黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【連載中】
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episode.06「ファン」
昼飯を食べ終えると苗字のところへ行くことが増えた。
どうやら教室で絡まれるのは嫌だったみたいだから。
今日も早々にばーちゃんお手製の弁当を食べ終え、中庭へ向かう。
いつものごとく、隅の暗がりのベンチにじっと座っていた。その様子は相変わらず”座敷わらし”を連想させる。
他にも中庭で昼休みを過ごしている生徒は何人もいるが、苗字の周囲に人影はなく、その空間だけしんと静まり返っている。
本人は全く気にしていない様子で黙々と弁当を食べている姿は、なかなか面白い。
「今度の土曜、暇か?」
いつものように後ろから頭のてっぺんを覗き込んで声をかける。
最初の頃はビクッと体を揺らして驚いてたが、最近は動じることなく、苗字はもぐもぐと口を動かしながら、視線は弁当に向けたままポツリと答えた。
「えーっと、夕方からバイトだったかな」
慣れていない頃の驚いた顔も好きだったが、この反応もすっかり”友達”になれたようで嬉しくなる。
「よし、午前中は暇だな。練習試合があるんだよ」
「試合!!」
隣に座ると嬉しそうに顔を上げた。
思った通りの反応に、こっちも自然と口角が上がる。
「来いよ。うちの体育館で9時からな」
「絶対行く。教えてくれたお礼に、デザートのドーナツあげる」
苗字は嬉しそうにしながら弁当袋から透明な袋に入ったドーナツを取り出した。
「いいよ。お前の分なくなるだろ」
「大丈夫。二個ある」
「意外と食いしん坊よね」
ありがたく受け取って、ドーナツに食い付きながら苗字の横顔を見ると、ニコニコと弁当を頬張っていた。
嬉しさが抑えられない、といった感じだ。
「そんな嬉しい?ただの練習試合が」
「うーん、試合もだけど……前まではコソコソ体育館覗きに行ったりして、練習試合の情報を得るのが大変だったの。でも今は黒尾君から教えてもらえるんだなって思ったら、嬉しくて。友達っていいものだね」
「だからズレてるのよ。誰か部のヤツに聞きゃよかったろ」
「声をかけるなんてできるわけないっ」
時々学校を休んだりするし、クラスのヤツらとは少しも関わろうとしない。
でも、俺の前ではよく話すようになったし、よく笑うようにもなった。
誰にも頼らず、ひとりでいることに慣れきってしまってるこいつのそんな変化が、俺は嬉しかった。
ーーーーーーーーーー
土曜日。
俺たち音駒の部員と相手チームで賑わう体育館。
上のギャラリーの隅に、いつものようにその姿はあった。
「あ、苗字来てる」
「座敷わらし改め、苗字さんね」
夜久がその姿を発見すると、海はそっちに向かって拝むように手を合わせた。
「だから海、それやめなさいよ」
「今日も勝てますように」
「そーだな!今日も勝つぞ!」
気合いを入れる夜久の横で苗字に向かって手を挙げると、苗字も小さく手を振り返してくれた。
3試合して、全てストレート勝ちという結果。
相手チームを送り出し、ギャラリーを見上げると、そこにもう苗字の姿はない。
辺りを見回す。
換気のために半分ほど開けていた両開きの扉の間から、苗字が外を通るのが見えた。
その扉へ駆け寄って、全開に開く。
通り過ぎた苗字の背中に向かって声をかけた。
「コラコラ!お疲れ様〜とか、頑張ったね〜とかないわけ?」
「わっ、黒尾君っ」
俺の声に反応して立ち止まり、気まずそうにしながらもこちらへと駆け寄って来る。
「ごめんなさい。でも、試合後でお疲れのところに声かけさせてもらうなんて…」
「友達の応援に来てたんだろ?堂々としてろ」
「あの、じゃあ…お疲れ様でした」
「おう」
「よう!」
と、それに気付いた夜久も俺の横から顔を出す。
「やっ…!!」
突然現れた夜久に苗字は固まった。
「実は俺たちのファンだったんだってな。言ってくれればよかったのによー」
夜久は扉前の段差を降り、外に出ると苗字の肩に肘を乗せる。
男友達にするような遠慮のないその行動に、苗字は石になったように動かない。
「………」
「やっくん、距離感間違えてる」
「同じクラスなのに全然話したこともなかったしさー」
「いえ、あの……」
「今日の感想は?」
「か、感想……?」
「そ。試合の」
唐突な夜久からの質問に、苗字は真面目な表情になり、試合内容を思い出しているのか、少しだけ黙った後、突然ペラペラと喋り出した。
「夜久君は……1試合目のフェイント、読んでたの、すごかったですっ。相手のエースの完璧なスパイク、あんなに綺麗に上げちゃうのびっくりした。位置取りも、打ってくる場所わかってるの!?ってくらい精密で完璧だったし。今日もスーパーレシーブの数々、ありがとうございました」
「………あ、お、おうっ」
「それは、黒尾君のブロックあってこそなんだよね。じわじわコース絞ってく感じ、すごく痺れた。何本も止めてたし。自分の仕事をしながら、ちゃんとキャプテンとして全体を見ているのも、すごいことだと思う。部員の皆さんのサポート、いつもありがとうございます」
「おう」
「……それじゃあ、私はこれで」
ひとしきり語った後、満足そうに笑うと
苗字は帰っていった。
「……黒尾、なんで俺たちお礼言われたんだ?」
「知らねー。あんま気にすんな」
「そんであいつ、ガチで俺らのファンなんだな」
「あぁ…だな」
照れ臭かった。
まさかこんなふうに真っ直ぐに褒めてくれるとは思わなかったから。
思えば純粋なバレーファンから感想をもらうことなんて初めてで、日頃の努力を認めてもらえたようで、素直に嬉しかった。
夜久も同じ気持ちだったと思う。
「なになに、苗字さん、もう帰っちゃった?俺も挨拶したかったのに」
扉の横からニコニコした海がひょっこり顔を出し、我に返った俺たちは試合の片付けへと戻った。