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過去からの手紙

後ろにピッタリついて走っていた坂道の体がロードから放り出されるのが目の端に映るのと同時、ボクはブレーキを掛け、暴れる後輪を180度回転させて止まった。
「また派手にコケたねぇ」
「御堂筋くんばっかり見てたら、道見るの忘れちゃってた」
道路脇の芝生に身を投げ出した坂道は、そんな呑気な事を言っているから大した怪我はしていないんだろうが、擦りむいた膝からはうっすらと血が滲んでる。
ちょうど、目の前は公園。
ボクはぶっ飛んだ坂道のロードを拾い上げると、公園の入り口にロードを置いた。
「え?休憩?僕まだ大丈夫だよ?走れるよ?」
そう言ってボクとロードを追いかけてくるから、本人の言う通り平気なんだろうが、ボクは坂道の軽い体を小脇に抱えると有無を言わせず公園の中に歩き出す。
「傷洗わんと」
ボクは坂道を石で出来た水飲み場に座らせ、水道から両手で救った水を傷にそっと掛けてみる。
「痛っ!」
「やっぱり痛いんやないか」
「水が冷たいんだもん」
寒空の下、水を手で救ってるこっちの方が冷たいというのに、ボクを見る時に恐怖の目を向けなくなった坂道はだいぶ生意気になった。
まぁ…えぇけど。
ボクは、ポケットから絆創膏を取り出して、坂道の膝に貼ってやる。
「御堂筋くん、絆創膏持ち歩いてるんだ?」
「キミがすぐコケるからやろ」
「そっか。じゃあ、僕も絆創膏持ち歩こう。御堂筋くんに貼ってあげるよ!」
「ボクはコケへん」
絆創膏を貼り終わりを告げる代わりに絆創膏を軽く叩いてやると、坂道は「痛っ!」と小さく悲鳴を上げる。
「せやから、やっぱり痛いんやないか」
「だって、御堂筋くんが叩くから」
そう文句を言いながら、自力で降りられる水飲み場から自分を降ろせと言う様に両手をボクに差し出してくる坂道は、本当に生意気になったと思う。
ボクは、坂道の両手を自分の首に回させると、そのまま坂道の体を抱き上げて歩き出す。
そして、水道の傍らにあった鉄棒まで歩いてくると「ふふっ」と満足気に笑っていた坂道の体を今いた水飲み場より高い鉄棒の上に座らせてやった。
「え?御堂筋くん…待って?」
満足気な表情はどこへやら。
手を離そうとすると青い顔をした坂道が鉄棒の上でグラグラと体を揺らして必死にボクに手を伸ばす。
「絆創膏貼ってもろたら、なんて言うん?」
「あ、あ…あの…御堂筋くん大好き」
「…違うやろ」
そう言いつつも、坂道の体を支えてやってしまうから、どんどん生意気になって行くのだろう。
ボクに体を支えられた坂道は余裕の表情で、支えてる方の労力も知らない様に足をバタつかせる。
「僕、鉄棒の上に座ったの、初めてだー」
「…ほか…」
「御堂筋くん、逆上がりって出来る?」
急すぎる坂道の質問に、ボクは幼い頃を思い出す。
ボクは逆上がりも出来なくて、散々バカにされた鉄棒に近寄りもしなかった。
言われるまで、嫌な記憶を思い出しもせず今は普通にここにいる。
「キミは出来るの?」
「もちろん!出来ないよ!」
質問を質問で返すのははぐらかしの常套手段。
素直すぎる坂道は、そんな事にも気が付かず力一杯に答えるから、多分ボクらの会話は続くんだと思う。
「逆上がり出来ても、なんの役にもたたんからえぇんやないの?早く走れさえすればえぇんよ」
ボクは、幼い頃に何度も自分に言い聞かせた言葉を思い出す。
「御堂筋くんは、早く走る以外にも何でも出来るよね?絆創膏貼れるし、ゴハンも作れるし…」
一個の事トコトンやろうと思っていた幼い頃のボクは今のボクを見てどう思うだろうか。
「…それ、全部キミの世話や」
「じゃあ、御堂筋くんは早く走れて、僕の世話が出来るんだね?」
坂道は、そう言うと突然両手をボクに伸ばすと体の力を抜いて鉄棒から降ってくる。
ボクは咄嗟に坂道の体を受け止め、焦った。
「ほら、こうやって」
ボクが受け止めなければ顔面から地面に落ちていたかもしれないのに、坂道はボクに抱きついて笑う。
「僕は走ることしか出来ないけど、それでもいい?」
坂道はボクに問う。
だから、ボクは何度も自分に言い聞かせた言葉を坂道に教えた。
「他はいらん」

ちゃんと速くなってるか?
そう幼いボクに問われたら、答えてやる。
速くなってるし、これからもなる。
但し、一人でやなくて。


END
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