3月14日
部室のドアには直接書かれた自転車部の文字、間違えようもないが坂道は部室のドアを少しだけ開けて中を確認する。
中からは荒い呼吸と、聞き慣れた三本ローラーを回す音。
鬼気迫る様な走りをする御堂筋に坂道は恐怖を覚え声が掛けられなかったが、一瞬だけドアに目を向けた御堂筋と目が合う。
『ガシャン』と自転車が倒れる音とほぼ同時、部室のドアが開け放たれると、坂道は御堂筋の腕の中にいた。
「ご…ごめんなさい、邪魔するつもりじゃ…」
坂道の言葉は、御堂筋の唇に塞がれて途切れる。
そのキスは深く、呼吸も上手く出来ない。
でも、1ヶ月振りの感覚に坂道は身を委ねていた。
そうして突然のキスに驚いていた坂道の力が抜けていくと、坂道を抱き締める御堂筋の腕の力も抜けていき、二人は唇を離して見つめ合うが、御堂筋の目は少し鋭く坂道を睨む。
「昨日、何で連絡してこなかったん?」
昨夜は、いつも坂道から掛かってくる電話もなく、御堂筋から掛けてみても坂道は電話に出ず。
今日は3月14日、ホワイトデー。
商業的なものだとしても恋人達には大事な日。
そんな大事な日は、1ヶ月前の様に千葉に乗り込みたかった御堂筋だが学生の身分ではそうもいかず、バレンタインのお返しは宅急便で送るに留めただけに、いつもより夜更かしをして、せめて電話くらいしながら今日という日を迎えようかと思っていた。
しかし結局折り返しもないまま夜が更けた頃に『おやすみ』と一応のメールが来ただけ。
そんな事は付き合い始めてから初めての事だったし、御堂筋は寝不足も伴って1日機嫌が最悪だった。
「電話掛け直さないでごめんね。今日京都に来ること内緒にしたくて…話してたら口が滑っちゃいそうだったし」
嘘や隠し事が苦手な坂道なりに考えた結果らしい。
そう言って口を覆う坂道の手はブカブカの学ランの袖に覆われている。
イラつきを発散し当たり散らす様にペダルを回していた御堂筋は、ドアの影に坂道の姿を見つけ、一瞬目を疑ったが恋人の姿を間違えようもなく、獲物を捕らえる様に抱き締めたが、恋人が何を着ているかまで確認する余裕はなかったから、ふと冷静になって見た坂道の服に昨日の電話の件が吹き飛ぶ程度に驚きを隠せなかった。
坂道の意図しないサプライズ。
「なんで学ラン?」
「あ、これ石垣さんが貸してくれて…かっこいいね、御堂筋くんの学校の制服。総北はブレザーだからなんか新鮮」
着慣れない学ランにどこかソワソワとする坂道。
御堂筋の方も見慣れてるはずの学ランを坂道が着ている事が新鮮すぎてしばし目を奪われたが、その学ランの持ち主の名を聞いた途端に坂道の体からパッと手を離し、触れていた手をユニフォームで拭う。
「すぐ脱ぎや。石垣くん抱いてるみたいでキモイ」
「御堂筋くんと同じ学校気分だったのに…」
「ボクが石垣くん抱いていいなら、そのままでえぇけど?」
「…脱ぎます」
渋々学ランを脱いだ坂道の脇で、御堂筋はロッカーを開けると自分の学ランを坂道に投げて寄越した。
「そない着たいなら、それ着とればえぇ」
頭に降ってきた学ランからは微かに香を焚いた様な香り。
袖を通せば先程のまで着ていた制服以上にサイズは合わなかったが、御堂筋の腕の中にいる様な感覚に包まれる。
「それ、ズボン脱いでも平気なんちゃう?」
そう御堂筋が言うと、坂道が真っ赤になる。
坂道のリアクションの意図を察すると、御堂筋も真っ赤になって訂正した。
「そういう意味やない…ワンピースみたいになっとるから…」
「あ…そ、そうだよね」
部室には二人っきり。
さっきは何も気にせず深いキスをしていたというのに、二人は急に意識してしまって、ぎこちなく会話が途切れ、御堂筋は倒れたままになっていたデローザを壁に立て掛けながら、会話の糸口を辿る。
「なんでわざわざ隠してまで今日来たん?」
「え、ホワイトデーだからなんだけど…」
「わざわざお返し回収しに?」
御堂筋はククッと悪戯っぽく笑う。
お返しなら送ったと伝えようと思ったが、坂道は意外な事を言い出す。
「そうじゃなくて…僕から渡したくて」
「ファ?」
バレンタインデーに御堂筋から坂道にチョコレートは渡していない。
正確に言えば渡しそびれてしまっていたから、ホワイトデーに何か貰う義理などないはず。
