今はもう…
バイトから家に帰ると低いローラーの音が響いていた。
帰宅した事をそのローラーを響かせるサカミチに知らせる為、ボクはトレーニングルームと化した部屋のドアを開ける。
「ただいま」
サカミチはローラーで頭を下げる程度に追い込んでいて、珍しいなと思った。
上がる息を抑えながら「おかえりなさい」と振り返るサカミチの視線がボクを捕らえず泳ぎ宙を舞うから、“珍しい”という印象は“おかしい”に変わる勘の様なものが発動する。
宙を舞ったサカミチの視線がチラリとトロフィー類が並ぶ棚へ向けられたのをボクは見逃さず、振り向くと棚には見覚えのないフレーム。
しかし、その見覚えのないフレームには見覚えのあるゼッケンが入っていた。
91と書かれたボロボロのゼッケン。
そのゼッケンを着けたレースを思い出せば、最後は救護車の天井に行きつくという苦々しい記憶。
そのせいもあってレース後に捨てたけど、そのゼッケンは何度ゴミ箱に捨てようが、拾われてはシワを伸ばされ、忘れた頃にボクの前に現れる。
拾っていたのはお節介な石垣くん。
そのゼッケンが、走ったレースの結果を他所に誇らしげに飾られていた。
「あの…勝手に飾ってごめんね」
フレームに向けられたボクの視線に気が付いたサカミチが謝る。
確かに以前のボクなら、またゼッケンをゴミ箱に放り込んだのかもしれないけど、今のボクにはあのレースの記憶より気になる事があった。
「石垣くんに会うたん?」
同じ大学、同じ部、同じ家。
ほとんどの時間を一緒に過ごすサカミチのボクの知らない行動。
ボクのイラつきは、サカミチにとって“勝手に飾った事”へと映ってるのだろう。
ボクの問いに話が変わったと少しホッとしてるようにも思う。
「うん、石垣さんが僕からなら受け取ってくれるかもって…受け取って貰える自信なかったから勝手に飾っちゃったんだけど…」
石垣くんの勘は正しい。
執念深いボクには未だに苦い記憶で石垣くんから渡されたら、またゼッケンをゴミ箱に放り投げたかもしれない。
なのにサカミチから渡されたら、ゼッケンどころじゃなくなってる自分がいるのだ。
「あの…御堂筋くん、石垣さんっにさ…僕達…こ、恋人って話したの?」
サカミチは真っ赤になって言うが、そんな話を石垣くんにした記憶はない。
どうやら石垣くんは勘がいいらしいから、察しているのかもしれないが。
「そんなん話した事ないけど…今度言うとくわ」
ボクは真っ赤になっているサカミチを自分の物だと主張するように抱き締めた。
「汗びっしょりだから」とサカミチが逃れようとしても逃がさない。
傍らには、棚に飾られた91のゼッケン。
「なぁ、サカミチ。実家のサカミチの部屋にあのレースのゼッケンあるやろ?アレも持ってきぃ」
「…いいの?」
不安そうに僕を見上げるサカミチは、アレをあえてこの家に持ってこなかったんだろう。
サカミチにとって、初めてのレースで初めて優勝した一番の宝物だろうに、気を使わせてしまっていた事に今更気が付く。
「ボクのゼッケンも一緒のフレームに入れてや」
サカミチは驚いた様な表情をしてから、自分の汗を気にする事も忘れた様にボクに強く抱きついてきた。
「一緒にフレーム買いに行ってくれる?」
「おん」
苦い思い出は今はもうサカミチという最高の宝物に出会う為だったトロフィー。
これから2人で増やしていくトロフィーとずっと並べていこうか。
あのレースは、坂道を見つけた大事なレースなのだから、ボク達のスタート地点。
END
帰宅した事をそのローラーを響かせるサカミチに知らせる為、ボクはトレーニングルームと化した部屋のドアを開ける。
「ただいま」
サカミチはローラーで頭を下げる程度に追い込んでいて、珍しいなと思った。
上がる息を抑えながら「おかえりなさい」と振り返るサカミチの視線がボクを捕らえず泳ぎ宙を舞うから、“珍しい”という印象は“おかしい”に変わる勘の様なものが発動する。
宙を舞ったサカミチの視線がチラリとトロフィー類が並ぶ棚へ向けられたのをボクは見逃さず、振り向くと棚には見覚えのないフレーム。
しかし、その見覚えのないフレームには見覚えのあるゼッケンが入っていた。
91と書かれたボロボロのゼッケン。
そのゼッケンを着けたレースを思い出せば、最後は救護車の天井に行きつくという苦々しい記憶。
そのせいもあってレース後に捨てたけど、そのゼッケンは何度ゴミ箱に捨てようが、拾われてはシワを伸ばされ、忘れた頃にボクの前に現れる。
拾っていたのはお節介な石垣くん。
そのゼッケンが、走ったレースの結果を他所に誇らしげに飾られていた。
「あの…勝手に飾ってごめんね」
フレームに向けられたボクの視線に気が付いたサカミチが謝る。
確かに以前のボクなら、またゼッケンをゴミ箱に放り込んだのかもしれないけど、今のボクにはあのレースの記憶より気になる事があった。
「石垣くんに会うたん?」
同じ大学、同じ部、同じ家。
ほとんどの時間を一緒に過ごすサカミチのボクの知らない行動。
ボクのイラつきは、サカミチにとって“勝手に飾った事”へと映ってるのだろう。
ボクの問いに話が変わったと少しホッとしてるようにも思う。
「うん、石垣さんが僕からなら受け取ってくれるかもって…受け取って貰える自信なかったから勝手に飾っちゃったんだけど…」
石垣くんの勘は正しい。
執念深いボクには未だに苦い記憶で石垣くんから渡されたら、またゼッケンをゴミ箱に放り投げたかもしれない。
なのにサカミチから渡されたら、ゼッケンどころじゃなくなってる自分がいるのだ。
「あの…御堂筋くん、石垣さんっにさ…僕達…こ、恋人って話したの?」
サカミチは真っ赤になって言うが、そんな話を石垣くんにした記憶はない。
どうやら石垣くんは勘がいいらしいから、察しているのかもしれないが。
「そんなん話した事ないけど…今度言うとくわ」
ボクは真っ赤になっているサカミチを自分の物だと主張するように抱き締めた。
「汗びっしょりだから」とサカミチが逃れようとしても逃がさない。
傍らには、棚に飾られた91のゼッケン。
「なぁ、サカミチ。実家のサカミチの部屋にあのレースのゼッケンあるやろ?アレも持ってきぃ」
「…いいの?」
不安そうに僕を見上げるサカミチは、アレをあえてこの家に持ってこなかったんだろう。
サカミチにとって、初めてのレースで初めて優勝した一番の宝物だろうに、気を使わせてしまっていた事に今更気が付く。
「ボクのゼッケンも一緒のフレームに入れてや」
サカミチは驚いた様な表情をしてから、自分の汗を気にする事も忘れた様にボクに強く抱きついてきた。
「一緒にフレーム買いに行ってくれる?」
「おん」
苦い思い出は今はもうサカミチという最高の宝物に出会う為だったトロフィー。
これから2人で増やしていくトロフィーとずっと並べていこうか。
あのレースは、坂道を見つけた大事なレースなのだから、ボク達のスタート地点。
END
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