木兎光太郎に溺愛される女の子【完結】
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episode.05「それも勘違い」
夏休みに入ってすぐに行われたインターハイ。
梟谷はベスト8という結果を残した。
会場が遠く、応援に行けなかった私はネットでその情報を知った。
全国で8位に入れるなんてすごい!
でも、全国優勝を目標としているチームの皆は、きっととても悔しかっただろう。
彼らの気持ちを思うと、涙が出そうになった。
木兎さん、元気かなぁ……
ふとそんなことを考える、夏休みの後半。
「苗字、お疲れ」
「高山さん、お疲れ様です」
本屋でのバイト終わり、休憩室で帰り支度をしていると、バイトの先輩で大学生の高山さんが声をかけてきた。
「もう暗いから、送ってく。待っててな」
「ひとりで帰れますけど…」
「いいからいいから」
本が好きというのと、学校帰りに寄りやすいからという理由で、入学してすぐ、学校から最寄り駅までの通り道にある本屋をバイト先に選んだ。
夏休み中は閉店まで働くようにしているので、帰りが遅くなってしまう。
駅までは歩いて15分ほどだけど、せっかくなので今日は送ってもらうことにした。
都心と違い、夜になれば商店街でも人通りは少なくなってくる。
「人気作家さんの新作の売れ行きがすごい」だの、「あの雑誌の特典が豪華」だの、仕事上の話をしながら高山さんと歩いていると、静かな商店街に大きな声が響いた。
「苗字ー!!」
驚きつつも、聞き覚えのあるその声の方へ振り返る。
「木兎さん!あ、赤葦君もいる」
大きく手を上げながらこちらに走ってくる木兎さんと、その後ろを慌てて追いかけてくる赤葦君。
2人に会うのは久しぶりで、自然と笑顔になった。
「お疲れ様です!部活帰りですか?」
「………」
元気に声をかけてきたはずなのに、近くに来ると途端に木兎さんは黙り込んだ。
ただただ、私と高山さんの顔を交互に見ている。
「そう。部活終わって、ラーメン食べてきたとこ」
代わりに赤葦君がそう答えた。
「そうだ!ベスト8おめでとうございます!赤葦君もおめでとう!すごいよ!本当すごい!」
「あぁ、ありがとう」
直接おめでとうを言いたかったから、こうして会うことができてよかった。
しかし、やっぱり赤葦君しか反応がない。
「………」
「木兎さん?」
「ごめんごめん。じゃ、俺たちはもう行くから。また2学期に学校でね」
「うん……」
「ほら木兎さん、行きますよ」
赤葦君は表情が固まったままの木兎さんの背を押しながら、駅方面へ足早に消えていった。
「学校の友達?」
「あ、そうです。クラスメイトともうひとりは先輩です。2人ともバレー部で……」
様子がおかしい木兎さんが気になりつつ、私も高山さんと駅へ向かった。
ーーーーーーーーーー
二学期——
夏休み明けでざわついていたクラスメイトたちも、一週間すれば普段通りの雰囲気に戻っていた。
「そういえば来なくなったね、木兎さん」
お弁当を食べながらすずちゃんがポツリと呟いた。
「うん、そうだね」
何でもないことのように軽く返事をしたけど、実は私も少し気になっていた。
一学期は毎日何かしら声をかけてきた木兎さんが、二学期が始まってから一度も顔を出さない。
「風邪引いてるとか?」
「木兎さんは風邪引かなそう」
「確かに」
そんなやりとりをして、笑い合って
その時はそれだけで木兎さんの話は終わった。
一学期のことを思い出す。
赤葦君に用事のついでに私にも声をかけてくれたり、赤葦君に用はなくても私に会いに来てくれたり、廊下ですれ違ったときは元気に挨拶してくれたり、1日に一度は顔を合わせていた。
読書をしながら居眠りしたり、外で一緒にお昼ご飯を食べたり、バレーをしたり
正直に言うと、楽しかった。
またそんな毎日になると予想していたから
拍子抜けすると同時に少し寂しくも思う。
私は赤葦君がひとりでいるところを見計らって声をかけた。
「赤葦君、木兎さん元気?」
聞くのはとても緊張した。でも、どうしても気になったから勇気を出した。
誰かのことをこんなにも気にするなんて、自分でも意外だ。
私の中で、木兎さんの存在が大きくなっていっているのを感じる。
「木兎さんさ、実は最近ずっと落ち込んでるんだよね」
赤葦君は少し思い詰めた表情をしていた。
「えっ、そうなの?」
「もともと気分の浮き沈みの励しい人だけど、こんなに長くバレーに集中できてないの初めてかも」
驚いた。
私の知る限り、木兎さんはいつも活発で楽しそうで、落ち込んでいる様子は想像できない。
「何かあったの?木兎さん」
「苗字さんの彼氏を見ちゃったからだと思う」
予想外の回答に、目が点になる。
私の……彼氏?
