岩泉一にフラれた女の子【連載中】
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episode.07「彼の笑顔」
酷い記憶なら思い出させない方がいいし、下手に名乗らない方がいい。
そう決めたはずだったが
——男が苦手になったのって、俺のせいか?
——俺がガキの頃泣かせたから、だろ?
そう言って自分から幼稚園の頃の話をふっかけてしまった。
本音は”気付かせたい”と思ったから。
俺は、お前が過去に”大好き”と言った相手だって。
なにも怖がることなんかないんだって。
——はーちゃんのことは大好きだったもん
「っだー!クッソォ!!」
コーナーを狙ったつもりのサーブは、ボールの芯をとらえ損ね、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。
「あはは!岩ちゃん特大ホームラン!!」
「どーした?岩泉」
「調子悪いな!」
「うるせ!!」
調子が狂う。
バレーの練習に集中したいのに、部活中にまであの時のあいつの言葉が不意に頭を過ぎる。
それに
——苗字です。苗字名前
及川と話をするあいつの姿。
俺の前ではいつもビクビクと怯えたような態度のくせに、クソ及川の前では恥ずかしそうにしながらも笑ってた。
——大丈夫?この人怖いよね?口悪いし
——えっ、そんな……
「……クソっ…」
タオルでガシガシと顔を拭いて、フゥーっと息を吐くと落ち着きを取り戻した。
全く面倒くせぇ。
何でこんなに腹が立つのか、自分でもわからねぇ。
ーーーーーーーーー
この日、名前は再び緊張していた。
図書委員担当の先生から渡された、図書館整理に関するプリント。岩泉にも渡しておくように、と託されてしまったからだ。
渡すタイミングを見つけられないまま、気付けば帰りのホームルームも終わってしまった放課後。
早くしないと、岩泉は部活へ行ってしまう。
「あのっ、これっ……」
意を決して、帰り支度をする岩泉の元へ行き、勢い任せにプリントを差し出した。
「図書委員の。渡すように頼まれて…」
「おう」
うまく説明もできていないし、表情は強張って、プリントを差し出す手は少し震えている。
思えば、自分の気持ちを自覚してからこうして面と向かって岩泉と話をするのは初めてだった。
好きな人を前に、真っ直ぐに目も見られない。
そんな様子の名前を見て、岩泉は困ったように後頭部をかいた。
「……あのよ、次からこういうの、机に置いとけばいいから」
「え?」
「俺に話しかけんの、気が引けるんだろ?」
「っ……」
「……怖え、って顔してる。別に怖がらせるつもりはねーけど」
岩泉はなるべく怖がらせないようそう言って、プリントを鞄へとしまった。
「じゃ、また明日な」
そそくさと教室を出ていく岩泉。
名前は慌てて後を追った。
「私、岩泉君のこと、怖くないよ」
「……あ?」
岩泉は立ち止まって振り返る。
「及川君が勘違いしてるだけだよ。確かに男の子は少し苦手だけど…岩泉君を怖いなんて思ったこと一度もないから。昔から、一度も」
どうしても誤解を解きたい。
そんな思いから真剣な顔で必死にそう伝えてくる名前に、岩泉は嬉しくなって笑った。
「そうかよ」
歯を見せて、屈託のない笑顔。
それはあの頃と全く変わらない。
貴重な、不意打ちのその笑顔に
心臓が止まるかと思った。
「…っ……」
こちらを見る名前の顔が一気に赤面したのを岩泉は見逃さなかった。
——と、
「岩ちゃーん!」
岩泉の背後から、及川の声。
「部活行くよー!」
「……やっぱ、そういうことかよ…」
こいつはやはり、及川に対して恋愛感情を抱いているんだ、と確信した瞬間だった。
「あ、また苗字ちゃん!大丈夫?岩ちゃんにいじめられてない?」
「おい——」
「大丈夫だよ。岩泉君は優しいから」
岩泉がツッコもうとするのを遮って、名前は笑顔で及川を見上げてそう言った。
「………」
「……へぇ〜」
予想しなかった名前の反応に驚いて言葉を失う岩泉の横で、及川もきょとんとする。
「あの…じゃあ、部活頑張ってね」
名前はその空気が急に恥ずかしくなって、逃げるように教室へ戻って行った。
「……へぇ〜…」
残された及川はまじまじと岩泉の顔を見る。
「……あ?何だよ」
「なんでもなーい。ほら行くよ!」
及川はニコニコと嬉しそうに笑い、パシッと岩泉の肩を叩いて歩き出す。
岩泉もしぶしぶ後に続いた。
——岩泉君を怖いなんて思ったこと、一度もないから
岩泉は思い出して頬が緩みそうになり、静かに唇を噛んだ。