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紅く染まる頃に

熊本の火の国やまなみレース。
そのエントリーシートを何度見返しても、御堂筋くんの名前が見つからなかった。
夏の一件で仲良くなったとは流石に思ってない。
ただ、仲良くなりたいという思いに変わりはない。
そんな御堂筋くんが怪我をしてしまったのかと悪い想像ばかりが頭に浮かぶから、ただの印刷のミスだと自分に言い聞かせる。
でも、実際レースにも御堂筋くんの姿はなく…それどころか、御堂筋くんが居ないことについての話が誰からもないままレースは終わってしまって、まるで“御堂筋翔”という人物が最初から居なかったかの様で怖くなった。
僕は、その存在を誰かに証明してほしかったんだと思う。
レース後の軽い痙攣を起こしている足を引きずって抜け出すと、京都伏見のテントへ向かった。

京都伏見高校と名前を掲げられたテントの出入り口は開いていて、正直僕はホッとする。
閉めきられていたなら、その幕を開けるのを躊躇してしまったかもしれない。
「あの…す…すみません…」
僕は声を掛けながら、失礼だとは思いつつテントの中を見回す。
目に入る紫のユニフォームにドキリとしたけど、それは御堂筋くんではなかった。
「…小野田…くん?」
意外という顔をしているのが、よく分かる。
021というゼッケンを付けた石垣さんだ。
インターハイでも会ったけど、今回のエントリーシートで京伏の出場選手を何度も見返したからか、すんなりと名前が出てきてしまう。
「こ…こんにちは!いや、えっと…お疲れ様でした…」
「あぁ…うん、お疲れ様」
緊張する僕が言葉に詰まっていると、石垣さんは急かすことなく僕が落ち着くのを待ってくれている様で、この人になら聞けると思った。
僕は小さく深呼吸をしてから尋ねる。
「あの…御堂筋くんは?」
石垣さんはビックリした様な顔をしていた。
僕がこのテントに来た時より更に。
『御堂筋って誰?』なんて言われたらどうしようと、僕はまた怖くなる。
「御堂筋は、今回来てないんよ」
自分以外から出てくる御堂筋くんの名前に少し安堵しながら、僕は続けて尋ねた。
「あの…怪我とかじゃないですよね?」
「違うけど…」
「良かったぁぁぁ」
怪我じゃないと分かった僕が胸を撫で下ろしていると、石垣さんはクスクスと笑い出す。
「オレも敵チームの選手に怪我してほしいとは思わんけど、怪我してないのをそこまで喜ぶ事もないかな」
「え!あ、あの…インハイの時、夜に御堂筋くんと一緒に走らせて貰ったんです。それで…えっと、今回も会えるかなって思ってたんですけど、見つからなかったから…気になって…それで…」
僕は何だか恥ずかしくなって言い訳の様な事を言うと、石垣さんは急に真剣な顔になって、何か考えているようだった。
「インハイ…二日目の夜?」
「え?はい、そうですね。僕買い出しに行って…」
何かマズイ事でも言ってしまったのだろうか。
しかし、石垣さんはまた少し考えてから、優しく笑う。
「そか…ありがとう」
ありがとうなんて言われる事なんて何もしてないのに。
僕は、その感謝の言葉の意味も分からず、ただただ恐縮してしまっていた。
御堂筋が怪我をしていない事は分かったし、何より御堂筋くんが存在してる事が分かって、満足した僕は急に自分が場違いな事に気がつく。
「えっと…じゃあ、僕そろそろ戻ります。御堂筋くんに僕がまた一緒に走りたいって言ってたって伝えて貰えますか?」
「あ、いや…待ってや、小野田くん」
石垣さんは、傍らに置いてあった携帯電話を取り出すと、携帯電話を見ながら走り書いたメモを僕に渡してきた。
「それ、自分で本人に言ってやってくれるか?」
メモにはメールアドレスが書かれていて、僕はそのアドレスが御堂筋くんのものだと理解する。
「え?でも…」
「御堂筋は、難しい奴やから返事は来んかもしれんけど…それでも伝えてやってほしい。出来たら、伝わるまで…」
石垣さんは、困った様に笑っていた。
僕は何か言わなきゃと思ったけど、適切な言葉が見つかる前にテントに近付いてくる人の声が聞こえてきて、石垣さんに「じゃあ、よろしく」とテントから出るように促され、僕は何も言えないままテントを出る。
入れ違いの様になった京伏の部員の人達に訝しげな視線を送られていたけど、僕は視線を外しながら何故か石垣さんに貰ったメモを隠すようにして総北のテントへと足早に戻った。
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