そんなものはこの世に存在しない。
記憶を辿った。
夏休み、2人に会った時一緒にいたのは……
「……待って、あの人彼氏じゃない」
「えっ」
「バイト先の先輩で、駅まで送ってもらってただけなの」
「なんだ、そっか」
ホッとしたのか、赤葦君の表情が穏やかになった。
「俺たちてっきり苗字さんの彼氏なんだと…」
「違うよ。私に彼氏なんていない」
「よかった……!!」
ホッとしたのか赤葦君が笑った。
「なんかごめん。その場で紹介すればよかったね」
「いや、大丈夫。気にしないで」
赤葦君は一瞬だけ考え込んだ後、何かを思いついたように鋭い視線で私を見る。
「あのさ、お願いがあるんだけど、今日バレー部の練習に来ない?少しでいいから。苗字さんから会いに来てくれれば、木兎さん喜ぶから」
そして少し言いづらそうに続けた。
「それで、苗字さんの口から説明してあげてくれないかな。こんなことばっか頼んで申し訳ないけど」
いつもパワフルで賑やかな木兎さんの元気がないのは、確かに心配だ。
「わかった。私も誤解解きたいし。今日行こうかな。お邪魔じゃなければ」
「ありがとう。助かるよ」
高山さんが私の彼氏だと勘違いして、木兎さんは落ち込んでしまったんだ。
大好きなバレーに集中できないほどに。
その事実を知って顔が熱くなってくる。
どうしてあの人はそこまで、私を想ってくれるのかな……
ーーーーーーーーーー
放課後——
「おーい!どうしちまったんだよ、木兎ー!」
「すぐ春高予選も始まるんだぞ〜!」
「なぁんか調子出ねぇんだよなー」
中からそんな声が聞こえてくる。
開け放たれている体育館の扉からそっと覗くと、赤葦君と目が合った。
その赤葦君が少し声を張る。
「木兎さん、少し休憩にしましょう!」
「おう、そうだな!」
「苗字さんが見に来てますよ」
「マジ!!!?」
木兎さんは勢いよくこちらに向き直ると、いつものように拳を作った両手をあげた。
「ヘイヘイヘーイ!」
そのまま外まで走ってくる。
「なんだなんだ、今日は。バレーしに来たの?」
「あ、いえ…そういうわけではなくて……」
「つーか久しぶりだな!夏休みだったもんな!元気だったか?」
「私は元気ですけど、木兎さん最近元気ないって赤葦君から聞いて……」
そう言うと、タオルで顔を拭いていた木兎さんの手がピタリと止まる。
「えっ、おれが心配で来てくれたの?」
「………」
まぁそうなんだけど、はっきりと肯定するのは少し恥ずかしい…
何て答えようか迷っているうちに、木兎さんが言葉を続ける。
「すげー嫌だったんだよ。くっそー」
八つ当たりをするように、今度はガシガシと顔を拭いている。
「嫌だったって…」
「苗字の彼氏!」
赤葦君の言っていたことは本当だったんだ。
「……あの人、彼氏じゃないです」
「マジで!!!!」
いつもに増して、声が大きい…
「その誤解を解くために、今日は来ました。あの人はバイト先の先輩で、あの日たまたま駅まで送ってくれただけなんです」
「そうだったのか!俺あの日、ちょっと泣いた」
「えっ、木兎さんも泣くことあるんですか!」
「俺もびっくりした。それくらい嫌だったんだな!でももう大丈夫だ!」
大口を開けて清々しくそう言い切る。
落ち込んでいたはずの木兎さんの変わり様がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
「あははは!」
と、両膝に手をついて、視線の高さを合わせ
嬉しそうに私の顔を覗き込んでくる。
「苗字の笑った顔も久しぶりだ」
人懐こい仕草が、なんだか可愛いと思った。
「元気になったようで、よかったです」
「おう!今日来てくれて嬉しいし、彼氏じゃなかったし、いいことばっかりだ!」
「木兎さんのそういうポジティブなところ、見習いたいな」
「そう?俺のこと好きになった?」
「えっ……あ、いえ、そういうわけじゃ…」
「まだだめかー!」
「………」
こういうところは、やっぱりまだ慣れなくて少し焦ってしまうし、うまい言葉も出てこない。
黙ってしまうと、今度は木兎さんの方が少し慌てていた。
「オイオイ、申し訳なく思ったり、思い詰めたりするなよ。重荷にはなりたくないからな」
「!」
可愛いところもあるかと思ったら
いつだって私を気遣ってくれる懐の深さは
やはり年上の男の人なんだと思わせてくれる。
「……木兎さんて、優しいんですね」
「えっ、知らなかった!?ならさ、俺のこともっと知っていってよ」
ほら、またこうやって
今度は少年のような屈託のない笑顔。
「………」
顔が熱くなる。
なんだか今日は、コロコロと表情が変わる木兎さんから目を逸らせない。
「あ、休憩終わる。中で練習見てくか?」
「いえ、邪魔しちゃ悪いので」
「そう?全然平気だけどな」
「……今日は帰ります」
皆にも軽く頭を下げて、逃げるように体育館を離れた。
なんとなく、帰ったほうがいいと思った。
これ以上、かっこいい木兎さんを見ないほうがいいって。
学校を出ても、まだ胸が焦っているようにドキドキしてる。
——俺のこと、もっと知っていってよ
……もっと知りたい、と思ってしまった。
