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Happy Birthday For…

アクセルをベタ踏みしたタクシーが目的地に到着すると、待ち構えた様に出迎えられる。
「あらあら、おかえりなさい!」
「ただいま!お母さん!」
先に降りた坂道は、躊躇なく自分の母にバグをした。
海外に拠点を移してから初めての帰省の時、坂道の母は息子からのハグに驚いていたが、もう慣れたらしい。
タクシーの会計をしながら、そんな横目に見ていた御堂筋は少し目を細めた。
なんだかんだと遠征や練習ばかりで、今回日本に帰ってきたのはちょうど一年振りになるからか、坂道の母の目にはうっすらと涙が見える。
「御堂筋くんも、おかえりなさい」
タクシーから降りた御堂筋に両手を広げ出迎える坂道の母。
「た…お世話になります」
いくら馴れ合いを嫌う御堂筋でも海外生活でハグに慣れてるはずなのに、御堂筋はどこかぎこちなく坂道の母の背に手を回して短いハグをすると、思い出した様に体を離してタクシーのトランクに向かった。
「ボクが荷物降ろしておくんで、先に坂道と中入っといて下さい…まだ夜は冷えるし」
御堂筋は、もう何度も坂道の家にやって来ている。
日本にいた頃はシーズンオフの長期休み中も世話になったりもしていたし、今となっては京都の久屋の家以上に帰る家で、家主自身も御堂筋を『いらっしゃい』ではなく『おかえりなさい』と出迎えるのだが、御堂筋にはまだどこか遠慮があった。
それは性格のせいもあるだろうが、心の何処かで坂道の母に孫を見せてやれない原因になり得る自分の存在が申し訳なかったのかもしれない。
御堂筋は一人で荷物を降ろすと、慣れた手付きで玄関に用意されていた雑巾でキャリーのタイヤを拭き、勝手知ったる二階の坂道の部屋へと荷物を運ぶ。
高校時代からそのままにされている坂道の部屋は、坂道が当時好きだったアニメのポスターが貼られたまま。
あの時、坂道が御堂筋をアニメ好きだと勘違いしなければ、御堂筋はもうロードに乗っていないかもしれないし、今の坂道との関係もなかったかもしれない。
並べられたフィギュアを見ながら、御堂筋は口元を少しだけ緩ませた。
時が止まってる様に思える坂道の部屋だが、今は鳴る仕事をしてはいないであろう目覚まし時計もきちんと時を刻み続けていて、それは坂道の母がきちんと管理をしている証拠。
時刻は0時を迎えようとしていた。
御堂筋は、階下に降りるとタクシーから降ろした花束とケーキを後ろ手に持ち、坂道達が久しぶりの一家団欒を楽しむ居間へと顔を出す。
「すんません、今日は到着遅い便になってもぅて…」
「いいのよー!お父さんは明日仕事だから寝ちゃったけど、私は平気だから気にしないで!」
坂道の母と話しながら、御堂筋は坂道に目で合図を送った。
合図を受けた坂道は席を立つと御堂筋の傍に来る。
そして、御堂筋の持つ大きな花束を満面の笑みで受け取った。
「御堂筋くん、ありがとう」
「おん」
時刻は、ちょうど0時。
坂道は両手いっぱいの花束を母に差し出し、坂道の母は嬉しそうに花束を受け取る。
「お母さん、産んでくれてありがとう!」
「坂道もお誕生日おめでとう」

何年も前。
それは二人が付き合ってから初めて迎える坂道の誕生日の事。
学校を休んで千葉にやってきた御堂筋が持っていたのは小さな花束だった。
それを受け取ろうとした坂道に「坂道の…カア…サンにや…」と御堂筋が辿々しく言ってから、ごく普通だった小野田家の誕生日は様変わりし、それから毎年この形。

坂道は自分の母とは言え、御堂筋が自分以外の女性に花を送る事に面白くない気持ちがなかったと言えば嘘になるし、誕生日に二人で過ごしてみたいとワガママも言ってみるが、結局はこの形がしっくりくるようになってしまっていた。
「御堂筋くん、今年もありがとう」
坂道の母は坂道と同じ顔をして笑う。
「私、ずーと毎年御堂筋くんに花束貰いたいわー」
その言葉に、坂道と御堂筋は顔を見合わせて、お互いの顔を赤らめた。
「え…あ…はい…」
御堂筋が真っ赤になって答える意味を屈託なく笑う坂道の母は理解しているかは分からない。
ただ坂道は、その意味を理解しているようだった。
「お母さん、ケーキもあるよ!」
顔を真っ赤にした坂道は話題を変える様に言う。
しかし、テーブルの上には一年振りに帰ってくる二人の為に用意された食事で埋め尽くされていて、坂道は「ケーキは食後よ!」と母にすかさず諫められる結果になった。
二人は、母が「久しぶりの日本食でしょ?」と勧める唐揚げを苦笑いで食べながら、こんな誕生日が来年も、そのまた来年も、ずっと迎えられる様にと願う。
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