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安息日

レースの後は勝利に興奮したまま坂道を乱暴に抱いてしまいそうになる。
普段でさえ何度しても乱暴にしてしまいそうになる行為は抑えるのがやっとだというのに、レース後なんてなおさら抑えられる自信がないから、なるべく坂道に近付かないようにするしかないが、部屋に籠ってでもいなければキッチンに行こうと、風呂に入ろうと、リビングを通ることになる部屋の配置の中、休養日を良いことに撮り溜めたアニメを溺れる程に見倒す坂道がリビングを占拠しているから、それは無理というもの。
それに、坂道はテレビの前から離れない坂道は食事すら取る気もないらしく、こちらから声を掛けてやらなければならない。
ボクはラーメンの丼いっぱいの豆腐とササミのサラダをリビングのテーブルに置くと、テレビから目を離さない坂道を引きずるように膝に乗せる。
スプーンに掬った豆腐を坂道の口元に寄せれば、目はテレビのままなのに自動的に口は開くから現金なものだ。
前に、アニメの見すぎる坂道にキレたボクはテレビのコンセントをハサミで切った事がある。
それで諦めるかと思ったら、泣きながらテレビを買いに出ようとした坂道。
またあんな事があったら堪らないから、ボクは親鳥の様に坂道にエサを与える。
ボクよりアニメか…と諦め半分、買い換えついでに大きくなったテレビ画面いっぱいのピンク色したアニメに目をやっていた。
「ふふふっ」
と、坂道の声。
ボクが坂道に視線を戻すと、坂道はキラキラした目でボクを見上げる。
「アニメ好きなの?」
いつだか交わした会話を思い出す。
大人になったはずの坂道のキラキラした目は、あの頃と何ら変わっていない。
変わった事と言えば、あの頃にはあったボクに対する恐怖心みたいな物が皆無になったこと。
当たり前の様に膝に収まり、スプーンを寄せれば口を開ける程に。
ボクは返事もせずに、スプーンを坂道の口に押し込む。
雑に押し込んだせいか口の端に豆腐がついてしまっていたから、丼とスプーンに両手を塞がれたボクは舌で豆腐を舐め取っても、坂道は感受するだけ。
それどころか、両手を塞がれたボクの背中に手を回して抱きついて甘えてくる。
「アニメ観とらんなら自分で食べや」
ボクが呆れた声を出しても、坂道は胸に埋めた頭を横に振り拒否のポーズ。
「僕、今セロトニン分泌に忙しいからダメ」
「セロトニン?」
「幸せホルモン!筋肉の回復にもいいんだって」
「ほか」
二人で住む部屋の壁は白。
ボクがそれに気がついたんは、四六時中一緒にいる坂道がたまたま一人で出掛けた日やった。
それまでは、ずっとクリーム色かと思っとった。
そんな視力すら狂わせるこれはセロトニンってやつなんやろか。
「じゃあ…交代」
坂道はボクの持つ丼とスプーンを手に取り、豆腐を一掬いすると、ボクの口に近付ける。
「ボクは食べたし、坂道が自分で食べてくれる方がボクは楽できて幸せなんやけど」
そう言いながら、差し出された豆腐を口に含む。
「じゃあ、これも僕のセロトニンになっちゃうのか」
坂道は少ししょんぼりとしながら、ボクの膝から退こうとするから、ボクは坂道の腰に手を回してそれを止める。
「そんなこともないけど」
「ほんとに?」
再び膝に収まって、豆腐サラダを食べる坂道。
ボクはふと部屋の中を見回す。
やっぱり壁はクリーム色。



END
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