木兎光太郎に溺愛される女の子【完結】
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episode.06「ザワザワ、ギュッ。」
最近、木兎さんを前にすると
心がザワザワして落ち着かなくなる。
「急がなきゃ…」
次は移動教室。
担任に呼ばれていて遅くなってしまい、授業が始まるギリギリに教室を出た。
走ってはいけない廊下を、早歩きで進む。
と、角を曲がったところで、反対側から来ていた生徒たちとぶつかりそうになった。
「わっ!すみませんっ!」
「うわーなになになに!」
偶然にも、その相手は木兎さんだった。
「会いてぇなーって思ってたら、目の前に現れた!」
木兎さんは両手を大きく広げ、私を受け止めるようなポーズを取る。
「すっげー嬉しいわ!これってあれ?以心伝心てやつ?」
「……違うと思います」
長い両腕に行き場を遮られ、体が固まる。
木兎さんの友達だろうか。
後ろから「何やってんだ木兎」と笑い声が聞こえた。
「このままギュッてしていい?」
「えっ、だ、ダメですっ」
「ははっ、だよな!今日も可愛いな!じゃあな!」
さりげなく言われた去り際の言葉に、急激に顔が熱くなる。
からかわれているだけなのか、本気で言っているのかわからない。
こんなやりとりにも慣れたはずなのに、前とは違う。
心がザワザワして、落ち着かなくて
かき乱されているのがわかる。
それなのに、不思議と不快には感じない。
初めての感覚に、私はただ戸惑っている。
ーーーーーーーーーー
夏が終わってもまだまだ残暑が厳しい9月の後半。
放課後の数時間とはいえ、バイト中もなかなか仕事に身が入らない。
そういう時は本の整理をしながら、次はどの作品を読もうか、と面白そうな本探しをするようにしている。そうすると、すぐに時間が過ぎていくから。
入口横の本棚を整理しているとき、店の自動扉が開いた。
入ってきたのは大きな影。そして大きな足音。
「いらっしゃいま…せ……」
「おう!いらっしゃったぞ!」
今日も木兎さんは突然現れた。
ジャージ姿に大きなバッグ。
部活帰りのようだけど、周りには誰もおらず、ひとりのようだ。
突然現れることには慣れたけど、ここは学校ではなく私のバイト先の本屋。
まさかこんな場所で会うとは思っておらず、すごくびっくりして声をあげてしまった。
「木兎さん!えっ、ど、どうしたんですか?
こんなところで…」
「俺が本屋に来たら変か?」
「あ、いえ。そういうわけではないですけど」
変…というよりも意外だ。
こんな静かな場所、正直似合わない…
「苗字がバイト終わるまで待ってるな」
「えっ、あと1時間以上ありますけど」
「大丈夫!邪魔しないようにする」
言いながらグッと親指を立てて得意げに笑う。
「俺も苗字を駅まで送ってみたいんだ」
「え?」
そういえば、前に遭遇した時、高山さんに駅まで送ってもらってるところだったんだっけ。
「仕事頑張ってな」と言いながら、木兎さんは店の奥へと行ってしまった。
まさか、私と帰るためにわざわざ部活帰りに寄ってくれた…?
「………」
ほらまた、心がザワザワする。
その後木兎さんはバレー雑誌を読みながら本当に待ってくれていた。
私が仕事を終える頃には店の外にいて、「お疲れ!」と嬉しそうな笑顔。
そこから駅までの道を一緒に歩いた。
通い慣れた道。
高山さんが何度か送ってくれることがあったから
男の人と2人で歩くのは初めてではない。
でも、今はなぜかとても緊張してしまう。
私の横を木兎さんが歩いていることが、とても不思議。
こんなに目立つ人と歩いたら注目を浴びてしまうのでは…と心配だったけど、木兎さんは学校や体育館の時とは違い、大きな声で騒ぐこともなく、とても落ち着いていた。
それに、さりげなく車道側を歩いてくれたり
歩く速さもきっと、私のペースに合わせてくれている。
優しさを感じられる。
「苗字と2人で歩いてるとなんかデートしてるみたいだなー」
何度もそんなようなことを言っては嬉しそうに笑っていた。
「そういえば、私のバイト先知ってたんですね」
「おう!赤葦にしつこく聞いてたら、お前に確認してくれた」
そう言えば少し前に赤葦君からバイト先を聞かれたことがあったっけ。
「ごめんなー急に行って」
「いえ、少しびっくりしましたけど」
「俺さ、今日誕生日なんだよね」
「………え!?」
「だから会いたいと思って。学校では会えなかったしなー」
「あの、誕生日おめでとうございます」
「おう、ありがとう!いい誕生日だ」
嬉しそうにニカっと笑う。
誕生日。
木兎さんにとって一番特別な日。
私に会いたいと思ってくれてたんだ。
また、心がザワつく。
「……あの…どうして私なんですか」
「ん?」
ずっと、気になっていたこと。
あの日、たまたまあの席に座っていただけで
木兎さんが私を見つけたのは偶然なのに
どうしてここまで私のことを…って。
「木兎さん、きっと自覚はないんでしょうけど、女の子たちからすごく人気あるんですよ?」
「えっ、俺ってそうなの?」
「そうですよ。学校に可愛い子たくさんいるし、きっと選びたい放題なのに……」
キョトンと大きな瞳が不思議そうに私を見つめてくる。
少し失礼な言い方だったかも……
「ごめんなさい……」
言葉に詰まると、大きな瞳が優しく微笑んだ。
「選びたい放題なら、俺は絶対苗字を選ぶよ」
ずっとザワザワしていた心を
その言葉によって、ギュッと掴まれたのがわかった。
「うまく説明できないけどな……」
考え込むように顎に手をやりながら、木兎さんは立ち止まった。
かと思うと私を真っ直ぐ見つめてくる。
「ビビビッときたんだ。体育館で初めて見た時、遠目だったけどな」
「ビビビ?」
「初めてバレーした時もそうだった。ビビビッときて、俺にはコレだって思った」
その瞳が真剣になったような気がして
私はそれ以上、言葉が出なくなってしまった。
「今回も同じ。俺には苗字だって思ってる」
「………」
「それだけだ。特に理由なんてねえなぁ」
最初は、からかっているのかと思ったけど
この人はいつも自分に正直に、大真面目で
寄せてくれる好意は全て心からのものだって信じられるようになった。
少しずつ少しずつ、こうやって今も
心を掴まれていくのがわかる。
きっと抗えない。
どうしたって、惹かれてしまう。
「じゃあな!」
楽しそうに話し続けてくれる木兎さんに相槌を打っているうちに、あっという間に駅に着いた。
「送ってくれてありがとうございました」
「いや、俺がそうしたかっただけだからよ」
「あと、ごめんなさい。誕生日って知ってたら、何か用意したのに……」
「えっ!何かって、プレゼント!?」
身を乗り出してくる木兎さんの瞳に期待がこもり、さらに大きく開く。
その勢いに押され、私は返事の代わりにコクコクと頷いた。
「欲しいものありますか?」
「欲しいものかぁー。あ!そんならデートしてよ。俺と」
「えっ!デッ……」
「今日もデートみたいなもんだったけど、足りないしな!」
「いえ、でもデートなんて私どうしたらいいか……」
「楽しみにしてるわ!それじゃ、気をつけて帰れよ!」
大きく手を振って、行ってしまった。
最後の嬉しそうな懐っこい笑顔に
また心をギュッと掴まれた。
「……木兎さんと、デート…」
困ったことになった。
