木兎光太郎に溺愛される女の子【完結】
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episode.04「読書とバレーボール」
「よう!」
それからというもの、木兎さんは頻繁に声をかけてくるようになった。
「赤葦に用事だったんだけど、苗字の顔見れて嬉しいわ!元気か?」
「はい、元気です」
「俺も!」
廊下ですれ違えば
「おう!どこ行くんだ?」
「次の授業、科学室なんです」
「実験か!頑張れよ!今日も可愛いなぁ!」
昼休みには
「苗字!昼メシ!一緒に食うか?」
「すみません、友達と食べるので」
「そうか!じゃ、また今度な!」
というやりとりもよくある。
木兎さんはとても淡白というか、あっさりしていて、誘いを断ってもこんな感じで、しつこく強要はしてくることはない。
クラスに来られる度に少し緊張するけど、その点は助かっていた。
すずちゃんを含めたクラスの友達数人と机を寄せてお弁当を食べながら、自然と木兎さんの話題になる。
「ほんと、もったいないよ、名前」
「ほんとほんと〜!毎日のように顔出してくれてるし、試しに付き合ってみればいいのに」
「まぁ名前は男女間のそういうのに疎いとこあるからね」
すずちゃんのその言葉に苦笑いを浮かべる。
「うーん…付き合うとかそういうの、よくわからないんだよね」
「まぁ、あんたのペースでいいと思うよ」
高校2年生にして、初恋も経験がない。
テレビに映る俳優やアイドルを格好良いと思うことはある。けどそれは恋とは違うし、学校やバイト先の男友達と普通に話したりはするけど、特別な感情を持ったことはない。
恋に一喜一憂している友達を見て、羨ましいと思ったこともある。私もいつか、あんなふうに誰かを好きになってみたい、って。
同時に少し焦ってもいた。
恋をしている自分を想像できないから。
私に、恋なんてできるのかな……
ーーーーーーーーーー
ある日の昼休み。
この日は昼食を済ませた後に木兎さんがやってきた。
「お!今日は読書か!」
「木兎さん、こんにちは」
木兎さんは私の手元の本に注目しながら、前の椅子を引いて跨ぐように座り、私の机に頬杖をついた。
真っ直ぐにニコニコと笑顔を向けてくる。
「………」
目の前に座られてしまったし、本はしまうべきだよね……
と思い、読んでいたページに栞を挟もうとしたら、木兎さんの手がそれを制するように本を掴んだ。
「いいよいいよ。読んでたんだろ?俺のことは気にすんな」
予想外の反応に少し驚いた。
お言葉に甘えて、私は栞を置いた。
「どんな本?」
「推理小説です」
「むずかしそ。俺は本、苦手だ〜。文字ばっか見てると眠くなっちまって。でも苗字は本が好きなんだな!」
「面白いですよ?同じ作者さんの別のやつあるので、読んでみますか?」
言いながら机の横にかけていた鞄からもう一冊本を出し、目の前に置く。
木兎さんは「分厚いな」と呟きながらそれを手に取った。
「漫画ならいいんだけどな〜」
そう言いながらもペラペラとページを捲る。
今度は「ひとつも絵がねぇなー」と呟いた。
「………」
「………」
少しして木兎さんは喋らなくなり、私も本に集中していた。
昼休みに先輩と向かい合ってそれぞれ読書なんて、なんだか不思議に思う。
私の好きな作家さんの小説、楽しんでくれてるのかな…と、一度本から視線をずらして木兎さんを見ると
「………!」
ぐっすり寝ていた。
本は机に立てて開き、両手で握ったまま、顔は突っ伏して規則正しく寝息を立てている。
とっても自由な人。
けれど、どこか憎めない。
夏休みに入ったらすぐにインターハイだと赤葦君が言っていた。きっとバレー部は毎日ヘトヘトになるくらい、練習をしているんだろう。
