木兎光太郎に溺愛される女の子【完結】
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episode.12「はじまり」
大きな体育館。センターコートに集まる視線。
鳴り止まない声援。
この数日、私はすずちゃんと一緒に毎日東京体育館へと通った。
たった一度の敗北で消えていく。
そんな厳しさの中で繰り広げられる全ての試合が、まさに激闘だった。
あの日の願いが通じたのか、梟谷は順当に勝ち上がっていった。
でもそれは、決して楽な道のりではなく、皆の苦しそうな場面をいくつも見てきた。
その度に胸がいっぱいになる。
木兎さんに会いたかった。
けど、会いに行くことはできなかった。
邪魔はできない。気軽に声などかけられない。
応援席からただひたすらにエールを送ることしかできなかった。
そして、一林高校との決勝戦
第5セット終了の笛が鳴る。
その瞬間、悲鳴のような歓喜の声があがったのは
私たちではなく、一林の応援席だった。
「うあ〜!くやしいぃぃ〜……」
「………うん、悔しいっ」
涙を流して抱きついてくるすずちゃん。
その背中をさすりながら、私も涙を流した。
周りからも悔しそうな落胆の声や、鼻をすすら音が聞こえる。
選手の皆がこちらに向かって一列に並び、深く頭を下げた。
「応援、ありがとうございました!!!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
顔を上げた皆に心から拍手を贈る。
全員が無念の涙を流している中、悔しそうに唇を噛み締めている木兎さんの姿が印象的だった。
その後の閉会式。
キャプテンとして、準優勝のトロフィーを受け取る姿はとても凛々しく堂々としていて、私はまた涙が溢れ出た。
「私、帰るね。名前は木兎さん待ってるでしょ?」
「……待ってていいと思う?」
「何、その自信のなさ!」
「果たしてうまく励ませるかどうか…何て声かけたらいいかわからなくて……」
「別に励まさなくていいんじゃない?好きな子が会いに来てくれたら、それだけで嬉しいと思うよ」
ポンと私の肩を叩いて、すずちゃんは先に帰っていった。
体育館正面の出入口付近で木兎さんを待つ。
観戦客、他校のバレー部員、運営関係者、取材スタッフと、たくさんの人たちが次々と出てきて、そこは人で溢れかえっていた。
梟谷の皆を見逃さないよう、目を凝らす。
でも彼らは全国制覇は逃したものの、準優勝チーム。取材を受けたりしていて、他の人たちよりも時間がかかっているようだ。
人もまばらになり、陽が暮れはじめる。
諦めて帰ろうか……と思い始める頃、出入口が開いた。
「はぁー!終わっちまったなー!」
「悔しすぎて、俺今夜寝れないかも」
「俺もー」
聞き慣れた声。白と黒のジャージ姿。
梟谷の皆だった。
「あ……」
赤葦君が隅にいる私に気が付いてくれて、一番後ろにいる木兎さんに声をかけてくれた。
「木兎さん、苗字さんですよ」
「えっ」
パッと顔を上げた木兎さんと目が合う。
静かで、いつもの元気がない。でも心配するほど落ち込んでいるようにも見えなくて、それは少しホッとした。
「先に帰りますね。お疲れ様でした」
「木兎お疲れー!またな!」
「おう!」
赤葦君を筆頭に、他の部員の皆は先に帰っていった。
彼らの背中に向かって頭を下げて見送った。気を遣わせてしまって申し訳なく思う。
「………」
「………」
木兎さんが私の目の前まで来てくれて、向き合う形で立ち止まった。
何か言わないと、と焦れば焦るほど、言葉が見つからない私は、体の前で両手をもじもじさせるだけ。
やっぱり、日を改めた方が良かったかもしれない。
「待っててくれたんだな。ありがとう」
口を開いたのは木兎さんの方だった。
その一言だけで、再び私の涙腺は緩んでくる。
「毎日応援来てくれてたの、見えてた」
きっとすごく悔しいはずなのに、変わらずいつものように優しい声色。
「私も……いっぱい感動させてくれて、ありがとうございました」
真っ直ぐに木兎さんの顔を見上げてそう言うと、抑えていた涙がボロボロと溢れ出る。
