っ掛かって痛い。
それに、そもそもドアを開けにくる原因を作ったのは坂道。
御堂筋は、そんな事を思っていたが口には出さず、しゃがみこんで坂道が髪を拭きやすいようにだけしてやった。
そのまま気が済むまで拭かせてやってから、坂道の持ってきたビニール袋を持ち上げ、立ち上がりついでに玄関の鍵をカチャンと閉めると、立ち上がりきる直前に坂道の方から御堂筋に口付ける。
御堂筋はそのまま坂道を抱き締めそうになったが、手にあったそれなりの重さのあるビニール袋の中身が坂道の体に当たってしまうと思い留まって、何事もなかったかの様に身を起こしてビニールの中身を確認した。
じゃがいも、玉ねぎ、人参。
肉とルーの箱の入った計二袋。
「カレー?」
中身から推測した御堂筋が呟くと、坂道は「ブッブー!」と胸の前で両手をクロスしてから、「正解はシチューでした!」と両手を上げたオーバーリアクションを取る。
御堂筋は「さよか」とリアクション薄く、短い廊下を抜けてキッチンへと荷物を運んだ。
大学でもロードは続けている。
やはりレベルは高くて、御堂筋は部活が終わった後もトレーニングがてら走り込んでいた。
坂道から家に行くと連絡が来て、合鍵で入ってるから練習が終わってから帰ってきたらいいと言われたが、自力で中々部屋に入ってこれなかった所を見ると、御堂筋が練習を少し早めに切り上げて帰宅していたのは正解だろう。
キッチンで手を洗いながら「練習で疲れてるだろうからシチュー作ってあげたいなと思って…」と微笑む坂道の姿に「新妻みたいやね」と御堂筋は言う。
この新妻ときたら、その疲れる練習メニューを同じくこなしてるのだから、完璧すぎる新妻だ。
御堂筋はそう思ったが「昨日、お母さんに作り方聞いたんだ」という不安になる一言に、坂道の握る包丁の動きから目を離せなくなった。
じゃがいもを握る左手はじゃがいもに爪が刺さるんじゃないかというほど力が入っていて、それに向かう包丁の刃先の先には、その左手の親指。
「待った…お母さんになんて聞いたん?」
不安になった御堂筋が尋ねると「親指当てながら皮剥くって教えてくれたよ」と手を止めた坂道が答える。
多分、そっちの親指の話やない。
御堂筋は思った。
確かに口頭でじゃがいもの皮の剥き方の説明をするのはハードルが高いから坂道の母を責める事はしない。
しかし、我が子のレベルを考えたら一旦説明をやめて、そもそもじゃがいもの皮を剥く事を止めるのも親心ではないのかと御堂筋は考えた…が、親心など考えてもよく分からなかったから考えるのをやめる。
その代わりにキッチンに立ち、坂道から包丁とじゃがいもを取り上げると、器用に小さな芽を取りながら皮を剥き始めた。
「玉ねぎさんの皮も剥くんやろ?」
手持ち無沙汰になった坂道に言うと、坂道はビニール袋から玉ねぎを取り出して、手で皮を剥き始めながら「御堂筋くんはなんでもできて凄いな…いつでもお嫁さんになれるね?」などと言ってるから「なんでボクぅが」と鼻で笑っていたら、坂道の手が止まる。
「僕なんの役にも立たないから…御堂筋くんのお嫁さんには…なれないね?」
グズっと鼻をすすった坂道が手首で鼻を少し擦ると、大きな瞳から一粒の涙を溢した。
何の役にも立たないことなんてない。
例え坂道の手足が全く動かなかったとしても、それは変わらないのに…と御堂筋が動揺していると、坂道は玉ねぎを見つめて呟く。
「玉ねぎって目に染みるね?」
御堂筋は大きく溜め息を吐いてから坂道によく手を洗わせ、リビング件寝室のテレビに坂道の置いていったアニメのDVDを流すと、ソファーベッドに坂道を座らせた。
慣れたはずの鍵だったが、ビニール袋に入った野菜達の重みで鍵穴に上手く鍵が入らない。
自分の腕力に見切りをつけた坂道が手を上げるのを諦め、背伸びをして何とか鍵穴に鍵を近づける努力をしていると、ガチャリとドアの方が開いた拍子に鍵が鍵穴にすんなり刺さった。
「あ、刺さった」と喜ぶ坂道の頭上から「開けられてはないねェ?」と降ってくる。
