捨てられた宝物
ある日、石垣さんから呼び出されてた僕は駅前のカフェに向かっていた。
御堂筋くんには言わないようにと釘を刺され、僕は何か悪いことをしているようにビクついて、待ち合わせのカフェに入る。
「小野田くん」
名前を呼ばれて声の方を向くと、僕が慣れない場所という事も相まってオトオドしていたからか、石垣さんが律儀に席から立ち上がって手を上げて合図してくれていた。
「すみません、遅くなりました」
「いや、こっちこそ急に呼び出してすまんかった」
小さなテーブルにはすでに二つのドリンク。
もう一人誰か来てるのかな?と思ったが椅子は二つしかなくて、僕が座っていいものかと戸惑っていると、それを見透かしたように石垣さんが言う。
「座ってや。小野田くんの飲み物も頼んどいたし…アイスコーヒーとオレンジジュースなんやけど、どっちがいいかな?」
石垣さんの準備の良さに驚きつつ、代金を払わなくてはと焦って財布を取り出そうとしたが「そんなんいいから」と席に着く様に促され、恐縮しながら足の長い椅子にやっと収まり、ちゃっかりとオレンジジュースを受け取った。
「御堂筋とは仲良うやってる?」
同じ大学に入り、一緒に住んでる御堂筋くんは
僕の恋人だが、それを石垣さんは知っているのかどうかは分からない。
その質問には何と答えるべきなのか考えあぐねていると、石垣さんは苦笑してアイスコーヒーに口を付ける。
「えっと…仲良く…してます」
「御堂筋みたいなんに小野田くんが一緒におってくれて良かった」
やっぱり恋人だって知ってるのかな?
知ってるとしたら、御堂筋くんが話したのだろうか?
そうだとしたら嬉しい気もするけど、御堂筋くんにそんな事を話すイメージはない。
話しているとしたら、僕のイメージにない御堂筋くんを知ってる石垣さんにちょっとジェラシーだ。
そんな事を考えていると、石垣さんは足元に置いていたバッグからクリアファイルを取り出し、僕に差し出した。
「御堂筋に渡してほしいんや…小野田くんからなら受け取ってくれると思うてな」
差し出されたクリアファイルには、色濃くシワの付いたレースゼッケン。
番号は91。
そのゼッケンが何なのかを瞬時に理解した僕の全身には鳥肌が走った。
「これ…」
「レースの後にも、俺の卒業の時にも、御堂筋の卒業の時にまでわざわざ行って渡そうとしたんやけど、御堂筋の奴、その度にグシャグシャに丸めて捨ててまうんよ」
参ったという表情で頭を掻く石垣さんの言う情景は、まるで見ていたかの様に安易に想像できた。
石垣さんはその度に丸められたゼッケンのシワを丁寧に伸ばしてくれていたのであろう。
ゼッケンにはシワはあるものの大事にされていた印象があった。
「さすがにまたグシャグシャにされたらいい加減千切れてまうから、小野田くんを頼ろうと思って…オレンジジュースだけじゃ安すぎかもしれんけどな」
僕はそのゼッケンから目が離せなくなり、何の迷いもなく受け取っていた。
「ありがとうございます」
「ありがとうはこっちの方や…って、小野田くん泣いてる?」
石垣さんに指摘されて、僕の目から涙が溢れてるのに気が付く。
公衆の面前で泣くなんて、一緒にいる石垣さんまで変な目で見られてしまうと焦る僕以上に石垣さんは大慌てで、ハンカチがないからとテーブルの紙ナプキンを渡してくれた。
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
渡してくれた紙ナプキンへのお礼か、ゼッケンへのお礼か、よく分からない状態でお礼を言い続けるけど、一番ありがたかったのは何よりこのゼッケンを持っていてくれた事。
石垣さんの言う通り、僕が渡したら御堂筋くんはゼッケンを受け取ってくれるのだろうか?
