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Happy Birthday For…

日本時間、3月6日の午後7時前。
御堂筋と坂道は成田空港にいた。
少しばかりの乱気流と時差にやられ、真っ青な顔をした坂道を抱きかかえる様にして到着ロビーのソファに座らせた御堂筋は冷たい手を坂道の頬に当てて顔を覗き込む。
遠征の度にこうだから御堂筋は慣れたものだったが、ふと視線を感じて周囲に視線をやれば、二人の近さに異様な物を見るような視線を送る日本人と目が合った。
御堂筋は自分の慣れすぎた海外生活に気がつくと、少し体を離してから坂道に言う。
「荷物受け取ってくる間、座っとき?」
こくんと頷いた坂道がそのままソファに倒れこんでも抱き止められない日本の生きづらさのような物を感じながら、御堂筋はその場を離れた。
二人分のキャリーケースと自販機で買った冷たい飲み物を手に戻ると、坂道は一応一人で座りながらぼんやりと御堂筋を迎える。
「ごめんね、一人で取りに行かせちゃって」
御堂筋は、坂道に飲み物を手渡すと一人分席を開けて坂道の隣に座った。
坂道は、手の届かない位置に座る御堂筋を不思議に思いながらも空港の時計とは違う時を刻む腕時計を眺めて、ゆるゆると時間を合わせ始める。
それは飛行機から降りた後の儀式のようなもの。
「日本時間に合わせないの?」
飲み物を飲んでいて時計の時刻を合わせない御堂筋に問うと「おん」と短い返事が返されるだけだったが、坂道はぼんやりとしていて特に気に留めなかった。
「あんまり時間ないんだね?えっと…これから行かなきゃいけないのは…」
「ケーキ屋と花屋やね」
「じゃあ…モールに行く?」
「せやね」
重たい腰を上げた坂道は、いつもの様にピッタリと御堂筋にくっつこうとしたのだが、今日の御堂筋は特に歩くのが早くて、まだ具合の悪い坂道は追い付けそうにない。
でも、今日はやることが多いから仕方ないか…と坂道は懸命に後ろを付いて歩く。
実際、二人のスケジュールは詰まっていた。
5時間後に迎える坂道の誕生日に向けて、ケーキと花を買わなくてはならない。
閉店時間を迎えようとするモールに到着すると、案内板を見ながら沢山のケーキ屋が揃うフロアを指差した坂道。
「ケーキは、花包んで貰うてる間に買いに行けばえぇから」
御堂筋は諭すように言ってから、坂道の手を取って歩きだそうとした自分に真っ赤になった。
すぐに手を離すと、また三歩先を歩き始める御堂筋に坂道尋ねる。
「なんで今日は手繋いでくれないの?」
「今、自分がどこにいるか理解しとらんの?」
質問を質問で返され、しばらく考え込んだ坂道は急に何か思い付いた様に自分の引いていたキャリーを御堂筋に差し出した。
訳が分からないまま坂道のキャリーを持たされた御堂筋が再び歩きだそうとすると、坂道は御堂筋の持つ自分のキャリーのハンドルに手を添えて微笑む。
「これならいい?重いから持って貰ってるけど、申し訳ないから手伝ってる風」
「…アホか」
御堂筋は呆れた様に言うが、坂道にキャリーを返すことはなく花屋に向かった。
「花は何色にする?」
「黄色やね」
「毎年一緒じゃつまらないよ」
二人は毎年同じ会話をしながら花束を買う。
高校生の頃、小遣いで買っていた小さな花束がバイト代になるとサイズを増し、契約金や賞金になった今は御堂筋が黄色の花を買い占めて、坂道が両手いっぱいに抱えるサイズになっていた。
キャリー二つと、花束にケーキ。
大荷物になった二人がタクシーに乗り込むと、御堂筋は行き先の住所を運転手に告げた。
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