黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【連載中】
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episode.09「友達を超えて」
——俺の独占欲
——結構可愛いから、少しは気にしたほうがいいぞ
つい口走ってしまった自分の言葉を思い出して、頭をガシガシとかく。
それらを言った時の苗字の表情が頭から離れない。
ポカンと口を開けて、みるみる頬を染めて、恥ずかしそうに視線を逸らす。
いや、恥ずかしがってるというより、完全に引いていたような気も……
「攻めすぎたか……?」
後悔から、独り言まで漏れてしまう。
しかも、あれから3日経つというのに、この3日間苗字は学校を休んでいる。
「……俺のせいなのか?」
また、ぽつりと独り言。
「さっきから何なの?」
隣を歩く研磨が眉間に皺を寄せ、怪訝そうに見上げてきた。
手にはゲーム機。画面には『ステージクリア』の文字が出ていた。
「何でもない。つーか歩きながらゲーム、やめなさいよ。いつも言ってるけど」
「ここだけクリアしたかったんだよね」
そう言いつつ研磨は次のステージへと進む操作をしている。
はぁ、とため息をついて前を向くと、足が止まった。
「苗字……」
俺の反応を見て、研磨も同じ方を見た。
目の前のコンビニから出てきた苗字は、こちらに気付くことなく背を向けて歩き出す。
「苗字!」
声をかけ追いかけると、苗字は振り返り、俺に気付くと体と表情が固まる。
「休んでるから心配してたんだが、元気そうだな。よかった」
「あ、うん…ただのサボりと言いますか……」
気まずそうにそう言って、俺の隣を見るなり再び固まった。
その視線の先は、後から追いついてきた研磨。
「孤爪くんだ…セッターの……」
そのまま視線は研磨に釘付けになる。
まるで珍しいものを見たような、憧れのアイドルを目の当たりにしたような
瞳はキラキラと輝いている。
その視線に圧を感じた研磨は、俺の後ろに隠れた。
「そんな珍しいもんでもないでしょ。ただの研磨だよ」
「でも、間近で見たの初めてだから……」
研磨相手に「あ〜緊張する」と言いながら、嬉しそうに胸に手を当てている様子は、なんだか気に入らねー。
「俺にはもう緊張もドキドキもしないってことね…」
「えーっと、黒尾君…あ、黒尾にはだんだん免疫がついてきたといいますか」
まぁそれだけ慣れてくれたと喜ぶべきか……
「研磨、こいつ例の。今年同じクラスになった苗字。ちゃんと挨拶する」
いつまでも後ろで隠れている研磨を前へ促すと、研磨はしぶしぶ出てきて、視線は逸らしたまま軽く頭を下げた。
「どうも」
「こんにちは。わぁ、本物だ……」
苗字から注がれる熱い視線に耐えられないのか、助けを求めるように研磨が俺を見る。
と、苗字は研磨が手にしているゲーム画面に注目した。
「あ!私もこれやってる」
「……そう」
「でも、ステージ3のボスがどうしても倒せなくて、悪戦苦闘中で」
「隠しアイテムは見つけた?」
「えっ、何それ。知らない!」
「ボスのところ行く前に……」
おお。会話してる。
人見知りする研磨も、ゲームの話題だからか、普通に話ができている。
そのまま、俺の存在は忘れられたように、2人で盛り上がりはじめた。
「………」
不意に苗字の肩に手を置く。
「研磨、俺こいつ送ってくから先帰って」
「うん」
「えっいいよ!2人で帰ってたんでしょ?」
「まぁ別に」
「そうだ、気にすんな」
そのままコンビニの前で研磨と別れた。
3日前もこうして2人で歩いたな。
あの時は勢いで手を繋いで、調子に乗ってそのままずっと小さな手を握ってた。
「………」
苗字の手元を見ると、コンビニの袋を下げていたので、今日は手を繋ぐことは諦め、その袋を預かった。
「あ、ありがとう」
「おう」
「………」
「………何で俺と2人になった途端黙り込む」
「え、だって……黒尾は最近さ、手繋いだり、びっくりすること言ってくるから……」
「嫌だった?」
「………そうでもない」
素直な反応に笑みが溢れる。
「買い物だったのか?」
「うん、おやつとジュース。私、さっきのコンビニでバイトしてるの」
「へ〜。たまに部活帰りに寄ってくけど、会ったことねぇな」
そう言うと苗字は少し罰が悪そうにこちらを見る。
「遭遇するの恥ずかしいから、バレー部の皆が見えるとバックヤードに逃げてた。その赤ジャージ、遠目でもすごく目立つんだよ」
言いながら俺が来ているジャージを指差す。
苗字らしい行動が笑えた。
「ちゃんと仕事しなさいよ」
「ごめんなさい」
「次は逃げるなよ」
「はい」
そんな話をしているうちに見えてきた、3階建てのアパート。苗字はその前で立ち止まった。
「ここ、うち」
「へぇ〜」
「おやつ食べてく?お母さん、どうせ仕事でいないし。ジュースもあるし」
「………」
ニコニコと俺からコンビニ袋を受け取りながら、まさかの誘い。
言葉に詰まった。
結構大胆なこと言ってること、こいつ自分で気付いてるのか?
彼氏を初めて部屋に誘う定番のやり方なんだけど
……わかってないんだろうな。
「……親不在のときに勝手に上がり込むのはまずいだろ。しかも2人きり」
「友達でも?」
不思議そうに見上げてくる顔が可愛い。
やっぱり、わかってなかった。
「友達でも」
そういって笑ってやると「そういうものなのか」と残念がる。
その頭に手を乗せた。
「明日はちゃんと学校来いよ」
「うん、行くつもり。またね」
手を振ってくる笑顔を惜しみながら背を向けた。
離れ難い。
そう思った。
少しして振り返ると、苗字はアパートの階段を上がっていった。
あいつはずっとひとりだったから、他人との距離の取り方がイマイチわからないんだろう。
男を部屋に誘う意味もわかってない。
そんな様子に、たまらなく愛おしさを感じる。
いつの間にか、落ちていた。
いや、もっと前から自覚はあった。
ただ「友達になろう」と言った手前、それを超えた感情を持ってしまったことを後ろめたくは感じる。
でもまぁ、芽生えちまったものはどうすることもできないだろう、と開き直ってる面もある。
俺は完全に、あいつにハマってる。