このまま少し、寝かせてあげよう。
「……これ、どういう状況?」
どこからか教室に戻ってきた赤葦君が、私のところへ来て顔を歪ませた。
「一緒に本読んでたんだけど、そのまま寝ちゃって…」
「木兎さんが読書!?」
「うん、2ページくらいかな」
「しょうがないな。木兎さん!木兎さん!」
私が少し困っているのを見兼ねて、赤葦君が木兎さんの肩を揺らす。
「んあ…?」
「もうすぐ昼休み終わりますよ!」
「しまった!寝てたかー!」
木兎さんはとても寝起きが良く、キリッとした顔で勢いよく立ち上がった。
「……あははっ!」
その様子に、思わず笑ってしまうと
「お!苗字が笑った!」
珍しいものでも見るかのように、大きな目を輝かせながら私の顔を覗き込んできた。
そういえば、木兎さんの前で笑ったことはなかったかもしれない。
「なぁ、俺と付き合う気になったか?」
脈絡なく続けられた言葉に、笑顔は引きつった。
こういうところは、まだまだ反応に困ってしまう。
「……なりません」
「そっか!俺はいつでも大歓迎だから!じゃあな!」
そう言って教室を出て行った。
赤葦君もひと仕事終えたように息を吐いて、自席へと戻る。
それにしても、居眠りする木兎さんの横で、本を読む時間。
不思議と癒される空気感だった。
ーーーーーーーーーー
夏休み前、最後の登校日。
「苗字〜!昼メシ一緒に食わないか!」
木兎さんからお昼の誘いがあった。
「えっと……」
「たまには行ってあげなよ。私達のことはいいから」
友達と集まりお弁当を出し始めていたので、いつものように断ろうとすると、すずちゃんが私の背中を軽く押した。
「毎日毎日、健気だと思わない?明日から夏休みだし、今日くらいはさ。ね?」
「……じゃあ、そうしようかな」
恥ずかしさはあった。緊張もする。
でもすずちゃんの言うとおり、断り続けるのも申し訳なかったし、誠意に応えたい気持ちもある。
何より、この間の木兎さんとの読書の時間は、私にとって意外と有意義なものだったから。
……彼は寝ていただけだけど。
彼の存在が、私の中で少しずつ変化してきている。
今は2人でお昼を食べるくらいなら、と受け入れることができるようになった。
その変化が自分でも不思議で、でもどこか嬉しくも感じた。
お弁当を手にそばへ行くと、予想だにしていなかったのか、木兎さんの大きな目がいつも以上に大きく開いた。
「マジ!?」
「あの……たまには、いいかなって」
「よっしゃあ!!ヘイヘイヘーイ!!!」
「静かにしてください」
木兎さんがいつもお昼を食べているという場所に連れて行ってくれた。
外に出て、本館と新館を結ぶ通路横のちょっとしたスペースへ。
校舎によってその部分はちょうど影になっていて、夏だけど風が通り気持ちがいい。
木兎さんはコンクリート部分へ勢いよく腰を下ろしあぐらをかいた。
そうか、男の子は椅子がなくても気にしないんだな、と気がつき、なんだかそれが少し羨ましくもなった。
「あ、地べたとか嫌だったか!女の子だもんな!」
なかなか座らない私を見て、焦って立ち上がる。
最近わかってきた。
木兎さんは直感で行動しているようで、意外と周りを見ていて、ちゃんと人に気が配れる人なんだ、と。
「大丈夫。気にしないです」
私は思い切って木兎さんの隣に腰掛けた。
さすがに同じようにあぐらをかくわけにはいかないので、そのまま前に両足を伸ばし、風で捲れないようスカートの端を太ももの下に入れ込んだ。
私が座ったのを見て、木兎さんは嬉しそうに笑い座り直した。
「いつもはここでメシ食って、食い終わったらあのボールで遊んでる」
木兎さんが目配せした先には、年季の入ったバレーボールが転がっていた。
