黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【完結】
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
episode.18「ひとりじゃない」
「悪いな、付き添ってもらって」
「キャプテンだからな。一応」
「……本当に行くんだな、全国」
「おうよ」
「なんかまだ、実感湧かねーな」
「とりあえず、やっくんはその足早く治しなさいよ」
「おうよ」
病院の待合室で夜久の親が迎えにくるのを待ちながら、2人でそんな話をした。
さっきまで体育館で試合をしていたのが嘘のように、静まり返った空間だった。
「今日、応援席にいなかったな。苗字さん」
「夜久もそう思う?俺が見つけられなかっただけかと思って凹んでたんだが」
「いなかったよ。絶対来てくれると思ったんだけどな」
「……連絡してみるか」
携帯を取り出す。
そういや今日一日メールも電話もチェックする暇もなかった。
画面を見て最初に目についたのは、苗字からの不在着信。
ドキッとした。何時間も前だ。
何かあったんだ、と焦った。
「……ちょっと電話してくる」
「おう」
待ち合い室から外に出て電話をかけた。
苗字は風邪をひいてしまい、今日来られなかったことを悔いているようだった。
俺からしたら、何か事件にでも巻き込まれたかと心配だったから、ただの風邪と聞いて安心した。
だが風邪のせいか、いつもの元気はなく
なんなら泣いているようにも聞こえる。
『……会いたいっ』
泣き声とともに絞り出したような一言に、全身が固まり、言葉を失った。
苗字が俺を求めている。
『黒尾、今すぐ会いたいっ……』
こんなん行かずにいられるか。
「夜久、悪い。俺行くわ」
「おう!またな!」
待合室で夜久に別れを告げて、足早に病院を出た。
幸い、ここから苗字のアパートまでそう遠くない。
全速力で走り続け、20分ほどでたどり着いた。
いつも2階へ上がっていくのを見届けていたが、詳しい部屋番号まではわからない。
ひとつひとつ、ドア横の表札を確認していき
「苗字」の文字を見つけてインターホンを押した。
大きく息を吸って吐き、乱れた呼吸を整えながら反応を待つ。
汗も拭いたほうがいいか、とタオルを出そうとしたところで、静かにドアが開いた。
「お疲れ様です……」
「おう」
5センチほど開いたドアの隙間から、マスクをつけた苗字が顔を覗かせる。
ドアを開こうと手をかけるが、思った以上に強い力で押さえつけていて開けさせてくれない。
「え、入れてよ」
「だめ。風邪をうつしてしまいます」
恥ずかしがってるのか、一切視線を合わせようとしないし、なぜか敬語なのが可愛い。
「会いたいって言ったのに…ごめんなさい」
「いや、それはいいけど…具合大丈夫か?熱は?」
「今は微熱程度に下がりました」
「よかった」
「………」
「……なぁ、ちょっとにするから、入れて?」
「………」
困ったように目を泳がせる。
最近はゆっくり話をする時間もあまりなかったし、バレーに集中していたから、久しぶりのこいつとの時間。
ちゃんと正面で顔を見たい。
「苗字、入るよ?」
言いながら少し強引にドアを開けて中に入った。
苗字は焦っていたが、抵抗はしなかった。
かわりに肩にかけていたブランケットを頭巾のように頭にすっぽりとかぶり直し、その両端を胸元でギュッと握った。
パジャマ姿を見られるのが恥ずかしかったようだ。
その様子に、クスッと笑みがこぼれる。
「電話、出れなくてごめん。必ず出るって約束、破っちまったな」
改めて謝ると、苗字はフルフルと首を横に振る。
「黒尾が謝ることないの。出られないのわかってて、電話したから」
「……熱が辛かったのか?」
「それもあるけど……冷静になりたくて」