刺された鍵を引き抜き、玄関脇に置かれた自らの鍵の隣に置いた家主はシャワーを浴びていた様で、多分カチャカチャとドアを掠める鍵の音を聞いて風呂場から出てきたんであろう髪から雫を落としていた。
坂道はドサッと玄関に重たかったビニール袋を下ろすと、ふぅと一息ついてから「ちゃんと髪の毛拭かないと駄目でしょ」と母親のような口調で言いながら、御堂筋の肩に掛けられていたバスタオルでガシガシと頭を拭き始める。
その拭き方が余りにも雑なのは、身長差のせいで坂道には御堂筋の頭にあまり届いてないから。
正直、たまに髪の毛が引っ掛かって痛い。
それに、そもそもドアを開けにくる原因を作ったのは坂道。
御堂筋は、そんな事を思っていたが口には出さず、しゃがみこんで坂道が髪を拭きやすいようにだけしてやった。
そのまま気が済むまで拭かせてやってから、坂道の持ってきたビニール袋を持ち上げ、立ち上がりついでに玄関の鍵をカチャンと閉めると、立ち上がりきる直前に坂道の方から御堂筋に口付ける。
御堂筋はそのまま坂道を抱き締めそうになったが、手にあったそれなりの重さのあるビニール袋の中身が坂道の体に当たってしまうと思い留まって、何事もなかったかの様に身を起こしてビニールの中身を確認した。
じゃがいも、玉ねぎ、人参。
肉とルーの箱の入った計二袋。
「カレー?」
中身から推測した御堂筋が呟くと、坂道は「ブッブー!」と胸の前で両手をクロスしてから、「正解はシチューでした!」と両手を上げたオーバーリアクションを取る。
御堂筋は「さよか」とリアクション薄く、短い廊下を抜けてキッチンへと荷物を運んだ。
大学でもロードは続けている。
やはりレベルは高くて、御堂筋は部活が終わった後もトレーニングがてら走り込んでいた。
坂道から家に行くと連絡が来て、合鍵で入ってるから練習が終わってから帰ってきたらいいと言われたが、自力で中々部屋に入ってこれなかった所を見ると、御堂筋が練習を少し早めに切り上げて帰宅していたのは正解だろう。
キッチンで手を洗いながら「練習で疲れてるだろうからシチュー作ってあげたいなと思って…」と微笑む坂道の姿に「新妻みたいやね」と御堂筋は言う。
この新妻ときたら、その疲れる練習メニューを同じくこなしてるのだから、完璧すぎる新妻だ。
御堂筋はそう思ったが「昨日、お母さんに作り方聞いたんだ」という不安になる一言に、坂道の握る包丁の動きから目を離せなくなった。
じゃがいもを握る左手はじゃがいもに爪が刺さるんじゃないかというほど力が入っていて、それに向かう包丁の刃先の先には、その左手の親指。
「待った…お母さんになんて聞いたん?」
不安になった御堂筋が尋ねると「親指当てながら皮剥くって教えてくれたよ」と手を止めた坂道が答える。
多分、そっちの親指の話やない。
御堂筋は思った。
確かに口頭でじゃがいもの皮の剥き方の説明をするのはハードルが高いから坂道の母を責める事はしない。
しかし、我が子のレベルを考えたら一旦説明をやめて、そもそもじゃがいもの皮を剥く事を止めるのも親心ではないのかと御堂筋は考えた…が、親心など考えてもよく分からなかったから考えるのをやめる。
その代わりにキッチンに立ち、坂道から包丁とじゃがいもを取り上げると、器用に小さな芽を取りながら皮を剥き始めた。
「玉ねぎさんの皮も剥くんやろ?」
手持ち無沙汰になった坂道に言うと、坂道はビニール袋から玉ねぎを取り出して、手で皮を剥き始めながら「御堂筋くんはなんでもできて凄いな…いつでもお嫁さんになれるね?」などと言ってるから「なんでボクぅが」と鼻で笑っていたら、坂道の手が止まる。
「僕なんの役にも立たないから…御堂筋くんのお嫁さんには…なれないね?」
グズっと鼻をすすった坂道が手首で鼻を少し擦ると、大きな瞳から一粒の涙を溢した。
何の役にも立たないことなんてない。
例え坂道の手足が全く動かなかったとしても、それは変わらないのに…と御堂筋が動揺していると、坂道は玉ねぎを見つめて呟く。
「玉ねぎって目に染みるね?」
御堂筋は大きく溜め息を吐いてから坂道によく手を洗わせ、リビング件寝室のテレビに坂道の置いていったアニメのDVDを流すと、ソファーベッドに坂道を座らせた。
1/4ページ