岩泉一にフラれた女の子【連載中】
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
episode.08「強がり」
「遅くなっちゃったな…」
図書委員の当番だったこの日。
閉館時間を過ぎても本の整理に夢中で、学校を出る頃は空が暗くなりかけていた。
足早に校門へ向かっていると、体育館の方からぞろぞろと人影が近付いて来る。
「あー!苗字ちゃんだ!よく会うね!」
近付いてきたその大きな影はバレー部員たちだった。
いの一番に名前に気付いた及川は大きく手を振る。その隣にはいつものように岩泉の姿も。
「あぁ、今日当番だったのか。サンキュな」
話しかけられた瞬間、名前は背筋をピンと伸ばした。
「ううん!全然!部活お疲れ様!じゃ、また明日」
逃げ出したいほどの緊張にかられ、そそくさとその場を離れようとするが、及川がそれを遮るように目の前に立った。
「もう遅いから、岩ちゃんが送っていくよ」
及川に突然腕を引っ張られ、バランスを崩した岩泉は眉間に皺を寄せる。
「あ?」
「え?……えっ?」
突然のことに名前は焦り始める。
急にそんなことを言われても、心の準備ができていない。勘弁して。そう思った。
「あの!私、バスだから大丈夫!ありがとう!」
「じゃあバス停まで」
「いいよいいよ。すぐそこだし。じゃあ、またね!」
食い下がる及川をなんとかかわし、その場を離れた。
ドキドキと高鳴る胸を抑えながらバス停へ走った。
突然で驚いたが、後から思えばこんな放課後にまで好きな人に会えたことはラッキーだったと嬉しくなり、頬が緩む。
「……ほらもう!岩ちゃんがもたもたしてるから」
「あ?バスだからいいっつってたべ」
「そこを無理にでも送っていくのが出来る男でしょ?」
「そう思うならてめぇが行きゃよかったろ」
「俺じゃ意味ないでしょ!」
「?」
「あーもう!イライラするよ、この人!」
ーーーーーーーーーー
それから週をまたぎ、迎えた月曜の朝のこと。
「好きなんだね。岩ちゃんのこと」
ニコニコと可愛らしい笑顔で突然爆弾を落とされ、名前の顔は青ざめた。
それは、いつものように家のそばのバス停からバスに乗り、学校そばの停留所でバスを降りたとき。
待っていた及川にそう言われたのだ。
名前は人に聞かれていないか、キョロキョロと周りを見回すが、幸いこちらに注目している人はなく、ホッと胸を撫で下ろす。
「ごめんね、いきなり。今日は朝練ないし、ゆっくり話せるチャンスだったから。バスだって言ってたから待ってれば会えると思って」
憎めない爽やかな笑顔でそう言われてしまえば、怒るに怒れない。
「とりあえず歩こう」という及川につられて隣を歩き、他の生徒たちに紛れて学校へ向かう。
「で、好きなんでしょ?岩ちゃんのこと」
もう一度トドメの爆弾を落とされ、ギクっと身体が跳ねる。
返答に困った名前は何も言えない。
まさか、及川君に私の気持ちを知られてしまったなんて……
そんなにわかりやすい態度だった?
え、待って…じゃあ、もしかしてはーちゃん本人にもバレてるの?
