黒尾鉄朗とひとりぼっちの女の子【連載中】
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episode.12「訪問②」
好きな女が自分の部屋にいる。
まぁ、2人きりではないし、野郎に囲まれていてムードもへったくりもないが…
その事実に浮き足立っている自分がいる。
テーブルにスナック菓子やらジュースやらを置いて、それを囲うように夜久と海が座った。研磨は俺のベッドに座り、ゲーム機を取り出す。
苗字はそいつらから距離を取って、壁に寄り添うようにちょこんと正座していた。
膝の上で手を握り、キョロキョロと視線を動かし落ち着かない。そんな様子に思わず笑みがこぼれた。
「なんでそんなとこ居んの。こっち来いよ」
「え、でも……」
「ばーちゃんが出してくれた饅頭。食えば?」
「……食べる」
ご褒美に釣られる子犬のように、苗字はやっと皆のそばへやってきて座った。
俺もその隣にあぐらをかいて、饅頭をひとつ手渡してやると、嬉しそうにその包みを開く。
いつもの制服とは違う、見慣れない私服姿で
俺の部屋で、俺のものに囲まれて、俺の隣に座っているこいつを見ていると、自然と胸が高揚してくる。
ニコニコと饅頭に食らいついている姿が可愛い。
2人きりでないのが残念と思ったが、2人きりでなくて良かったとも思えてきた。
研磨達がいるから、理性を保ったいつもの俺でいられるから。
「黒尾、テレビ!」
「おう、そうだった」
夜久に言われ、我に返った。
今日集まった目的である日本代表の試合。
録画しておいたものをテレビで流し始める。
「この間のブラジル戦な」
「俺、見逃してたんだよ。サンキュー」
画面にバレーの試合が映ると、苗字の表情が一気に明るくなる。
もぐもぐと饅頭を頬張りながら、夜久と並んで、試合に夢中になっていった。
「うわ、今の上げるんだ」
「夜久でも上げられるよ」
「うんうん。夜久君なら絶対上げる!」
「な、なんだよー。やめろよなーお前らそうやって」
試合を見ながら夜久と海と楽しそうに盛り上がっている苗字を見て、誘ってよかったと思った。
「研磨は見ないの?」
コポコポとカップ麺にお湯を注ぎながら声をかけると、視線はゲーム画面に釘付けのまま、研磨は答えた。
「うん、もう見たし。今日はこれやるって決めてたから」
「そう」
俺らの会話が気になったのか、苗字が立ち上がり、研磨の横に座るとその画面を覗き込んだ。
「孤爪君、それ新しいゲーム?」
「……うん」
苗字は研磨にはだいぶ慣れたようだが
反対に研磨の方はまだ慣れていないようで、返事がそっけない。
「そういえば、この間教えてくれたステージ3のボス、やっと倒せたよ」
「よかったね」
「でも結局、次のステージにたどり着けなくて、お手上げ」
「あぁ。それなら…」
しかしゲームの話が始まると、研磨も少しずつ口達者になった。
あのさ、名前さん。
あなたが平気で座ってるそこ、男のベッドの上だってこと、わかってる?
と、俺は心の中でツッコミを入れる。
こういうところはホント、困った子だよ。
ーーーーーーーーーー
盛り上がっているうちに、気付けば夜9時を過ぎ、解散となった。
ばーちゃんが淹れてくれたお茶を片付けに行ったまま戻ってこない苗字を呼びに行くと、台所で洗い物をしながら、ばーちゃんと楽しそうに談笑していた。
「お饅頭、すっごく美味しかったです」
「駅前の和菓子屋さんで買ったのよ。新作なんだって」
「今度私も買いに行こうかな」
二人のやりとりに心が和んだ。
「苗字、あいつら帰るっつーから、お前も送ってく」
「あ、そうなの。ありがとう、支度する」
玄関先で先に出て行く3人を見送った。
「お邪魔しました」
「苗字さんも、また学校でなー」
「うん」
「じゃあね、クロ」
「あいよ」
3人が先に帰っていった後、靴を履く苗字に向かってばーちゃんが声をかけた。
「名前ちゃんさえ良かったら、お嫁に来てちょうだいね」
「およっ…!!」
「なっ……」
突然の言葉に苗字も俺も同時に固まった。
「私が元気なうちにお願い」
俺たちの反応に構うことなく、ニコニコと話を続けるばーちゃんを制するよう、肩に手を置く。
「ばーちゃん、やめなさい。気にすんな。行くぞ」
「あのっ、お邪魔しました」
「またねぇ」
「はい!また!」
街灯がぼんやりと照らす道を並んで歩く。
ばーちゃんが変な事言ったせいで妙に意識してしまって、言葉を探していると、苗字の方から話を始めた。
「今日は誘ってくれてありがとう。最初は緊張したけど、皆優しいし、来てよかった」
「だろ?」
「楽しかったな」
夜空を見上げながらそう言う苗字の横顔が、街灯の明かりに照らされる。
心の底からの嬉しそうな表情に、こっちまで嬉しくなる。
「遅くなっちまったけど、大丈夫だったか?」
「うん。どうせ帰ってもひとりだし」
「お前の母ちゃん、もう家出ちまったのか?」
「ううん、まだいるよ。でも、いつもどうせ朝帰りだから。再婚するのに色々準備もあるみたいで、出て行くのは一か月くらい先って言ってた」
次に街灯の灯りに照らされた苗字の表情は寂しそうなものになっていた。
そっとその小さな手を取る。
俺のと比べると、ひんやりと冷たい。
熱を与えるように、優しく握った。
「………友達でも、高校生にもなってこれはしないんじゃ…」
ボソボソとそう呟きながら動揺し始める様子が可愛い。
「いいじゃん別に。そんなのどうだって」
「………」
「繋ぎたいから繋いでんの。嫌だったら振り解いて」
少ししても振り解かれることはなく、調子に乗って少し強く握り直す。
と、弱い力で握り返された。
受け入れてくれたような反応が返ってきたことに嬉しくなった。
本当はこの手をもっと俺の方へ引き寄せて、体ごと全部抱き締めてしまいたい。
そんな衝動に駆られた。
「………」
「………」
薄暗い夜道を、手を繋いだまま歩いた。
会話はなくとも、ずっとこうしていたいと思える時間だった。
やがて、苗字のアパートが見えてくる。
もう、この手を離さなくては……
そう思った矢先、苗字が強く手を握ってきた。
「……前に黒尾、私がもう”俺にはドキドキしない”って言ってたけど…」
唐突な話題に記憶を辿る。
確かに、研磨を紹介した時にそんな事言って不貞腐れた。
「緊張はしなくなったけど……黒尾はいつも私をドキドキさせてくる」
もう一度、キュッと握られる指先。
「こういうの、困っちゃう」
こっちのセリフだわ。
と、心の中で突っ込んだ。
こんなの、余計に離したくなくなるじゃないの。
「変なこと言ってごめん。送ってくれてありがと」
アパートの前に着き、離れそうになった苗字の手を、もう一度強く掴む。
困ったように見上げてくる苗字の大きな瞳を真っ直ぐに見据える。
「……さっきは、”気にすんな”って言ったけど、やっぱ前向きに検討してみて」
「え?何が?」
「ばーちゃんが言ったこと」
「……!!」
少し間を開けて、ボッと苗字の顔が一瞬で赤く染まった。
薄暗い中でもはっきりとわかるほどの赤面に、思わず笑ってしまう。
「おやすみ」
名残惜しみながら、その手を離した。
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