正直言って自信はない。
だって、未だに僕と御堂筋くんはあのレースの話を避けてしまっているくらいで、僕と言えば実家にあのレースのゼッケンと写真を置いてきてしまっている。
でも、あのレースは僕にとって間違いなく宝物。
もちろん初めてのレースで初めての優勝という事もあるけど、何よりあのレースが無ければ御堂筋くんに出会えてなかったし、勝っていなければ僕なんか御堂筋くんに覚えてすら貰えなかったと思う。
いつかこのゼッケンがあったから今がある僕の宝物だと笑って話せる時が来たらいいのに。
END
御堂筋くんには言わないようにと釘を刺され、僕は何か悪いことをしているようにビクついて、待ち合わせのカフェに入る。
「小野田くん」
名前を呼ばれて声の方を向くと、僕が慣れない場所という事も相まってオトオドしていたからか、石垣さんが律儀に席から立ち上がって手を上げて合図してくれていた。
「すみません、遅くなりました」
「いや、こっちこそ急に呼び出してすまんかった」
小さなテーブルにはすでに二つのドリンク。
もう一人誰か来てるのかな?と思ったが椅子は二つしかなくて、僕が座っていいものかと戸惑っていると、それを見透かしたように石垣さんが言う。
「座ってや。小野田くんの飲み物も頼んどいたし…アイスコーヒーとオレンジジュースなんやけど、どっちがいいかな?」
石垣さんの準備の良さに驚きつつ、代金を払わなくてはと焦って財布を取り出そうとしたが「そんなんいいから」と席に着く様に促され、恐縮しながら足の長い椅子にやっと収まり、ちゃっかりとオレンジジュースを受け取った。
「御堂筋とは仲良うやってる?」
同じ大学に入り、一緒に住んでる御堂筋くんは
僕の恋人だが、それを石垣さんは知っているのかどうかは分からない。
その質問には何と答えるべきなのか考えあぐねていると、石垣さんは苦笑してアイスコーヒーに口を付ける。
「えっと…仲良く…してます」
「御堂筋みたいなんに小野田くんが一緒におってくれて良かった」
やっぱり恋人だって知ってるのかな?
知ってるとしたら、御堂筋くんが話したのだろうか?
そうだとしたら嬉しい気もするけど、御堂筋くんにそんな事を話すイメージはない。
話しているとしたら、僕のイメージにない御堂筋くんを知ってる石垣さんにちょっとジェラシーだ。
そんな事を考えていると、石垣さんは足元に置いていたバッグからクリアファイルを取り出し、僕に差し出した。
「御堂筋に渡してほしいんや…小野田くんからなら受け取ってくれると思うてな」
差し出されたクリアファイルには、色濃くシワの付いたレースゼッケン。
番号は91。
そのゼッケンが何なのかを瞬時に理解した僕の全身には鳥肌が走った。
「これ…」
「レースの後にも、俺の卒業の時にも、御堂筋の卒業の時にまでわざわざ行って渡そうとしたんやけど、御堂筋の奴、その度にグシャグシャに丸めて捨ててまうんよ」
参ったという表情で頭を掻く石垣さんの言う情景は、まるで見ていたかの様に安易に想像できた。
石垣さんはその度に丸められたゼッケンのシワを丁寧に伸ばしてくれていたのであろう。
ゼッケンにはシワはあるものの大事にされていた印象があった。
「さすがにまたグシャグシャにされたらいい加減千切れてまうから、小野田くんを頼ろうと思って…オレンジジュースだけじゃ安すぎかもしれんけどな」
僕はそのゼッケンから目が離せなくなり、何の迷いもなく受け取っていた。
「ありがとうございます」
「ありがとうはこっちの方や…って、小野田くん泣いてる?」
石垣さんに指摘されて、僕の目から涙が溢れてるのに気が付く。
公衆の面前で泣くなんて、一緒にいる石垣さんまで変な目で見られてしまうと焦る僕以上に石垣さんは大慌てで、ハンカチがないからとテーブルの紙ナプキンを渡してくれた。
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
渡してくれた紙ナプキンへのお礼か、ゼッケンへのお礼か、よく分からない状態でお礼を言い続けるけど、一番ありがたかったのは何よりこのゼッケンを持っていてくれた事。
石垣さんの言う通り、僕が渡したら御堂筋くんはゼッケンを受け取ってくれるのだろうか?
正直言って自信はない。
だって、未だに僕と御堂筋くんはあのレースの話を避けてしまっているくらいで、僕と言えば実家にあのレースのゼッケンと写真を置いてきてしまっている。
でも、あのレースは僕にとって間違いなく宝物。
もちろん初めてのレースで初めての優勝という事もあるけど、何よりあのレースが無ければ御堂筋くんに出会えてなかったし、勝っていなければ僕なんか御堂筋くんに覚えてすら貰えなかったと思う。
いつかこのゼッケンがあったから今がある僕の宝物だと笑って話せる時が来たらいいのに。
END
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