そんな思考に陥り、頭は混乱する。
名前が否定しないので肯定とみなし、及川はマイペースに話を続けた。
「いいなー岩ちゃん。幸せ者だ。なのにあの人、これっぽっちも気付いてないよ?罪な男だよね」
「……え?じゃあ、岩泉君は知らないの?」
「うん。全く」
それを聞いて安心したように深いため息を吐く。
「あの……本人には絶対に、このことは……」
「大丈夫。言ったりしないよ」
「ありがとう」
「でもさ、こういうことに関しては岩ちゃんは本当に鈍感だから、もう少し積極的にいったほうがいいかもね」
「そんな……私には無理だよ。話すだけでも緊張するのに」
「可愛いな〜苗字ちゃん!」
そんな話をしているうちに学校に到着し、及川とは下駄箱で別れた。
「あー恥ずかし……」
廊下を進みながら、つい小さな声が漏れる。
本人の親友に知られてしまうなんて、困ったことになった。
——もう少し積極的にいったほうがいいかもね
そう言われたって、どんなふうにすればいいのかもわからない。
そもそも私はまだ、はーちゃんと両思いになりたいとか、彼女になりたいとか、そんな欲はない。
ただのクラスメイトとして、遠くから眺めてるだけでいい。時々話ができたら、それだけで十分。
それ以上の関係なんて、私には恐れ多いし、望んでない。
そんなことを考えながら教室に入ると、女子生徒が数人名前のところへ群がった。
「ねぇねぇ名前ちゃん!今、及川君と登校してきたでしょ!?」
「えっ……」
「窓から2人が歩いてるの見ちゃったんだけど!」
「最近彼女と別れたって聞いたし、もしかして2人っ……きゃー!!」
「えー…そんなんじゃないよ。たまたま会っただけ」
「でも2人で登校してくるなんて。ねぇ?」
「そうそう!しかもお似合いだったし!」
「本当違うってば〜」
勘違いで盛り上がるクラスメイトの女子たちから逃げるように自席に着く。
——と
「おい」
「!!」
突然目の前に現れた人物を見上げ、名前の背筋はピンとなり、そのまま固まった。
「……い!岩泉君っ!お、おは、おはよう」
驚きのあまり言葉に詰まる名前をよそに、岩泉は一言
「及川だけはやめとけ」
そう言った。
今の会話が聞こえていたらしい。
「あ、えっと…」
「あいつに泣かされてきた女を何人も俺は見てきた。あのルックスに惹かれちまうみたいだけどよ。悪いこと言わねぇから、あいつだけはやめとけ。お前のためだ」
どうやら岩泉は名前が及川に惚れていると勘違いしているようだ。
その上で「及川はやめておけ」と警告してくれている。
自分のためを想ってくれている岩泉の優しさが垣間見えて、名前はフッと笑みを浮かべた。
「違うよ」
「あ?」
「私の好きな人、及川君じゃない」
「……及川じゃねぇ?」
「うん。勘違いしてる」
「勘違い……なんだ、そうかよ」
自分の早とちり。
そう聞いて罰が悪くなった岩泉はポリポリと頭をかく。
少し安心もした。
名前が及川に失恋して傷付くことになる、と心のどこかで心配していたから。
が、ふと思い出す。
及川を前にすると頬を赤く染める名前を。
勘違いだったのなら、あの表情の理由は…?
名前にあの顔をさせていた人物は…?
「………」
突然黙り込んで顔をまじまじと見てくる岩泉の視線が耐えられず、名前は俯いた。
「………な、何?」
「いや、及川じゃねぇんなら、じゃあ誰だ?と思った」
「………言わない」
言えるはずがない。
「だよな。俺なんかに言う必要ねぇしな」
岩泉はハハッと明るく笑った。
名前の心臓はドクンと跳ねる。
また、笑顔を見られた。
「まぁ、及川以外なら誰でもいい」
そして去り際の一言に、今度はズキンと傷付いた。
「………」
”誰でもいい”
それは”興味がない”ということ。
私の好きな人なんて、はーちゃんはこれっぽっちも気にならない。
全く意識されていない証拠。
たった一言に深く傷付いて、気がついた。
”はーちゃんと両思いになりたいとか、彼女になりたいとか、そんな欲はない”
”ただのクラスメイトとして、遠くから眺めてるだけでいい”
”時々話ができたら、それだけで十分”
そんなのは、全部ただの強がりだった。
本音は、ちゃんと自分を意識して欲しい。
気持ちを知ってほしい。
この恋を、実らせたい。