黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【連載中】
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episode.05「ぼっちと人気者」
「おはよ」
朝、教室に入ると同時に黒尾君が私の元へやってきた。
「お、おはようございます」
「昨日はどうしたんだ?」
「ちょっと、胃が痛くて…」
そんな話をしていると、遠目から佐々木さんがこちらの様子を伺っているのが見えた。
はぁ、また胃が痛くなりそう。
「でも、もう大丈夫」
佐々木さんの機嫌を損ねないよう、黒尾君から逃げるように教室を出た。
行くあてもないので、とりあえず女子トイレの個室へ。
悪い態度をとってしまった。黒尾君、変に感じたかな……
1時間目の後も2時間目の後も、私は休み時間の度に教室から消えた。
トイレはもう嫌だったので、他の階を散歩したり、外階段へ行って景色を眺めたり。
本当は、こんなことしたくないのに……
昼休み。
お弁当を手に教室を出る。
中庭の1番端にある小さな2人掛けのベンチへ。陽当たりが悪く暗がりになっているせいか、いつもここは空いている。私のお気に入りの昼食スポットだ。
昨夜の残りの肉団子にごぼうのきんぴら、玉子焼き、ブロッコリーとミニトマトで彩りも完璧。デザートにプリンも持って来た。食べるのが楽しみ。
朝から自分のために作ったお弁当をゆっくり味わいながら、他の生徒たちの喧騒を遠くに聞く。
気持ちも落ち着いて、静かに過ごせるお昼ごはんの時間が、とても好き。
あいつひとりだよ、とか、ぼっちメシ可哀想とか、きっと思われてる。
でも、小学生の頃からひとりぼっちに慣れきってる私は、そんな視線はもう気にならなかった。
「いつもここで食ってんの?」
頭の上から声が降ってきて、私は顎を上げるように真上を見上げた。
私の後ろに立ち、覗き込んでくる黒尾君とぱっちりと目が合う。驚いて、食べようとしていた玉子焼きが箸からポロリと落ちた。
黒尾君の上で太陽が眩しくて、彼に後光が差しているようにも見える。
「昼休みいつも消えるもんな。どこで食ってんのか気になってたんだわ。やっと見つけた」
言いながら黒尾君は背もたれの後ろからベンチを跨いで隣に座って来た。
長い足ですね…
「一緒に食べる人もいないし、ここが落ち着くんです」
キョロキョロと周りを見回す。こちらに注目している生徒はいないようで、ホッとした。
黒尾君を見ると手には何も持っていない。昼食はすでに済ませたようだ。
やっと見つけた、って言ってた。まさか、私を探して…?
「うまそ」
私のお弁当を覗き込みながらそう言った。
「……あげません」
「あ、そう。残念」
ハハッと笑う。黒尾君の笑顔を見る度に、私の心臓は大きく脈打つ。
そしてベンチが小さいせいか、彼の体が基準よりも大きいせいか、密着するように体が近いことに気付いた。
私はさりげなく座り直すようにし、できるだけ隅の方へ体を寄せる。
「……まさかと思うけど、今日一日僕のこと避けてました?」
少しふざけているように改まった口調で黒尾君はそう言った。
「だとしたら、すごく傷付くんですけどー」
「………黒尾君、私の噂知ってます?友達なんてやめておいた方がいいです」
もう一度、周りを見回す。こんなふうに黒尾君といるところをクラスメイトに、特にあの佐々木さんに見られていたら…と思うと気が気じゃない。
「あー……なんか聞いたけど信じてねぇ。ただの噂だろ。気にすんな」
「全く身に覚えのないことなのに、気付いたらそんな風に言われてて……でも、噂はもう今更どうでもいいんです。私みたいなのが人気者の黒尾君と話してるだけで、周りの視線が痛いんです」
言いながら、少しだけ泣きそうになってきた。情けない。
誤魔化すように、玉子焼きをぱくりと口に入れる。口の中に玉子の甘みが広がった。
「別に自分が人気者だとか思ってねーけど」
黒尾君は困ったように頭の後ろをガシガシとかいた。
「ずっと自分らの応援してくれてたヤツと、友達になりたいと思うのは普通だろ」
「………」
嬉しい。いい人。
やっぱり、泣きそうだ。
「……ちょっとキモかったか?」
首を横に振ると、黒尾君は安心したように笑った。
「やっとお前の正体がわかって、こうして話ができて、俺は結構嬉しいんだけど」
「……ありがとうございます」
本当にこのままじゃ嬉しすぎて泣いてしまう。
黒尾君、なんて優しいんだろう。
「あのさ、いい加減その敬語やめねぇ?友達ですし?」
「……努力します」
「ひとつ聞いていい?」
「はい」
「そんなにバレー好きなのに、自分ではやらないの?」
「スポーツ苦手で、とっても下手なんです」
「けーご!」
「あ……」
ううんっと咳払いをして、話し始める。
「小さい頃からお父さんがよく試合に連れて行ってくれて。やるのは苦手だけど、見てるのが好きなの」
「なるほどね。だから試合来てくれてたんだな」
「………『座敷わらし』って呼ばれてたの、知ってる」
私がそれを口にすると、黒尾君は少し慌てた。
「な、なんつーか、あれは夜久がっ…でも、ごめん、もう言わねぇ」
「いいの。大丈夫。全然嫌味に感じなかったから。座敷わらしって妖怪だけど”幸運を呼ぶ”って言われてるでしょ?でも私にはそんな力はあるわけないので……むしろお役に立てず申し訳ないというか、期待に応えられないのが悲しすぎるっていうか……」
言いながら、自分の情けなさにだんだんと下を向いてしまう。
「私にそんな力があれば音駒を全国に……」
そう言うと、突然黒尾君は大笑いした。
驚いて横を見ると、お腹を抱えて笑っている。
「ハハハッ!お前ちょっとズレてるのな」
「?」
何がそんなにおかしいのかわからず、きょとんと黒尾君を見る。
一通り笑い終えると、フゥと息を吐いて、勢いよく立ち上がった。
「昼はいつもここ?」
「まぁ、大抵は」
「じゃ、また来るわ」
黒尾君はそう言って手をヒラヒラしながら去っていった。
緊張が解かれたように体中の力が抜けた。
小さくなっていく後ろ姿をいつまでも目で追ってしまう。
バレー部のスターで、憧れの人で、私にとって雲の上の存在だった黒尾君。
こんな私と友達になりたいと言ってくれたり、話せて嬉しいと言ってくれたり、私の話に楽しそうに笑ってくれたり
とっても素敵な人。
胃が痛くなることは、もうなくなった。