木兎光太郎に溺愛される女の子【完結】
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episode.10「ほんのひととき」
「——では、有意義な冬休みを過ごしてください。以上!」
体育館に集められた全校生徒たちは、相変わらず長い校長の話を退屈そうに聞き、終業式が終われば途端にザワザワと賑やかになった。
その後は教室で短いホームルーム。
これさえ終わってしまえば、気分は冬休み。
そして今日はクリスマス・イブ。
「名前、お昼どっか寄ってこーよ」
「そうだね。せっかくだし、駅前行こ」
すずちゃんとそんな話をしながら帰る準備をしていると、周りからも「一度帰ってカラオケ集合」「プレゼント交換しようね」なんて話題も聞こえてくる。
浮かれた雰囲気の教室。
そんな中、ふと視界に入った赤葦君はひとりお弁当を広げていたので、私はつい彼の席に駆け寄った。
「赤葦君、まさかこれから部活?終業式の日まで?」
「うん。昼食べたら集合」
赤葦君の返答にすずちゃんは驚いて声をあげた。
「クリスマスなのに!」
「まぁ関係ないよね」
そう、春高で全国制覇を目標としている彼らには、冬休みもクリスマスも、もちろん年末年始も全く関係がないんだ。
赤葦君はなんてことないようにしているけど、私はここまで頑張る彼らを心の底から尊敬している。
「春高応援行くから!ね、名前」
「もちろん!頑張ってね!」
「ありがとう。じゃあ、良いお年を」
「そっか!良いお年をー!」
赤葦君に手を振って、教室を出た。
じゃあ木兎さんもこれから部活なんだ……
と、つい木兎さんのことを考えてしまう。
終業式のとき、遠目から彼を見つけた。
明日から冬休みだし、最後に少しでも話ができるかと期待していたけど、友人たちに囲まれていたので諦めた。
せっかくのクリスマス、少しでも会いたかったな……
「じゃ、名前、冬休み遊ぼうね!」
「うん!また連絡するね!」
すずちゃんと別れ、帰り道ひとりになると
余計に寂しく感じる。
吹き付ける北風から寒さを凌ぐよう、マフラーに鼻まで埋めた。
家に帰っても、妹は友達と約束があると言って早々に出かけてしまい、すぐにひとりぼっちになってしまった。
「……なんか寂しいな…」
とりあえずテレビを見るものの、ぽつりと言葉が漏れる。
すずちゃんは家族でパーティーだと言っていたし、他の友達を誘えばよかったと後悔し始める。
時計を見ると夕方5:30。
もう少し待っていれば、父も母も帰ってくるだろう。
そう思いつつ、私はテレビを消した。
「………行っちゃおうかな…」
コートを羽織り、マフラーを巻いて、バッグを肩にかけ、家を出る。
会いたい、と思ってしまった。
ほんの、ひとときでいいから。
木兎さんの部活が終わる時間は知らないけど
行けば会えるかもしれないと思ったら、止まらなかった。
自分の行動力に驚いた。
突然会いに行ったら迷惑だろうか。
ううん、きっと彼なら喜んでくれる。
不安と期待が入り混じって、胸のドキドキが止まらない。
学校に着くころには、すっかり陽が沈んでいた。
体育館も真っ暗。
もう帰ってしまったかも……
意気消沈すると同時に、体育館横の部室棟はまだ電気が点いていることに気付く。
近くへ行くと、中には人の気配があり、男子生徒の話し声も聞こえてきた。
きっと、バレー部の皆だ。
「間に合った……」
急いでいたため乱れた息を整えながら、皆が出てくるのを待っていると、開いた扉から木兎さんの大きな声が響いた。
「ラーメン食ってくひとー!?」
元気な声に気持ちが高鳴ると同時に、緊張から体が硬くなる。
先頭の木兎さんに続き、部室の奥から続々と出てくる部員たちからは「クリスマスにラーメンかよ」「どうせまた奢りじゃないんだろ」などと苦情が聞こえた。
気まずい。でも会えた。
私に気付いてくれた木兎さんがパッと笑顔になる。
「あれー!苗字がいる!」
「お疲れ様です」
嬉しそうに駆け寄ってきてくれる姿に安堵した。どうやら迷惑ではなさそうだ。
「なんか久しぶりだな!どうした?こんな時間に」
「えっと……」
「まさか、また俺に会いたくて!?」
「………」
木兎さんの後ろから部員の皆もこちらを注目している。
