割れた星
小野田が海外へ旅立つ日、空港には同窓会の様に総北のメンバーが揃っていた。
自分が丸ごと入ってしまいそうな大きなキャリーバッグを引く小野田の背中は小さいのに、俺達が未だ誰も見たことのないステージに上がっていくとは信じがたいが、コイツなら絶対にやると信じていた。
そんな小野田の傍らには、ゆらりと重心の定まらない不気味な雰囲気を持つ男。
その男は、俺達に挨拶してこいと言うかの様に小野田のキャリーバッグを預かり、俺達に背を向けた。
「み…みなさんにこうして…来ていただけるなんて…光栄…です!」
小野田が感極まって泣き出すから、みんなそれぞれに小野田を励ましたり、門出に泣くなと声を掛ける。
「初戦は絶対に応援に行ったるわ!」
鳴子が小野田にヘッドロックを掛けながら言う。
「これからも頑張らないとな、小野田」
金城さんが小野田の頭を撫でながら言う。
けど、俺は何も言えなかった。
その代わりに、小野田のキャリーバッグを持つ男に声を掛ける。
「御堂筋」
「は?なんや弱泉くん。サカミチと仲良ししなくていいん?」
その男…御堂筋は小首を捻りながら俺の顔を見る。
「あぁ…御堂筋もプロ契約おめでとう」
「キミ、シャチョーなんやてね。サカミチを部下にするんは出来なかったみたいやけど」
勝ち誇った様な顔に見えるが、俺は気が付かない振りをして平静を装う。
「優秀な部下を取られたよ」
俺は身に付けた処世術で返すが、ニヤニヤと笑う御堂筋に処世術など通用する訳もない。
何故、こんな男と小野田は…と、何度思ったか数えきれる訳もない。
「小野田か、プロか、どちらかにすればいいのに」
イヤミのつもりで言ったが、それはただの負け犬の遠吠え。
さぞ御堂筋がニヤニヤするかと思ったら、違った。
御堂筋は、真剣な顔で小野田を見ながら言う。
「どちらかなんてありえん。サカミチが居ったからここまでこれたんや」
俺は御堂筋のそんな顔を初めて見た。
その顔には、幾つもの傷痕。
指先はいつか見た坂道よりも焼けていた。
二人は、どれだけ走ったのだろう。
脇目も振らず、お互いと二人の目標だけを見て。
小野田に目をやると、泣きじゃくりながらぐしゃぐしゃの顔でみんなに言っていた。
「御堂…筋くんが居てくれたから…ここまで…来れたんです」
御堂筋が泣き崩れる小野田に手を差し伸べれば、小野田は吸い込まれる様に御堂筋の腕に収まり、御堂筋に涙を拭かれる。
まるでそう寄り添ってるのが当たり前の様に。
「みなさん、ありがとうございますぅ。残念やけど時間やね」
そう宣言する御堂筋に一瞬の静寂。
御堂筋は続けて言った。
「ちょっと世界一取ってきますわ…二人で」
先ほどとは違う、昔と変わらない厭らしい笑み。
しかし、ロードの勝者は一人しか居ないと言い続けていた御堂筋は、そこに居なかった。
そんなのは無理と謙遜する小野田もそこにはいなくて、その宣言を信じる様に微笑んで御堂筋を見ている小野田は輝く星の様なオーラを強めて御堂筋さえも飲み込む。
いや、違う。
お互いを見つけだし、離れていた時間を埋めるように走って、走って、走って。
完全体になった星が、また一つになって本来の輝きを取り戻したのか。
二人は一つの星の様だった。
俺は完敗だと思う。
ここまでハッキリと勝敗が分かれると、悔しさすらもない。
強制された訳ではなく自分で選んだ道なのに、どこか自分がロードを続けられてさえいれば小野田の隣にいたのは俺だったかもしれないという気持ちがあった。
でも、小野田が探していた小野田の片割れは俺ではないから、隣にいたのが俺だったならば小野田は今頃あの光を失っていたかもしれない。
俺は声を出さずに『がんばれ』と口だけで小野田に伝えると、小野田は俺を真っ直ぐ見て「ハイ!」とあの顔で答えるから、必ず取るだろう。