御堂筋は、帰りのバスの中で自分で食べた坂道へのバレンタインチョコレートを思い出して首を捻った。
「いつもいっぱいお世話になってるし、ホワイトデーも愛を伝える日なら…乗っかりたいというか…」
そう言いながら、真っ赤になり俯く坂道は御堂筋の学ランの中に埋まって行く様。
御堂筋は、そんな坂道が愛おしくなって学ランから救い出す様に抱き締めた。
真っ直ぐに懸命に愛を伝えてくれる坂道に自分が何を出来るだろうかと考えながら、上手く言葉に出来ない愛が抱き締めた両手から伝わないものかと思う。
「…なんだけどね…実は用意してたプレゼント…ただのマシュマロなんだけど、学ラン貸して貰ったお礼に石垣さんに…思わずあげちゃったんだよね」
アハハ…と坂道が乾いた声で誤魔化した様に笑うが、誤魔化しきれるわけもない。
みるみる御堂筋の顔は変わり、両手で坂道の頬を挟みあげる。
「ハァァァア???キミの愛っていうんは、ホイホイ石垣くんやそこらのザクに配り歩く様な軽いもんなん?」
坂道が涙目になって、御堂筋を見上げると意外にも御堂筋はすぐに手を離して坂道を解放した。
「まぁええ。マシュマロなんやろ?ボク、マシュマロなんかいらん」
「マシュマロ嫌いだった?知らなかった…あの…ごめんね?」
ホワイトデーにマシュマロを送るのが『嫌い』という意味を含む坂道は知らないらしい。
この1ヶ月、バレンタインデーのお返しを悩んでいた御堂筋は従妹のユキからの情報で知っていたから、坂道からのプレゼントが石垣の手に渡るのは腹が立ったが、マシュマロだけは貰うわけにはいかないと御堂筋は思っていた。
「嫌いやないけど…えぇわ。変わりに…」
御堂筋は言い掛けて、止めた。
坂道ほど、素直に言葉で伝えるのは得意ではない。
御堂筋がマシュマロが好きなのか嫌いなのかはよく分からないままだったが、坂道は御堂筋の言い掛けた言葉は分かった様に言う。
「変わりに…言葉だけでもいい?」
言葉では伝えられるが行動では上手く伝えられない坂道が御堂筋に聞くと、行動では伝えられるが言葉では上手く伝えられない御堂筋がYESと言うように坂道にキスをした。
「御堂筋くん、大好き」
中からは荒い呼吸と、聞き慣れた三本ローラーを回す音。
鬼気迫る様な走りをする御堂筋に坂道は恐怖を覚え声が掛けられなかったが、一瞬だけドアに目を向けた御堂筋と目が合う。
『ガシャン』と自転車が倒れる音とほぼ同時、部室のドアが開け放たれると、坂道は御堂筋の腕の中にいた。
「ご…ごめんなさい、邪魔するつもりじゃ…」
坂道の言葉は、御堂筋の唇に塞がれて途切れる。
そのキスは深く、呼吸も上手く出来ない。
でも、1ヶ月振りの感覚に坂道は身を委ねていた。
そうして突然のキスに驚いていた坂道の力が抜けていくと、坂道を抱き締める御堂筋の腕の力も抜けていき、二人は唇を離して見つめ合うが、御堂筋の目は少し鋭く坂道を睨む。
「昨日、何で連絡してこなかったん?」
昨夜は、いつも坂道から掛かってくる電話もなく、御堂筋から掛けてみても坂道は電話に出ず。
今日は3月14日、ホワイトデー。
商業的なものだとしても恋人達には大事な日。
そんな大事な日は、1ヶ月前の様に千葉に乗り込みたかった御堂筋だが学生の身分ではそうもいかず、バレンタインのお返しは宅急便で送るに留めただけに、いつもより夜更かしをして、せめて電話くらいしながら今日という日を迎えようかと思っていた。
しかし結局折り返しもないまま夜が更けた頃に『おやすみ』と一応のメールが来ただけ。
そんな事は付き合い始めてから初めての事だったし、御堂筋は寝不足も伴って1日機嫌が最悪だった。
「電話掛け直さないでごめんね。今日京都に来ること内緒にしたくて…話してたら口が滑っちゃいそうだったし」
嘘や隠し事が苦手な坂道なりに考えた結果らしい。
そう言って口を覆う坂道の手はブカブカの学ランの袖に覆われている。
イラつきを発散し当たり散らす様にペダルを回していた御堂筋は、ドアの影に坂道の姿を見つけ、一瞬目を疑ったが恋人の姿を間違えようもなく、獲物を捕らえる様に抱き締めたが、恋人が何を着ているかまで確認する余裕はなかったから、ふと冷静になって見た坂道の服に昨日の電話の件が吹き飛ぶ程度に驚きを隠せなかった。