この状況で「そうです」なんてとても言えない。
「木兎さん、困らせてますよ」
いつものように赤葦君が助け舟を出してくれた。
「そうか?まぁ帰るなら駅まで送ってくわ。もう暗いしな」
「じゃあ俺たち帰るなー」
「木兎、また明日」
「おう!お疲れー!」
部員の皆さんに気を使わせてしまった気がする…
彼女でもないのに、部活終わりに会いにくるなんて少し図々しすぎたかも…
「ラーメン食ってかない?」
私の不安をよそに、木兎さんはいつものように歯を見せて笑った。
こういうところにどんどん惹かれてしまう。
「でも帰りが遅くなっちまうか」
「大丈夫です。行きたいです。ラーメン」
「うっし!行くか」
前にバレー部で行ったという、帰り道の商店街にあるラーメン屋さんへ連れて行ってくれた。
近くの大学生や、仕事帰りのサラリーマンで賑わう店内。
高校生は見たところ私たちだけのようだ。
カウンター席に並んで座り、同じしょうゆラーメンをすすった。
学校を出た時から、胸がずっとドキドキしている。
大盛りにしていた麺がどんどんなくなっていくな、とか
食事中はあまり喋らないんだな、とか
玉子は最後までとっておくんだ、とか
こっそりと隣の木兎さんを観察する。
そんなほんのひとときを、特別に感じた。
「美味しかったですね。お腹いっぱい」
「おう!」
お店を出てそう言うと、木兎さんも満足げに笑った。
ここから駅まで、10分もかからない。
もうすぐ、お別れ。
次会えるのは、きっと春高の試合当日。
と言っても、応援をしにいくだけだから会えるとも限らない。木兎さんは一日中忙しいだろうし。
そう考えてしまうと、しんみりとした空気が流れる。
と、木兎さんが静かに話しはじめた。
「なぁ本当に俺の思い込みなら別にそれでいいんだけど……」
「……はい?」
「やっぱり今日は、俺に会いに来てくれたんじゃないの?」
いつになく真剣な表情にドキッとする。
「ラーメンも付き合ってくれたし、そうだったらいいなって思ってるんだけど」
いつもストレートに気持ちを伝えてくれる木兎さん。
たまには私も、ちゃんと気持ちを言わなくては。
「しばらく、会えなくなるので」
「………」
ゆっくり話し始めるとするどい視線を向けられる。
少し驚いているような、期待がこもっているような、そんな瞳。
私は恥ずかしさから、下を向いた。
「今日、クリスマスだしっ……なんか、会いたいなと思って……来ちゃいました」
「………」
すごく勇気を出して、素直にそう言った。
恥ずかしすぎて、顔を上げられない。
木兎さんの歩みが止まって、私も立ち止まる。
「………」
「………」
何も言ってくれないことが怖くて、恐る恐る顔を上げる。
こちらを見下ろす大きな瞳と、しっかりと目と目が合うと
「ずりぃ〜っ!!」
ガシガシと頭を掻きながら、今度は木兎さんの方が顔を逸らした。
「そうやって可愛いこと言うと、抱き締めたくなっちまうだろうが!」
照れているような、焦っているような
初めて見る表情に胸がキュンとなった。
「でも、それはダメだな。女の子に気安く触れるか。俺は耐えるぞ」
独り言のようにブツブツ言いながら、木兎さんは再び歩き出した。
慌ててその後を追うと、振り返りながら悪戯な笑顔を向けられる。
「まぁ彼女になってくれたら、遠慮なく撫でくりまわすけどな」
「撫でっ……」
「それ想像すると心臓バクバクしてくるからな、なるべく考えないようにしてる!」
撫でくりまわす……
刺激の強い表現に、顔が一気に熱くなる。
「………」
「やべ、ごめんっ!下心出しすぎた?今、ちょっと引いてる?」
「いえ、そんなことないですけど……」
「変態みたいだったな!ごめんな!」
「大丈夫!大丈夫です!」
ひたすら謝り続ける木兎さんに、大丈夫、と笑顔を返しているうちに、駅はもう目の前。
別れ際、もう一度真剣な表情になった木兎さんに
「今日、ありがとうな。会いに来てくれて、嬉しかった」
そう言われ、最後にもう一度心臓が跳ねた。
改札へ向かう私に向かって大きく振られる手が目に留まる。
もしも彼女になれたら、あの手が私に触れる……
どんなふうに……?
心臓がバクバクするのは、私のほうだよ。木兎さん。