「…くっ……」
釣られたように、木兎さんの大きな瞳からも涙が溢れた。それを見られたくないのか、俯いて顔を逸らす。
私は思わず、目の前の大きな体に抱き付いた。
脇の下に腕を通して、強く抱き締める。
「ちょ、苗字?」
頭の上から戸惑いの声。
木兎さんの体が硬くなっている。
私には、彼を元気づけられるような言葉は思い浮かばないし、こうすることしかできない。
腕にさらに力を込めて、胸に顔を埋める。
少しでも木兎さんの辛い気持ちを減らせるように。
「……ありがとう」
小さくそう呟いて、木兎さんの腕が私の背中に回された。
完全に2人の身体が密着する。
強く抱き寄せられて、胸が熱くなる。
「あー!なんかもう、頭ぐちゃぐちゃだ!」
その体制のまま、木兎さんが声を荒げた。
「なんか取材?でさ、準優勝って十分すごいって言われたんだけどさ、もう一歩で優勝できたのに!って悔しいんだよ!決まってるだろ!」
「そうですよね」
「あと、高校生活全部つぎ込んできたバレーが終わっちまったのが寂しい。すっげー寂しい」
「うん」
「でも、あいつらと最後までバレーできて幸せだったなって思えて。もういろんな感情で頭ぐちゃぐちゃなんだよな」
溜め込んでいた気持ちを爆発するように吐き出すと、首を深く曲げて、私の肩に顔を押し付けてくる。
「あと、苗字とこうしてることで、今すげー舞い上がってる」
その仕草が、なんだか少し甘えているように感じて、胸がドキドキする。
「ごめん、嫌だったらすぐ離れる」
「……嫌じゃないです」
そっと腕を伸ばして、木兎さんの頭を撫でた。
愛おしい。この人のことが、とても。
「俺、これ…やばいかも。嬉しすぎて」
私もです、って言おうとしたら、木兎さんは唐突に勢いよく私から離れる。
「春高終わったら、ちゃんと言おうと思ってた」
「?」
大きく鋭い瞳に正面から見つめられ、目を逸せない。
「苗字のことが大好きだ」
ギュッと両手を握られて、突然の告白。
「このまま俺のモノになってよ。卒業したらもう会えないとか、耐えらんない」
また、涙が溢れそうになる。
「……本当はずっと思ってたんです」
——前から四列目の右端の子が、木兎のこと、かっこいい!って言ってたよ〜
——うお!マジかっ!
「あの日、あの席に座っていてよかったって」
——コートから見て思ってたんだけどさ
——君、すっごい可愛いな!!
「木兎さんが私を見つけてくれてよかったって」
——俺と付き合う?
「木兎さんが好きになった相手が、私でよかったって」
私も、春高が終わったらちゃんと言いたかった。
「木兎さんが好きです」
「………」
「………」
「今、好きっていった!?」
「……言いました」
「今度は勘違いじゃねぇな!?」
「ないです。本当に……好きです」
一世一代の告白。
怖くて、恥ずかしくて、ギュッと目を閉じる。
と、突然ふわりと体が浮いた。
「ヘイヘイヘーイ!!」
「うわ!!」
驚いて目を開けると、木兎さんに力いっぱい抱き上げられている。
「今日の俺、最強!!優勝!!」
「お、おろしてくださいっ!怖いし、恥ずかしいっ」
「すっげー幸せだ!!」
聞こえているのかいないのか、おろしてくれる様子はなく、私の腰を抱いたままぐるぐるとその場で回る。
力強く支えてくれる腕に恐怖心はなくなり、本当に嬉しそうな様子に私も嬉しくなった。
幸い、辺りにはもう人影はなかったので、おろしてもらうことは諦め、私も思い切り木兎さんの首に抱き付いた。
体育館前広場の片隅で
2人、いつまでも抱き締め合った。
本当だ。すごく幸せ。
最初は、少し変わった人だと思ってた。
嵐のように現れて去っていく
その様子に正直戸惑った。
いつも元気で、でも落ち込みやすくて
芯が強くて、器が大きく、とにかく優しい。
いつの間にか心が惹かれていた。
私に恋を教えてくれた人。
あの日、あの体育館
前から四列目、右端の席が
私の幸せのはじまりだった。
…fin
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