坂道の意図しないサプライズ。
「なんで学ラン?」
「あ、これ石垣さんが貸してくれて…かっこいいね、御堂筋くんの学校の制服。総北はブレザーだからなんか新鮮」
着慣れない学ランにどこかソワソワとする坂道。
御堂筋の方も見慣れてるはずの学ランを坂道が着ている事が新鮮すぎてしばし目を奪われたが、その学ランの持ち主の名を聞いた途端に坂道の体からパッと手を離し、触れていた手をユニフォームで拭う。
「すぐ脱ぎや。石垣くん抱いてるみたいでキモイ」
「御堂筋くんと同じ学校気分だったのに…」
「ボクが石垣くん抱いていいなら、そのままでえぇけど?」
「…脱ぎます」
渋々学ランを脱いだ坂道の脇で、御堂筋はロッカーを開けると自分の学ランを坂道に投げて寄越した。
「そない着たいなら、それ着とればえぇ」
頭に降ってきた学ランからは微かに香を焚いた様な香り。
袖を通せば先程のまで着ていた制服以上にサイズは合わなかったが、御堂筋の腕の中にいる様な感覚に包まれる。
「それ、ズボン脱いでも平気なんちゃう?」
そう御堂筋が言うと、坂道が真っ赤になる。
坂道のリアクションの意図を察すると、御堂筋も真っ赤になって訂正した。
「そういう意味やない…ワンピースみたいになっとるから…」
「あ…そ、そうだよね」
部室には二人っきり。
さっきは何も気にせず深いキスをしていたというのに、二人は急に意識してしまって、ぎこちなく会話が途切れ、御堂筋は倒れたままになっていたデローザを壁に立て掛けながら、会話の糸口を辿る。
「なんでわざわざ隠してまで今日来たん?」
「え、ホワイトデーだからなんだけど…」
「わざわざお返し回収しに?」
御堂筋はククッと悪戯っぽく笑う。
お返しなら送ったと伝えようと思ったが、坂道は意外な事を言い出す。
「そうじゃなくて…僕から渡したくて」
「ファ?」
バレンタインデーに御堂筋から坂道にチョコレートは渡していない。
正確に言えば渡しそびれてしまっていたから、ホワイトデーに何か貰う義理などないはず。
御堂筋は、帰りのバスの中で自分で食べた坂道へのバレンタインチョコレートを思い出して首を捻った。
「いつもいっぱいお世話になってるし、ホワイトデーも愛を伝える日なら…乗っかりたいというか…」
そう言いながら、真っ赤になり俯く坂道は御堂筋の学ランの中に埋まって行く様。
御堂筋は、そんな坂道が愛おしくなって学ランから救い出す様に抱き締めた。
真っ直ぐに懸命に愛を伝えてくれる坂道に自分が何を出来るだろうかと考えながら、上手く言葉に出来ない愛が抱き締めた両手から伝わないものかと思う。
「…なんだけどね…実は用意してたプレゼント…ただのマシュマロなんだけど、学ラン貸して貰ったお礼に石垣さんに…思わずあげちゃったんだよね」
アハハ…と坂道が乾いた声で誤魔化した様に笑うが、誤魔化しきれるわけもない。
みるみる御堂筋の顔は変わり、両手で坂道の頬を挟みあげる。
「ハァァァア???キミの愛っていうんは、ホイホイ石垣くんやそこらのザクに配り歩く様な軽いもんなん?」
坂道が涙目になって、御堂筋を見上げると意外にも御堂筋はすぐに手を離して坂道を解放した。
「まぁええ。マシュマロなんやろ?ボク、マシュマロなんかいらん」
「マシュマロ嫌いだった?知らなかった…あの…ごめんね?」
ホワイトデーにマシュマロを送るのが『嫌い』という意味を含む坂道は知らないらしい。
この1ヶ月、バレンタインデーのお返しを悩んでいた御堂筋は従妹のユキからの情報で知っていたから、坂道からのプレゼントが石垣の手に渡るのは腹が立ったが、マシュマロだけは貰うわけにはいかないと御堂筋は思っていた。
「嫌いやないけど…えぇわ。変わりに…」
御堂筋は言い掛けて、止めた。
坂道ほど、素直に言葉で伝えるのは得意ではない。
御堂筋がマシュマロが好きなのか嫌いなのかはよく分からないままだったが、坂道は御堂筋の言い掛けた言葉は分かった様に言う。
「変わりに…言葉だけでもいい?」
言葉では伝えられるが行動では上手く伝えられない坂道が御堂筋に聞くと、行動では伝えられるが言葉では上手く伝えられない御堂筋がYESと言うように坂道にキスをした。
「御堂筋くん、大好き」