第四章 〜縮めては遠くなる〜
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まだ少し濡れている髪をタオルで拭きながら
ヨンジは自室へ向かっていた。
「あちィ……」
少し長風呂しすぎたか…と呟き
ふと前を見ると、ニジの部屋から出ていく
ミドリの後ろ姿を見かける。
「………」
あの女、ニジに何の用だ?
どうでもいいことだったが
気付いたらその足は自分の部屋ではなく
ニジの部屋の前で立ち止まっていた。
「なんだお前。服くらい着ろ。」
ドアを開けて出てきたニジは
上半身裸で肩にタオルをかけただけのヨンジに
怪訝な顔をした。
「あいつ、お前に何の用だったんだ?」
「あいつ?あァ、お前の使いパシリか。」
ニジはすぐには答えず、口の端を上げ
何やら企むように不敵な笑みを浮かべる。
「少し借りた。問題あったか?」
「借りた?」
「あァ。甘くてな、すげェ柔らかかったぜ。」
ニジはその味を思い出すかのように
人差し指と親指を吸うように舐め
それをわざとらしくヨンジに見せつけた。
「適度に弾力もあってふわふわでよ。」
もちろんニジはシフォンケーキの事を言っている。
が、ヨンジに勘違いをさせる意図もあって
そんな言い方をした。
その方が”面白いこと”になりそうな
予感がしたからだ。
そしてヨンジは見事、その術中にハマった。
「……てめェっ…!!」
片手でニジの胸ぐらを掴みかかると
ヨンジよりも背の低い身体は少しだけ浮く。
予想以上の反応に嬉しくなったニジは
抵抗することもせずに逆撫で続けた。
「家来をひとり借りただけで何をそんなに怒ってやがる。そんなにお前の大事なモンだったのか?」
「………大事…?」
「ヨンジ、お前まさかあの女に——」
「うるせェっ!!」
ニジを床へ突き飛ばし、その場を離れた。
苛立ちを抑えられず、どこへ向かうでもなく
ただ城の廊下を早足で歩き回る。
ニジの言う通りだ。
召使いが他の王子のとこに行ったくらいで
何をこんなにイラついているのか。
サンジの名を呼びながら笑ったことにも
おれのいない間にニジの所へ行っていたことにも
同じような怒りが込み上げて来る。
自分でも理解できない
名前もわからないこの面倒臭い感情は
こうしてあの女と関わるようになってから
しばしばおれをイラつかせた。
——すげェ柔らかかったぜ
ニジの言葉を思い出して再び頭に血がのぼり
行き場のない怒りをぶつけるように壁を殴ると
ガラガラと砕けた壁が床に崩れ落ちた。
「……おれだって知ってる…」
壁を砕いた手を開く。
あの時の感覚は、今も覚えている。
ニジの野郎も、あの女に触れたのか?
どこを、どうやって、どのくらい?
おれが触れたことのない所にも?
あの女はそれを許したのか?
あの女は……
「ヨンジ様!?」
近くにいたのか、大きな音を聞きつけて
慌てた様子のミドリが走ってきた。
そこには無惨に砕かれた壁に
怒りの表情を浮かべるヨンジの姿。
上半身に何も纏っていないことも気になったが
今はそれどころではなく
ヨンジが壁を殴るほどに怒っている理由を
考えることに必死だった。
割と上機嫌で浴室へ行ったはずだったのに。
この短時間で彼が怒るとしたら
迎えに行かなかったことだろうか。
これまでにも仕事に追われて
迎えに行けないことは多々あったが
彼はいつも自由に部屋へ戻っていたし
怒るようなことは一度もなかった。
でも、他に理由が思いつかない。
「あの…すみません、今から浴室へお迎えにあがろうとしていたのですが……」
「………来い。」
腕を掴まれ、そのまま廊下を歩き出す。
怒りのオーラに満ち溢れているヨンジに
痛いくらいに手を引かれ
ミドリは従うことしかできなかった。