及川徹と友達の彼女【連載中】
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episode.08「高三の春」
高二の終わりに
カナコちゃんに別れを告げた。
「他に好きな子ができた」
付き合って3ヶ月程度だったけど、彼女の時間を奪ってしまったのは事実。
深く頭を下げて、誠心誠意詫びるしかなかった。
「本当にごめんなさい。別れてください」
「ひどい!最低!」
突然、左頬に痛みが走る。
叩かれた。でも、想定内だ。
叩かれても仕方のないことを、俺はしてしまったから。
静かに顔を上げると、可愛い顔が涙でいっぱいになっていた。
「わかってた……及川君が、全然私のこと見てくれてないことくらい。でも、いつかはきっと…って、思ってたのに……」
俺も、君のことを好きになれていたらどんなに楽だったことか……
「……本当に、ごめん」
ひたすら謝ることしかできない俺を残して、彼女は背を向け走って行ってしまった。
これで良かったんだ。と、自分に言い聞かせる。
名前のことを想いながら、彼女と一緒にいることはできないんだから。
と、後ろから足音が響いた。
「……うわ…」
振り返ると、そこに名前が立っていた。
「徹、大丈夫?」
「見てた?」
「ごめん…ゴミ捨ての帰りに、たまたま通りかかって」
よりによって……なんで?
こんなのもう、笑うしかない。
「話は?聞こえた?」
「ひどい!最低!ってところから」
「格好悪いよね。笑っていいよ」
そう言う俺に近付いてきた名前は、腕を伸ばして俺の左頬に手を当てる。
「これ、赤く手形残るヤツじゃない?冷やさないと」
「そうだね」
心配してくれている。
と思ったら、静かにクスクスと笑い出す。
「?」
「っ…ごめん、我慢できない。あはははっ!」
そのまま大口開けて笑いだした。
「ちょっと、本当に笑うなんてひどい」
「別れ話で平手打ちって!ドラマみたい!カナコちゃんて結構気の強い子だったんだね」
ポカンとする俺の顔を見て、お腹を抱えて笑っている。
「徹、浮気でもしたの?」
「まぁ…そんなとこかな」
「あらら。それは最低だ。もっと殴られてもよかったのに」
「そうだね」
「ほら!もう元気出して!ちゃんとケジメつけたなら、もういいじゃん」
「戻るよ!」と言いながら、俺の背を押して歩かせる。
そうだ。ケジメはつけた。
どうしようもないことだともわかってる。
けど……
「俺って、本当最低……」
「徹がすっごい落ち込んでる。新鮮!」
「もうちょっと慰めの言葉とかないわけ……」
誰のせいだと思ってるんだよ…と呆れる。
でも、能天気な明るい態度に救われている俺もいる。
彼女と別れて、これまでの日常が戻った。
相変わらず、皆とバレーばかりして
名前とまっつんの邪魔をするように5人で過ごして
俺たちは3年になった——
ーーーーーーーーーー
「あれ、徹!」
新学期。
新しいクラスに入ると、真っ先に名前が駆け寄ってきた。
「同じクラス?」
「そうみたいだね」
「はじめは?」
「隣の5組。まっつんは?」
「1組だって。結局一度も一緒になれなかった」
少し不貞腐れている名前を前に、俺は心の中でガッツポーズを作る。
だって、これはもう、神様が味方してくれてるとしか思えない。
“頑張ってもいい“って言ってくれてるんだ。
「いいじゃん。俺がいるんだから」
少しだけ攻めたセリフ。
まっつんがいなくても、俺がそばにいる。
俺がいれば、寂しくないでしょ。
そんな意図を含めた。
きっと普通の女の子なら、ちょっとときめいたりしてくれるようなセリフ。
「徹の顔は見飽きた」
……名前は普通の女の子じゃなかった。
それでも、クラスが同じになると一緒にいる時間は自然と増えた。
女友達が多くて、クラスでの人望も厚い。
意外と勉強ができること。
時々出る、そそっかしい一面。
教室での名前はどこか新鮮で、まっつんへの罪悪感を感じつつ、名前のことばかり見ていた。
