黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【完結】
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episode.14「花火①」
夏休みが始まり、バレー三昧の毎日になって
しばらく苗字と会うことはなくなるな、と思っていた矢先、俺たちは時々電話をするようになった。
きっかけは、母親が再婚して苗字が一人暮らしになったこと。
不謹慎だが、寂しい思いをしたあいつが、俺を頼ってくれたことは何よりも嬉しかった。
話すことなんて、その日の部活のことくらい。
山本がまた馬鹿やってた、とか、リエーフが研磨に怒られてた、とか。
どんな話でも、バレー部が好きな苗字は楽しそうに聞いてくれた。
『黒尾のおかげで、すっかり寝つきが良くなったの。練習で疲れてるのに、ありがとね』
そうやって俺を気遣いながら、よくお礼を言ってくれた。
こいつのこういう無邪気で素直なとこが、実はめちゃくちゃツボだったりする。
夏休みも終盤に差し掛かる頃。
「花火大会、行かねぇ?2人で」
毎年8月31日に河川敷でやる花火大会は、出店が出たりと結構な規模で、地元では有名な祭りだ。それに苗字を誘った。
「その日も練習なんだが、花火の時間には間に合うから」
気軽に誘っているような口ぶりだが、実は結構勇気を出している。
まぁ苗字は気付いてないだろうけど、一応デートの誘いだから。
バイトしかすることがなくて暇な夏休みだ…とボヤいていたので、きっと承諾してくれるだろうと思っていた。
が、返ってきた言葉に俺は落胆する。
『人混みって苦手で…具合悪くなっちゃうの』
こういうとこまで、やっぱり素直。
理由も、いかにもこいつらしい。
「それは、やめておいたほうがいいな」
それ以上強く誘うことはできなくて、自分のヘタレな一面を知った。
『せっかく誘ってくれたのに、ごめん……花火は好きなんだけど…』
苗字は申し訳なさそうにそう言った。
が、俺は閃いた。
「じゃ、花火するか」
『?』
「人混みがダメなら、俺と花火するぞ。手持ちのやつ」
我ながら悪くない提案だと思う。
少し考えているような沈黙のあと、苗字はポツリと呟いた。
『それは…すごく楽しそう』
また素直な反応に笑みがこぼれる。
「7時に学校裏の公園な。花火は俺が買っていく」
『ありがとう』
とりあえずデートはできそうだ。
ーーーーーーーーー
当日。
約束の時間よりも少し早く、俺は指定した公園に到着した………が
「なんでお前ら来るんだ」
夜久、海、研磨という、いつもの3人もついてきてしまった。
「だって先に帰った黒尾が、コンビニから花火買って出てくるんだもんよ」
「そうそう。楽しそうだからな」
「それはボクが不覚でしたけれども」
まさか花火を買っているところを見られちまうなんて、気付かないほどに俺は浮かれてたのか…と反省する。
「俺は帰りたかった」
「多い方が楽しいだろ」
無理やり連れてこられ、隅で拗ねている研磨を夜久が肘でぐりぐりした。
ちくしょう。デートじゃなくなっちまった。
悔しい気持ちをぶつけるよう、ビリビリと乱暴に花火の袋を破る。
と、夜久が突然叫んだ。
「うわぁ!おばけ!!」
海の腕にしがみつく夜久が指差している先を見る。
と、そこにはぼんやりと街灯に照らされている白い着物姿の女の幽霊……
ではなく、浴衣を着た苗字だった。
「苗字さんだよ」
同じように気付いた海が冷静に夜久をなだめる。
苗字は「待たせちゃったかな」と言いながら、こちらに駆け寄ってきた。
ハーフアップにした髪を片側でまとめ、花の飾りがあしらってある。
胸元に流した長い後れ毛は、いつもと違って今日は毛先をくるりと巻いていた。
白地に水墨画で描いたような花柄が散りばめられたシンプルな浴衣も、よく似合っている。花の種類とかよくわからねぇけど、とにかく可愛い。
「なんだ!苗字さんか!いいじゃん浴衣!」
「うん、似合ってるよ」
「揃ったことだし、早くやって早く帰ろ」
研磨はマイペースに、ろうそくに火をつけていた。
俺も、夜久や海のようにサラッと褒めたい。
が、うまい言葉が出てこない。
目と目が合うと、苗字は恥ずかしそうに何やら言い訳を始めた。
「あのねっ、たまたまお母さんが来てて、本当は普通の服で来るつもりだったんだけど『これから友達と花火』って言ったら、これ着て行きなさいって、出してきてくれて……花火大会じゃないって、言い出せなくなっちゃって……だから、どうか気にしないでください」
「いや……すげぇ」
——シュゴーーーー……
”可愛いよ”という言葉は、その音にかき消された。
研磨が花火に火をつけた音だった。
「研磨ぁ!」
「だって早く終わらせたい」
「早く帰りたいからって勝手に始めんな!しかも2本持ち禁止!危ないでしょーが!」
「あははっ」
俺たちのやりとりを見て、苗字が楽しそうに笑う。
今日の雰囲気のせいか、久しぶりに顔を見たせいか、いつも以上にその笑顔に目を奪われる。
河川敷では大きな打ち上げ花火に大勢の人が集まっているであろう時間
小さな公園ではしゃぐ俺たちの姿があった。
「花火とか俺、何年振りだろ」
「線香花火は最後だな。こっちによけておくね」
「クロ買いすぎだよ。誰がこんなにやんの…」
「とっておいて、また来年やればいいだろ」
「湿気る」
「全部やろ!私やりたい!」
途中、苗字が持ってきてくれたコーラとお菓子で乾杯をしながら、全ての花火をやり切った。
「こんなに楽しいの、生まれて初めてかも」
俺の隣で手元の線香花火に視線をやりながらそう呟いた苗字の横顔が
すごく綺麗だった。
「こんなの、まだまだ序の口よ?」
「嬉しいな」
デートではなくなったが、こいつが楽しいなら、まぁそれでいいか。
そう思った。
