黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【完結】
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episode.13「スリーコール」
——名前ちゃんさえ良かったら、ぜひお嫁に来てね
——前向きに検討してみて
あんなことがあった後も、黒尾の態度はこれまでと変わらなかった。
あれは夢だったのかと疑いたくなるほど、全くもって、少しも。
私も一生懸命平静を装うが、普通でいられるわけもなく、きっと変な態度ばかりだったと思う。
だって、あんなの……受け取り方によってはプロポーズだもの。
そうこうしているうちに、期末テストも終わり、学校は夏休みを迎えた。
同時に、家から母の荷物がなくなった——
「時々様子見に来るし、何かあったらいつでも電話してね」
「うん」
「二学期も学校ちゃんと行くのよ?高校くらいは卒業してよね」
「はーい」
そんな言葉を残して、母は好きな人の元へ行ってしまった。
今日から母が暮らすその人の家は、ここから30分ほどの所にあるらしい。
会いに来ようと思えばいつでも来れるけど、会おうと思わなければ会うことのない距離だな、と思った。
夕方にバイトを終え、ひとり分のパスタを作って食べ、ドラマを見て夜を過ごし、シャワーを浴びて布団に入る。
一人暮らしの初日は、これまでと何ら変わりないものだった。
しかし、いつまで経っても眠れない。
エアコンの運転音と、時計の針の音だけが静かに響く真っ暗な部屋の中。
いつもと変わらない空間のはずなのに
いつもひとりで眠っている時間なのに
長時間のバイトで疲れているはずなのに。
少しずつ痛感する。
私、寂しい。
誰も帰ってくることのないこの家は、とても寂しい。
母と2人で暮らしていたこの家は、ひとりでは広すぎる。
一生懸命、涙を堪えていた。
ふと思い出したのは、前に読んだことのある、心理テストのようなもの。
辛くて辛くて、どうしようもないとき
目を閉じて、手を伸ばしてみる。
その手を一番に取ってくれた人が
今一番自分が必要としている人。
目を閉じて、イメージしてみる。
布団から腕を出し、天井に向かって手を伸ばす。
それは、お父さんでもお母さんでもなかった。
「………きっと…もう寝てるよ…」
小さな独り言は暗闇に消えていった。
「こんな時間じゃ迷惑だろうな……」
そんなセリフとは裏腹に、携帯電話を手に取る。
——寂しくなったらいつでも電話しろ
あの時言ってくれた言葉は、いつも自分の中に、宝物のようにしまってあった。
”私にはこの人がいる”
そう思わせてくれたから。
——プルルルルルルル
——プルルルルルルル
——プルルルルッ
『……おうっ』
どこか焦っているような
絶対寝てたでしょ、というような掠れ声。
申し訳なさに、言葉が出なかった。
『……苗字?』
心配してくれている優しい声色。
心がじんわりと温かくなる。
『間に合っただろ。スリーコール』
電話の向こうのドヤ顔が目に浮かぶ。
冗談だと思っていたそんな約束を真面目に守ろうとしてくれていたことに、思わず笑みがこぼれた。
「ギリギリだった」
『厳しいね』
「………」
ダメだ。涙出そう……
『……寂しいの?』
「………」
見えていないのはわかっているけど、思わずコクンと頷いた。
黒尾にだけは、不思議なことにいつだって素直になれる。
「今日ね……」
『うん』
「……お母さんの荷物、なくなって……」
『うん』
「自分の部屋なのに……すごく広く感じて」
『そうか……』
「気づいたら、電話してた。寝てたのにごめん……」
『いつでも電話しろって言ったろーが。気にすんな』
「ありがとう」
『うん』
電話だからか、顔が見えない分、いつもより多く返してくれる相槌が全部優しくて
いつものあの優しい表情で聞いてくれていることが伝わってくる。
寂しかった心が、癒やされていく。
私にはやっぱり、黒尾鉄朗という人が必要だと、強く思った。
「私には黒尾が必要です」
そしてそれを、そのまま伝えたくなった。
『っ……急に可愛いこと言うの反則だろ』
彼の少し照れた顔が浮かぶ。
「ただの友達をこんなふうに思うの、変かな?」
『ただの友達、ねぇ……まぁ、何だっていい。とりあえず俺が必要ならそばにいるし、今だって、行こうと思えばすぐそっち行けるけど?』
「黒尾、優しすぎだし、甘やかしすぎ」
『ボクは基本優しいキャラです』
「ふふ……」
『笑ったな。よかった』
「……声聞いたら安心した」
『……そっち行こうか?』
「ううん、大丈夫。本当に」
『眠れそうか?』
「うん……眠い……」
目を閉じてみると、黒尾の声だけが頭に響いて
まるで隣にいるような安心感に包まれる。
『明日も明後日も、毎日電話してきていいから』
「それはちょっと……さすがに…迷惑では……」
安心すると同時に、大きな眠気に誘われる。
『迷惑じゃないよ』
「うん……」
『夏休み中だし、なかなか会えないし?』
「うん……」
『こうやって話せたら、俺は嬉しいよ』
「うん……私も……」
『………』
「………」
『………』
「………」
『………おやすみ……名前』
「………ん……」
大好きな人の声の余韻に包まれて
私は心地よく眠りについた。