自分の気持ちに正直に、本気になると決めてから、他の子からの誘いは全て断るようにした。
「及川君、久しぶりに遊び行こうよ」
「ごめんごめん。主将になったし、色々忙しくてさ」
「彼女と別れたのに、全然相手してくれないよね〜」
「バレーに集中したいんだ。ごめんね」
「つまんな〜い」
距離を取るようになると、自然と女の子達は離れていった。
これでいい。
俺は、俺の一番大事な子だけを大切にしたい。
ーーーーーーーーーー
ある日の昼休み。
どこか動き足りなくて、俺は校庭を走っていた。
「ハァ…ハァ……」
何周したかわからない。
さすがに限界を感じて、水道で顔を洗う。
冷たい水がほてった肌に心地いい。
タオルで拭いて顔を上げると、遠くに人影が見えた。
目を凝らす。
人通りのない校舎の陰。
男女のシルエットが重なっていた。
手に持っていたタオルが、ひらりと足元へ落ちた。
その男女は、まっつんと名前で
2人がキスしているように見えたから。
俺は水道に隠れるようにしゃがみ込む。
落ちていたタオルを拾って、強く握った。
その手は震えている。
「……ははっ…」
乾いた笑いが漏れた。
だって、おかしくて笑うしかない。
何が“神様が味方してくれてる“だよ。
そんなわけないじゃん。
これは天罰だ。
友達の彼女に恋してしまった俺への、神様からの天罰。
ーーーーーーーーーー
「徹!体育館!行くよ!」
その日は気付いたら授業が終わっていて、荷物を持った名前が俺の席にやってきた。
「あ、うん」
その顔を直視できなかった。
頭ではわかってたはずなのに。
付き合ってたら”そういうこと”もしてるって。
けど、いざ目にしたらダメージは思った以上にデカくて。
あんな場面、見たくなかった。
「見ただろ。昼休み」
部室で隣で着替えるまっつんが、小声でそう話しかけてきた。
「えっ」
「チラッとしか見えなかったけど、あれ、お前だったよな」
やっぱりしてたんだ。キス。
確かに名前は俺に背を向ける形だったけど、まっつんはこちらを向いていた。
つーか俺に気付いたんならすぐ離れるべきだろ。あー腹立つ。
「もう!そうだよ!学校でああいうのやめなよね」
「ごめん。気をつける」
「やけに素直だね」
「まぁな。悪かったよ」
支度を終えたまっつんはタオルを手に部室を出ながら
「……見たくなかったよな。特にお前は」
最後にそう言った。
どこか神妙な面持ちで、叱られた子供のような。
そんなまっつんを見て思った。
俺の気持ち、知ってるんだ。
「まっつん!」
すぐに追いかけて、体育館へ行く途中でまっつんを呼び止めた。
「ごめん!!」
まっつんの彼女を好きになってごめん。
黙っていてごめん。
裏切ってごめん。
謝ることが多すぎて、誠心誠意頭を下げた。
「別に。謝ることじゃないし、遠慮もしなくていいから。お前の好きなようにすればいいよ」
返ってきた言葉は意外なほどに優しくて、顔を上げると、いつものようにまっつんは穏やかな表情をしていた。
「俺も、遠慮しない。名前ちゃんを繋ぎ止めておけるよう、今必死だし」
「まっつんはそんな必死になることないじゃん。ラブラブじゃん。学校でチュウしちゃうくらい」
「先のことなんて、誰にもわからないよ」
遠くを見て言ったまっつんの言葉は、妙に説得力があった。
まっつんの不安が伝わってくるのと同時に、俺にも希望はあると思わせてくれる、不思議な感覚。
「だから……この先どうなっても、お互い恨みっこなしな。そんで、何があっても俺たちはずっと友達だからな」
「うわ、そんな恥ずかしいセリフ、よく堂々と言えるね」
「名前ちゃんのことも大事だし、同じくらいお前のことも大事だからだよ」
「まっつん、カッコいい」
「茶化すな。もう行くぞ」
本当に、心底格好良いヤツ。
かなうわけない。
名前が、こんな完璧な恋人と別れて、俺と一緒になるわけがない。
それでも、諦められない。
どうにか自分のモノにしたい欲が止まらない。
ひたすらバレーボールと恋にもがく
最後の1年が始まった。
それが、高三の春の話。