「バレー部のヤツら誘ったり、クラスのヤツらとな。でも今日は苗字が来てくれて、一番嬉しいわ」
嬉しそうな笑顔に、心臓が小さく跳ねた。
いつも唐突な好意を感じる言葉には、まだまだ慣れそうにない。
「明日から夏休みだし、顔見れなくなるだろ?だから今日は絶対会いたかったんだ」
こうやって、真っ直ぐに気持ちを伝えてくるから、どうしたって照れてしまうし気恥ずかしい。
最初は冗談なのかと思ったけど、木兎さんはいつだって本気で、本心しか言わない人だと知った。
だからこそ、余計に心臓に悪い。
「いいこと考えた。写真撮っとけばいいんだ」
おかずの唐揚げを頬張る私に突然スマホを向けてきて、私は慌てて顔を逸らした。
「ダメです」
「なんで?」
「恥ずかしいので」
「おお、そうか」
私が半分ほどお弁当を食べ進めている横で
「ごちそーさまでした!」と手を合わせ
木兎さんは立ち上がり、ボールを触り始めた。
ひたすらオーバーを繰り返しながら歩き回ったり、くるくると指先で回してみたり、壁打ちをしたり
ボールを自在に操る姿は見ている方も楽しくて
どこかで聞いたような”ボールは友達”という言葉がよく似合うと思った。
「食い終わったら苗字もやろ!」
「えっ、私には無理ですっ」
「そう?」
運動神経には自信がないし、体育で初めてバレーをやったときには思い通りにならないボールに四苦八苦していた記憶しかない。
バレー部の、ましてやエースである木兎さんの練習相手なんて、務まるはずがない。
……と、そう思っていたのだけど
ひとり黙々とボールに向き合っている木兎さんの姿を見ながら、この間の昼休みのことを思い出していた。
——面白いですよ?
——漫画ならいいんだけどな〜
苦手と言いながらも、私が好きな本を読もうとしてくれた。
結果、眠ってしまったけど、いっときでも本を開いてくれたことが、私はとても嬉しかったんだ……
「……少しやってみようかな!」
食べ終わったお弁当を片付け、立ち上がってそう言うと、木兎さんは嬉しそうに笑った。
「おう!」
向かい合ってのパス練習が始まったが
予想していたとおり私はボールを真っ直ぐに返すことができなくて
木兎さんがたくさん動いてフォローしてくれても、何とか10回続く程度。
「ごめんなさい、私下手くそで…」
「下手くそでいいよ!俺は苗字とバレーできるだけで嬉しいから!」
「でも、そろそろ手が痛いです」
手首を見ると、少し赤くなっていた。
と、その腕に大きな手が伸びてくる。
木兎さんが背後から私を抱えるようにして両手首を掴んできた。
突然のことに驚く私を気にもせず、レシーブの腕の形を教えてくれた。
「腕はこう。手首開いて。肘伸ばして」
珍しく静かで真面目な声が頭の上から響いて、緊張から体が固くなる。
しかし直された腕を見ると、手首を開いたことによって平らになった気がする。
「そんで、膝曲げてな」
言われた通り、膝をグッと曲げる。
が、少しやっただけで膝が震えてくる。
「わぁ、結構キツいですね」
自分の運動不足に苦笑いを浮かべながら振り返ると、思ったよりも近い距離で目と目が合う。
「っ………」
木兎さんは静かに私から離れた。
「……木兎さん?」
「いや、大丈夫!わかったらもっかいやるぞ!」
「はい」
おかげで少しだけコツを掴むことができ、少しずつパスが続くようになってきた。
思った方向へ返せると嬉しくて、結局昼休みが終わるまで、私もボールに夢中になっていた。
「練習まで付き合ってくれてありがとうな!」
「木兎さんの練習になったかはわかりませんが……私も楽しかったです」
自然と笑いかければ、満足そうな笑顔が返ってくる。
一学期最後の思い出は、木兎さんとのバレーボール。
明日から、夏休みが始まる。
