黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【連載中】
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episode.02「2年後の始まり」
”あなたの母親はアバズレ”
幼い頃から何度も浴びせられた言葉。
言葉の意味はよくわからなかったけど、悪口なことは感じたし、父が出て行ったのは、たぶんそのせいなんだと幼いながらに思った。
父のことは大好きだった。
休みのたびに、バレーボールの試合に連れて行ってくれた。
近所の高校生の試合から、日本の代表に選ばれるような選手が出ている大きな試合まで。
その影響で、バレーボールが大好きになった。
でも、ある日体育の授業で初めてバレーをやったときに、自分にはその才能が全くないことを知った。
バレーだけでなく、基本の運動神経が皆無だったので、うすうす勘付いてはいた。
でも、バレーの試合を見るのはとても好き。
小学3年生の頃に両親が離婚し、姓が変わり、母娘2人になった。
その頃から少しずつ友達は離れていった。
たぶん、それも母が”アバズレ”のせい。
家での母は優しかったけど、私が学校から帰ると仕事へ行ってしまった。
ひとりで眠るのは最初は寂しかった。でもテレビもゲームも自由だし、すぐに慣れた。
私が朝起きる頃に母は帰ってきた。
タバコとお酒と香水の匂いがキツくて、疲れきっていて怒りやすくて、仕事帰りの母は少し嫌だった。
家でも学校でも私はひとりぼっち。
でも相変わらずバレーボールは大好きだった。
試合を見に連れて行ってくれる人はもういないけど、テレビで録画した試合を何度も何度も繰り返し見ていた。
入学した高校は偶然にも男子バレーの強豪校だった。いても立ってもいられず、体育館へ足を運んだ。
中に入る勇気はなくて、ボールが弾む音、ボールをスパイクする音、動き回るシューズの音を聞いて満足する日々が続いた。
ある日、体育館へ足を運ぶと、ちょうど他校との練習試合が始まるところだった。
噂を聞きつけ試合を見ようと集まってきた生徒達に紛れ、なるべく目立たないようギャラリーの隅の方で静かに見ていた。
久しぶりに目の前で見るバレーの試合に胸が高鳴った。
父とよく観戦していたときのことを思い出して、泣きそうにもなった。
この日を境に、こっそりと試合を見に行くことをやめられなくなった。
声を出して応援する勇気がなくて、いつも一番隅で、黙って見ていた。
選手たちから時折りチラチラと視線を感じた。
いつもいるな、誰かのストーカーかよ、とか
暗いやつ、気味悪い、とか
きっとそんなふうに思われていると思ったけど、どうでもよかった。
バレーを見ている時間だけは本当に幸せだったから。
高校でも、相変わらず友達はできなかった。
中学のうちに知らない間に身に覚えのない変な噂を流されてしまい、同じ中学出身の同級生によって高校でも噂が絶えることはなく、同じように周りから距離を置かれてしまった。
でも、別に友達なんていらなかった。
すでに私はひとりでいることが気楽だったし、時々見られるバレー部の試合のおかげで、それなりに充実した高校生活を送っている。
同級生のバレー部員。
黒尾鉄朗君。
夜久衛輔君。
海信行君。
ポジション、身長、最高到達点。
話したこともない彼らのことを、私はよく知っていた。
彼らは私の中でアイドルよりも憧れる存在。
ただ遠くから彼らを眺めては胸をときめかせて
気付けば3年になっていた。
そして進級した今日、私の人生に小さな奇跡が起こる。
「お、お前!ざしっ……あ、いや……」
奇跡というより、大事件。
先輩が引退してからバレー部の主将を務めている黒尾君が、なんと同じクラスにいた。
私を視界にとらえるなり、ズカズカと近付いてきて、おもむろに声をかけてきた。
ボッと体温が急上昇する。
二年間。体育館や校内で、こそこそと眺めていたスターの1人が今、目の前に。
私を見ている。
こんな私の存在を認識してくれている。
眩しい。眩しすぎて、顔を直視できない。
間近で見ると背高い。
体、大きい。手も大きい。
この大きな手から、あの素晴らしいスパイクが放たれるんだ……触ってみたい。
「その、なんつーか……俺は黒尾だ。よろしくな」
言われなくても、あなたが黒尾だってことは
ずっと前から知ってます。
「……はい」
身体が固まって、それだけ言うのが精一杯だ。
逃げるように教室を出て、早歩きで向かった先は女子トイレ。
個室に籠って震える体を自分で抱きしめた。
だって、ありえない。
バレー部のスーパースターと同じクラスになれたことは、人生の運を全て使い果たすほどのラッキーだったとしても
クラスカースト最上位である陽キャ男子の黒尾君が、三軍にも入れないような最底辺の隠キャ女子である私に話しかけるなんて。
ありえない、ありえない。
どう対処したらいいのか、私にはわからない。
ホームルームが始まる時間ギリギリになって教室へ戻ると、スーパーリベロの夜久君までクラスにいらっしゃって、一瞬だけ目が合った。
だんだんとめまいがしてきて、具合が悪くなった私は、その日のほとんどを保健室で寝て過ごした。
フラフラで家に帰り、夜には38度超えの熱が出た。