「冷静に?」
「どうして黒尾が、こんな私なんかのことを構ってくれて、優しくしてくれるのかわからないけど……これ以上、黒尾に頼っちゃいけない、って。期待しちゃいけない、ってずっと思ってたの」
「……なんで」
「電話に出なければ、ほらこんなもんだ、って諦められると思って。わざと絶対出られない時に電話した。じゃないと…私、黒尾なしじゃ生きていけなくなる気がして……そんなの怖いし、重すぎるじゃん」
「は?」
「でも結局、声聞いたら会いたくなってしまって…つい、わがまま言っちゃって……ごめんなさい……」
言いながらブランケットで顔が見えなくなるほどに下を向いてしまった。
俺はその頭を掴んで、強制的に上を向かせる。
「どうして俺がお前に優しくするのか、本当にわかんねぇの?特別扱いしてるのも、もしかして気付いてねぇ?」
つい声を荒げてしまい、驚いた大きな瞳が揺れている。
フゥ、と軽く息を吐いて落ち着きを取り戻し
改めて正面からその目を見つめて言った。
「そんなの、惚れてる以外にないでしょうよ」
頭に手を乗せたまま、額と額が触れそうなほどに顔を近付ける。
「重いのなんか上等ですー」
目の前の苗字の顔が一気に赤く染まる。
結構あからさまにモーションかけてたんだが
本当に微塵も気付いてなかったようだ。
そんなところもまた、好きだと思う。
「……いいじゃん。俺なしで生きていけなくなれば」
頭の後ろに手を回して、胸に抱き寄せた。
分厚いブランケットが少し邪魔だが、しっかりとその温もりを両腕の中に閉じ込める。
固まって動かなくなり、何も喋らない。
そんな様子も愛おしくて、力いっぱい抱き締めた。
本当はずっと、こうして抱き締めたかった。
俺はすでに、こいつなしでは生きていけなくなっていると思う。
「ひとりでいることに慣れるな」
ブランケットをずらして頭を出し、耳元に顔を寄せた。
「お前はもう、ひとりじゃないよ」
髪を撫でながらそう言うと、苗字は黙り込んだ。
大人しくなったのをいいことに、もう一度強く抱き締める。
「……っ…ううっ……」
「!?」
と、突然腕の中で苗字が泣き出したので
俺は慌てて腕を離した。
「どうした!?」
が、俺の不安をよそに、涙の理由は別のところにあった。
「見たかった…今日の試合……」
「あぁ、試合?」
「おめでとうっ、黒尾ぉ……応援っ、行けなくてごめん……」
「………」
「…おめでとぉ……っうぅっ……」
泣き続ける苗字のマスクをそっと外す。
指で涙を拭うように両頬に手のひらを添えて
そのまま顔を寄せて、キスをした。
「うう!?」
何とも色気のない反応に頬が緩む。
「いい加減付き合お。名前」
春高が決まったら、ちゃんと告白しようと決めていた。
もう一度口付けて、顔を見ると
ポロリと大きな瞳からまた涙が流れた。
「好きなの?」
期待と不安が混じっているような表情。
安心させるために、柔らかく微笑んだ。
「うん、好きだよ」
「……私も好き」
苗字から俺に抱き付いてきた。
その拍子に、ブランケットが床に落ちる。
「知ってる」
抱き締めると、さっきとは違いその体温を直に感じて、鼓動が速くなる。
ずっと、好きだった子が
やっと、手に入った。
「……鉄朗」
すがるように胸元に顔を押し付けてくる。
たまらなくなり、抱き締める腕に力がこもる。
「はいよ」
返事をしてやると、腕の中で安心したように笑った。
「てつろ」
「はいはい」
名前を呼ばれ、返事をする。
ただそれだけで、この上なく嬉しそうに笑ってくれる。
「鉄朗……」
「いるよ」
苗字は、俺が居るだけで
こんなにも幸せそうにしてくれる。
「……ずっと?」
心の中で誓った。
大丈夫。俺はここにいるよ。
お前はひとりじゃないよ。
「ああ、ずっと」
もう、ひとりにしないよ。
…fin
18/18ページ