世界一を。
END
自分が丸ごと入ってしまいそうな大きなキャリーバッグを引く小野田の背中は小さいのに、俺達が未だ誰も見たことのないステージに上がっていくとは信じがたいが、コイツなら絶対にやると信じていた。
そんな小野田の傍らには、ゆらりと重心の定まらない不気味な雰囲気を持つ男。
その男は、俺達に挨拶してこいと言うかの様に小野田のキャリーバッグを預かり、俺達に背を向けた。
「み…みなさんにこうして…来ていただけるなんて…光栄…です!」
小野田が感極まって泣き出すから、みんなそれぞれに小野田を励ましたり、門出に泣くなと声を掛ける。
「初戦は絶対に応援に行ったるわ!」
鳴子が小野田にヘッドロックを掛けながら言う。
「これからも頑張らないとな、小野田」
金城さんが小野田の頭を撫でながら言う。
けど、俺は何も言えなかった。
その代わりに、小野田のキャリーバッグを持つ男に声を掛ける。
「御堂筋」
「は?なんや弱泉くん。サカミチと仲良ししなくていいん?」
その男…御堂筋は小首を捻りながら俺の顔を見る。
「あぁ…御堂筋もプロ契約おめでとう」
「キミ、シャチョーなんやてね。サカミチを部下にするんは出来なかったみたいやけど」
勝ち誇った様な顔に見えるが、俺は気が付かない振りをして平静を装う。
「優秀な部下を取られたよ」
俺は身に付けた処世術で返すが、ニヤニヤと笑う御堂筋に処世術など通用する訳もない。
何故、こんな男と小野田は…と、何度思ったか数えきれる訳もない。
「小野田か、プロか、どちらかにすればいいのに」
イヤミのつもりで言ったが、それはただの負け犬の遠吠え。
さぞ御堂筋がニヤニヤするかと思ったら、違った。
御堂筋は、真剣な顔で小野田を見ながら言う。
「どちらかなんてありえん。サカミチが居ったからここまでこれたんや」
俺は御堂筋のそんな顔を初めて見た。
その顔には、幾つもの傷痕。
指先はいつか見た坂道よりも焼けていた。
二人は、どれだけ走ったのだろう。
脇目も振らず、お互いと二人の目標だけを見て。
小野田に目をやると、泣きじゃくりながらぐしゃぐしゃの顔でみんなに言っていた。
「御堂…筋くんが居てくれたから…ここまで…来れたんです」
御堂筋が泣き崩れる小野田に手を差し伸べれば、小野田は吸い込まれる様に御堂筋の腕に収まり、御堂筋に涙を拭かれる。
まるでそう寄り添ってるのが当たり前の様に。
「みなさん、ありがとうございますぅ。残念やけど時間やね」
そう宣言する御堂筋に一瞬の静寂。
御堂筋は続けて言った。
「ちょっと世界一取ってきますわ…二人で」
先ほどとは違う、昔と変わらない厭らしい笑み。
しかし、ロードの勝者は一人しか居ないと言い続けていた御堂筋は、そこに居なかった。
そんなのは無理と謙遜する小野田もそこにはいなくて、その宣言を信じる様に微笑んで御堂筋を見ている小野田は輝く星の様なオーラを強めて御堂筋さえも飲み込む。
いや、違う。
お互いを見つけだし、離れていた時間を埋めるように走って、走って、走って。
完全体になった星が、また一つになって本来の輝きを取り戻したのか。
二人は一つの星の様だった。
俺は完敗だと思う。
ここまでハッキリと勝敗が分かれると、悔しさすらもない。
強制された訳ではなく自分で選んだ道なのに、どこか自分がロードを続けられてさえいれば小野田の隣にいたのは俺だったかもしれないという気持ちがあった。
でも、小野田が探していた小野田の片割れは俺ではないから、隣にいたのが俺だったならば小野田は今頃あの光を失っていたかもしれない。
俺は声を出さずに『がんばれ』と口だけで小野田に伝えると、小野田は俺を真っ直ぐ見て「ハイ!」とあの顔で答えるから、必ず取るだろう。
世界一を。
END