黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【連載中】
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episode.07「握手」
「苗字ー!おはよ!」
月曜日、登校するなり教室の奥から大きな声で名前を呼ばれ、体がビクッと跳ねる。
夜久君がこちらに向かって全力で手を上げていた。その場にいた誰もが反応して、彼の視線の先にいる私は注目を集めてしまう。
あぁ、どうかやめてください。
そして今日もあなたは眩しいですね。
そんなことを考えながらいそいそと自席に座ると、夜久君もそばにやってきて、まるで自分の席であるかのように前の席に座った。
そして私の机に肘を乗せ、体を乗り出してくる。
あの時も思ったけど、夜久君て、誰もが親友!みたいな距離感で接してくるんだな。
「土曜はありがとうな」
「いえ…私も、試合見れて楽しかったから」
「そうか。またいつでも来いよな。そんでまた、感想言って欲しい」
「私の意見で良ければ、いつでも」
その後、朝のホームルームまでの時間、意外にも夜久君との会話は盛り上がった。
1、2年生の頃の試合で印象的だったことなどを話すと、夜久君も覚えていたようで喜んでくれた。
黒尾君だけじゃなく夜久君まで、噂や立ち場を気にもせず、こうして私と向き合ってくれて本当に素敵な人たちだと思う。さすがバレー部だ。人間ができている。
ーーーーーーーーーー
昼休み。
今日のデザートはりんご。
子どもの頃から使っている猫の顔があしらわれたピックをさして口に入れる。
シャクシャクと歯応えがよく、味も美味しい。
「やっくんともすっかり友達だな」
そう言いながら、いつものように黒尾君が現れ、隣に座った。
「朝、楽しそうに話してたじゃん。なんか俺よりも早く仲良くなった感じ。地味に傷つくんですけどー」
確かに、黒尾君と初めて話したときよりも、夜久君の方が話しやすかった気がする。
その理由を自分なりに考察する。
「……こんなこと言ったら夜久くんに失礼なんだけど…夜久くんとは目線が同じくらいだから親しみやすいと言うか…」
本当に失礼なことなので、周りに誰もいないのはわかっていたが、なるべく声をひそめた。
「なるほどな。なら、こうすればいいのか?」
言いながら黒尾君は背中を屈めて私と同じ目線になるように顔を近付ける。
数センチの距離に、黒尾君の顔。
ボッと体温が上昇した。
私の顔が真っ赤になったせいか、黒尾君は気まずそうに体制を元に戻した。
「……悪い、なんか調子に乗った」
「わざとでしょ。ほんと、心臓に悪い」
恥ずかしすぎて口には出せなかったけど、キスでもされるのかと思った。
そのくらい近かった。
「黒尾君も、夜久君も、海君も、バレー部の皆が私にとってはスターで、雲の上の存在の人だったんだから……からかわないでください」
「別にからかってはねぇけどなぁ」
でも、さっきの距離。
夜久君となら、今となってはきっと平気。
そう思ったけど、黙っておく。
「何か、してほしいことないの?」
「してほしいこと?」
黒尾君からの唐突な質問に首をかしげる。
「いや、俺らのファン?なんだろ?観戦するだけじゃなくて、例えばバレー教えてほしいとか……どっか遊び行くとか?」
「えっ、じゃあ握手」
「は?」
「握手してほしい」
「そんなんでいいの?」
黒尾君はつまらなそうな顔をしたけど、私は目を輝かせ、コクコクと全力で頷く。
前から思ってた。
今も目の前にある、その大きな手。
ずっとバレーのために努力してきた手に、一度でいいから触れてみたい、と。
「ん」
黒尾君は少し照れくさそうにしながらも、手を差し出してくれた。
ドキドキしながらも手を伸ばし、黒尾君の手を両手で包むように握った。
私のよりも一回りも二回りも大きく、分厚い。
少しカサついていて、硬い手のひら。
きちんと切り揃えられている短めの爪。
太い関節に長い指。筋張った手の甲。
すごい。この手からあのスパイクが……
それにブロックも……
興奮が止まらず、気付けば握手どころか、撫で回すように触ってしまう。
「……お前こそ、わざとだろ」
と、黒尾君はスッと手を引いてしまった。
「触りすぎだ」
「あぁ……」
名残惜しかったが、このままでは変態になってしまうので諦めた。
最後のりんごにシャクッと食らいつく。
「いつからやってるの?バレー」
お弁当箱を片付けながら、黒尾君に聞いてみた。
「小1かな」
「すごい!そんな小さな頃からなんて…だからあんなに上手なんだ」
「まーな」
「私もね、小学生から好きなんだよ?バレー。プレーの才能は全くなかったけど」
「………」
と、じっとこちらを見てくる黒尾君の視線が気になり、ん?と首を傾げた。
「……苗字、よく喋るようになったな」
「えっ」
「最初はなんか硬くて、とっつきにくいっていうか……距離あったけど」
言われてハッとした。
確かに、3年になったばかりの頃は、憧れの黒尾君を前にうまく話せなかったし、緊張ばかりしていた。
「ごめんなさい。よくよく考えたら、バレー部のキャプテンに向かって、最近はすっかり馴れ馴れしくなっていたかも……」
「いや、嬉しいんだって。足しげくここに通った甲斐があったわ」
言いながら立ち上がると、ポンと私の頭に手を置いた。
「その調子でよろしく」
そう言い残し、行ってしまった。
撫でられた頭に手をやる。
顔が熱い。
また、体温が上昇した気がする。