及川徹と友達の彼女【連載中】
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episode.07「高二の冬」
「カナコちゃんと付き合い始めたんだって?」
「まぁね。美男美女で、すっごいお似合いでしょ」
「自分で言っちゃうところが、とても残念。でも、おめでとう。ダブルデートとか、いつかできたらいいな」
「そういうの好きだよね、女の子って」
名前は俺の初めての彼女の存在に、無邪気に喜んでいた。
俺も、彼女を大事にしたい。本心でそう思っている。
今まで好意を持って集まってくれていた女の子たちにもちゃんと伝え、彼女を最優先にした。
「及川君、部活頑張ってね」
「ありがとう。たまには友達と先に帰っていいんだよ?」
「ううん、私が待っていたいから」
「いつもごめんね」
髪を撫でてあげると、嬉しそうに頬を染める。
うん、可愛い。
その表情から、本当に俺のことが好きなんだなって伝わってくる。
名前も、まっつんに髪を撫でられたら、こんな表情をするんだろうか。
「………」
「及川君?どうかした?」
「え……あ、いや、ごめん。なんでもないよ。じゃ、部活行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
こうして、練習が終わるのを待っていてくれる彼女と帰ることが増えた。
昼休みは2人でお弁当を食べるし、休みの日にはデートもした。
「なかなか時間取れなくてごめんね」
「ううん。来てくれて嬉しい。部活で疲れてるのに、ありがとう」
「今日はどこ行く?」
「及川君が行きたいところ」
カナコちゃんはいつも、俺に尽くしてくれる。
「駅前のカフェ、学校で人気だよね」
「うん。パフェの種類が多くて美味しいんだって」
「いいじゃん。そこ行こう」
彼女は欠点もなく、性格も良くて、とても良い子。本当、俺には勿体無いくらい。
このままいけば、本気で彼女を好きになれる自信があった。
「小さいパフェで良かったの?」
「きっと食べきれないから」
「そっか」
一口一口小さくパフェを食べすすめていく姿も、可愛らしい。
名前ならきっと大きいサイズもペロリだろうな。あっちのいちごのやつ。
「………」
あぁ。また、だ。
カフェを出て、映画を見た。
俺の好きなのでいいって言ってくれたけど、選んだのはカナコちゃんが好きそうな恋愛映画。
人気女優とデビューしたての男性アイドルが主演の、少女漫画原作の学園モノ。
コミカルなシーンもありつつ、ラストが近づくにつれ感動させてくる。
隣でカナコちゃんが静かに泣いていた。
そんなところも、やっぱり可愛いと思う。
名前とだったら、きっとあっちのSF映画を観ただろうな。
前作を岩ちゃんちで3人で夢中になって観た。その続編。
「………」
あぁ、またやってしまった。
映画はちょうど最高潮で、女優とアイドルのキスシーン。
なのに、少しも心が動かない。
だって俺はずっと、あいつのことを考えている。
遠慮せず、大きなパフェをひとりで食べるところ。
映画でハラハラするシーンは、俺や岩ちゃんの後ろに隠れたりして、奇想天外なストーリーに喜んだり驚いたり、コロコロと変わる表情。
大人びても、小学生の頃から変わらない笑顔。
怒った顔、悔しそうな顔、泣いてる顔。
「歩くのが早い」「足の長さが違うから」そんなやりとりをしながら、いつも俺たちの後をついてくる姿。
——徹!はじめ!
