黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【完結】
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episode.17「あなたがいなくても」
東京代表決定戦の朝。
絶対に寝坊してはいけない。
そう意気込んで、昨夜は早めに布団に入った。
それでも眠れたのは日付が変わった後だった。
そして、携帯のアラームで目を覚ますと同時に、ズシンと重たい岩でも乗せられているかのような頭の痛みに襲われる。
「………うわ……」
38.7℃
手に持つ体温計の数字を見て固まった。
朝食を食べる気力はなく、水の入ったペットボトルを枕元に置いて再び布団の中に潜り込んだ。
少し動いただけで息があがる。
熱冷ましのシート、買ってあったっけ。
必要性を感じながらも、それを取りに行くのも面倒で、諦めてギュッと目を閉じた。
どうして、こんなことに……
きっと、学校をサボってばかりいたバチが当たったんだ……
代表決定戦なのに
音駒にとって大事な試合なのに
黒尾の応援に行きたかったのに……
ギュッと閉じた目尻から涙がこぼれた。
ーーーーーーーーーー
これまでの寝不足と熱のせいもあり、何時間も熟睡した。
自然と目が覚めると、寝汗をたくさんかいていて、喉がカラカラだ。
枕元に置いていたペットボトルの水を半分ほど一気に喉に流し込む。
時計に目をやると、もうお昼を過ぎている。
決勝戦が行われている最中。
午前中の試合で勝っていれば、春高出場が決まっている。
また、目に涙が浮かんできた。
ずっと応援してきたバレー部の”その瞬間”を
一緒に迎えたかった。
黒尾と同じ空間で。
彼のそばで。
「うぅ…つらい……」
つい口に出してしまうと、余計に辛くなる。
ただの熱くらいで、心がすごく弱っている。
携帯を開く。
”黒尾鉄朗”の文字を探す。
しばらくその文字を指でなぞりながら液晶画面を見つめる。少しだけでいい。声が聞きたくて仕方がない。
大事な試合の最中。出るわけがないよ。
と、自分に言い聞かせながら、通話ボタンを押した。
——プルルルルルルル……
思ったとおり、呼び出し音が鳴り続け、あっけなくスリーコールを超えた。
わかってた。試合中だもん。
——寂しくなったらいつでも電話しろ
——何してても必ず出るから
あの言葉は彼の優しさ。
黒尾が大事なのは、私よりもバレーボール。
比べるようなものじゃない。
それも、ちゃんとわかってる。
私は彼の一番ではない。
パタンと携帯を閉じたら、なんだか冷静になれた自分がいる。
涙も止まった。
パジャマの首元と下着が寝汗を吸って冷たくなっていることに気付き、全身着替えをした。
汗をかいたおかげで、熱は少し下がったように思う。着替えたついでに買ってあったパンと牛乳で小腹を満たした。
熱冷ましのシートはちゃんと薬箱に入っていた。それを額に貼り、再び布団に入った。
このままもうひと眠りすれば熱は下がって
明日にはすっかり元気になってるはず。
ほらね。ちゃんとできる。
誰かに助けてもらわなくても、こうやっていつも自分ひとりの力で乗り越えてきたんだから。
私は平気。
ひとりで大丈夫。
黒尾がいなくても、大丈夫。
〜♪
夕方。
携帯電話の着信音が部屋に響いて、私は飛び起きた。
あの後はなかなか眠れず、眠ることができても眠りが浅くてすぐに目が覚めて…の繰り返しで頭痛がした。
しかし、携帯画面に現れた”黒尾鉄朗”の文字に
痛みはどこかに吹き飛び、通話ボタンを押して携帯を耳に押し付けた。
「もしも——」
『出れなくてごめん!電話!』
私の第一声を遮るほどに焦った様子の黒尾の声。
『何があった?大丈夫か?』
ものすごく心配してくれている。
そんな様子が電話越しに伝わってきて、胸がぎゅうっと締め付けられる。
「風邪、ひいただけ……今日、応援行けなくてごめん……」
『そうだったのか。勝ったよ。3位。春高、決まったから』
ぶわっと全身に鳥肌が立った。
『まぁギリギリだけどな』
「うっ…うぅっ……」
溢れ出す涙。
春高出場に感激したのと
その瞬間に立ち会えなかった悔しさと
出られない時に電話してしまった申し訳なさと
色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざって、わけのわからない涙が溢れて止まらない。
『苗字?どうした?』
「ううん…おめでと……」
それだけ絞り出すのがやっとだった。
『おう、ありがとう』
電話越しの黒尾の笑顔が目に浮かぶ。
「……会いたいっ」
気付いたら、そう言っていた。
「黒尾、今すぐ会いたいっ……」
気持ちが溢れて止まらない。
『……すぐ行く』
力強いその言葉に、布団の中で膝を抱えて涙した。
少し声を聞いただけでこの有り様。
”黒尾がいなくても、大丈夫”
なんて
もう二度と、口が裂けても言えない。