いつも、そばにいた。
そばにいるのが当たり前すぎて気付かなかった。
今になって思い知る、自分の気持ち。
はぁ…最低だ……
彼女と一緒にいるのに。
デート中なのに。
名前には、まっつんがいるのに。
「………どうしろって言うんだよ……」
つい漏れた独り言は、映画のエンディングの大音量がかき消してくれた。
映画終了後、カナコちゃんを家まで送っていった。
「今日さ、お父さんもお母さんも帰ってくるの遅いから……少しあがっていかない?」
緊張した面持ちで、そう言われた時は少し驚いた。きっと、すごく勇気を出して俺を誘ったんだろう。
「……ごめん。帰ってトレーニングしたいから、また今度でいいかな」
俺は彼女の勇気を、笑顔で踏みにじった。
ーーーーーーーーーー
次の日も、いつも通り昼休みをカナコちゃんと過ごした。
「昨日は楽しかった」「次はどこへ行こうか」と無邪気に笑う彼女を前に、罪悪感でいっぱいで弁当は味がしなかった。
「徹?何かあった?」
部活の休憩中、座って水分補給していると、隣に名前が座った。
「え、何が?」
「朝からずっと、何か考え込んでる顔してた」
「!」
……敵わないな。
「そんなことないよ。気のせいでしょ」
なるべく顔を見ないよう、俯いたままそう答える。
今日の部活は監督不在で自主練。
岩ちゃんとマッキーは校庭を走りに行っていて、まっつんは委員会後の参加のため今は不在。
自分の気持ちを認めたばかりのこのタイミングで、名前と2人。
やばいな……
「はい、これ」
と、唐突に名前から差し出されたのは、牛乳パン。
「!」
「お昼に購買で買っておいたの。好きなもの食べたら元気出るかなって」
「俺に?」
「他に誰がいるの。徹の大好物でしょ」
……ああ、本当ずるい。
「何を考え込んでるのか知らないけど、これで元気出して」
「………ありがとう」
「うん」
素直にお礼を言うと、名前は満足げに笑った。
壁にもたれかかり、足を前に投げ出してリラックスするような体制になりながら、何やら話し始める。
「ねぇねぇ、昨日はじめがさぁ、廊下で1年女子に声かけられてたの、見ちゃった」
「え、何それ。知らない」
「可愛い声で『岩泉先輩、いつも応援してまーす!』って」
「それで?」
「はじめさ、『お、おう…』ってどもっちゃって、それ以上何も言えないの。顔なんかいつもより強張ってて、でも耳が赤くて。おかしかったー」
思い出したのか、楽しそうに笑った。
「岩ちゃんは俺と違って免疫ないからね」
「ああいう時の愛想のいい返事の仕方、教えてあげなよ」
「素直に聞かないよ。絶対」
「確かに」
岩ちゃんの話題で笑い合う。
それだけの時間を尊く感じてしまう。
やっぱり、心地いい。
ただ隣にいて、当たり障りのない会話
だけど、すごくしっくりくる。
「今日ずっとこの話、徹にしたかったんだ。本人の前じゃできないし。いいタイミングだった」
そう言って笑う名前を見て、何かが吹っ切れた。
突然ストンと、胸の中に落ちてきた。
名前が好きだ。
俺には、名前しかいない。
「ははっ」
自嘲するように、笑みが溢れた。
認めてしまえば、今まで抑えられていたことが不思議なくらい、名前のことしか考えられない。
この気持ちは間違っていることもちゃんとわかってる。
カナコちゃん、まっつん、名前。
皆を傷付ける。
それでも、仕方ないじゃん。
恋愛感情なんて理屈じゃないんだから。
抑えようと思って、抑えられるものじゃないんだから。
「あ!」
名前が弾んだ声をあげた。
視線の先には、奥の入り口から体育館に入って来たまっつんの姿。
俺に「じゃあね」と言って勢いよく立ち上がり、恋人の元へと向かった。
「委員会、早かったんだね」
「おう。こっちは、今休憩中?」
「うん。あと5分くらいかな。アップ付き合うよ?」
「ありがとう」
遠くで話す2人の会話を聞きながら、牛乳パンの最後の一口を口に放り込んだ。
何も無くなった隣の床を見つめながら
悶々と負の感情が押し寄せてくる。
あぁ、どうして、もっと早く
俺のものにしておかなかったのだろう。
後悔してもしきれない、これまでの自分の行動。
——まっつん、あれ手伝ってあげなよ。ビブス畳むの
——あ?なんで俺が?お前行けば?
——俺たちはほら、これからレギュラー練習だから
——へいへい。わかったよ
名前の片思いの応援なんて、するんじゃなかった。
——名前、マッキーたちとラーメン行くけど、一緒に行く?
——行く!
誘うべきじゃなかった。
——ひとりで平気?
——持ちきれなかったら、最悪2往復かな
——俺、一緒に行こうか?
あの時、無理矢理にでも俺が行っていたら、何かが違った?
「………」
今、嬉しそうにまっつんを見上げて話をしている名前のところへ行って
まっつんから引き剥がして
力づくて抱き寄せて
ぎゅうって、さらに強く抱き締めて
ずっとずっと腕の中に閉じ込めてしまいたい。
大事な幼馴染に
大事な友達の彼女に
こんな気持ちを抱いてしまうなんて、どうかしてる。
「………クソっ…」
あいつのことが好きだと認めた瞬間、自分の中に生まれてしまった黒い感情。
それと戦いながら、密かに名前を想う毎日が始まった。
それが高二の冬の話。
